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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第七章 狂王と闇の魔術師

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313.覇権国

 ガロリオン王国軍は、王都ヴィンスレイジアに帰還した。

 盛大な凱旋式が挙行され、政人やパージェニーは住民たちから大きな歓声で迎えられた。


 政人とルーチェは久しぶりに娘のレアリーに会い、その成長ぶりに目を細めた。

 誰もが存分に飲んだり食べたり騒いだりして、戦勝の喜びにひたった。


 しかし、そのような浮かれ気分でいたのは一日限りだった。戦争は終わったが、新たな事態に対応しなければならないからである。

 政人は臨時の評議会を召集した。



「非常事態宣言が解除されてから二ヶ月が経ちますが、特に問題は起こっていません。とどこおっていた流通も元に戻り、物価は安定しています。損害を受けた国民への補償も、ほぼ完了しました」


 まず内務大臣のキモータが、現在の国内の状況を説明した。

 次いで、財務大臣のメラリーが意見を述べる。


「ウェントリー王国からの報酬金が六億ユール、オルダ王国からの賠償金が三億ユール。この巨額の臨時収入によって、積極的な財政が可能になりますわね。さらなる景気の上昇が期待できますわ。

 また、領地が増えたことで税収が増えますし、多くの港を開港させたことにより貿易が活発になるでしょう」


「それは楽しみだね」


 クオンが素直な感想を口にした。「でも、領地が増えると管理するのも大変になるよね。人員は足りているの?」


「領地経営のための人員は、取り潰した諸侯の家臣を雇用することで確保します」


 政人が答えた。「もちろん初めは混乱も起こるでしょうが、キモータに任せておけば、きっとなんとかしてくれます」


「そうだね」


 クオンや大臣たちは納得したようにうなずいた。丸投げされたキモータは、涼しい顔をしている。


「外国の港を海軍が利用できるようになったのは、素晴らしい成果ですね」


 海軍大臣のラフィアンが発言した。「すでにウェントリー王国に百五十隻、オルダ王国に二百隻の軍艦を派遣しました。航路の安全を守るため、付近の海賊の一掃に務めさせます」


「海軍は忙しくなるな。戦力は足りているか?」


 政人がたずねた。


「足りませんね。管理する海域が大きく広がりましたから。現在、造船所をフル稼働して船を建造しています。

 海兵ももっと必要です。そこで、さらに対象範囲を広げて海兵を募集しようと思います」


「対象範囲を広げるとは、どういう意味だ?」

「女性の海兵を募集しようと思います」


 ラフィアンがそう答えると、会議室がどよめいた。


「そんなに驚かなくてもよいではないですか。我が国には、パージェニーさんやルーチェさんのような軍人もいるのですから」


「あの二人は特別だからなあ……。今まで男だけだった環境に女が混じって、風紀が乱れることはないか?」

「海兵たちは軍規を守ってくれると、私は信じています。それでもおかしなことをする奴らがいたら、見せしめに()るしましょう」


 ラフィアンは慈しむような表情で、怖いことを言った。


「あの……女性の海兵がいても、いいんじゃないでしょうか」


 そう言ったのは、司法大臣のリーベルだ。「女の子が戦ってる姿を想像すると、ゾクゾクしますよね? それに制服を着てる女の子はかわいいです。海兵ならやっぱりセーラー服でしょう。もちろんスカートですよね? 年齢制限は二十四歳以下で――」


「おぬしは黙っておれ」

「……はい」


 ハナコに注意され、リーベルは口を閉じた。


「女性の海兵がいても構わないとは思う」


 政人は認めた。「だが、志願者が集まるだろうか? これは前例のないことだぞ」


「ご心配には及びません。私が責任を持って集めて見せます」


 ラフィアンは自信ありげに言った。


(ああ、こいつならどんな手を使っても集めるだろうな)


「わかった。すべて君に任せる」

「ご信頼いただき光栄です。それと海兵だけでなく、優秀な指揮官も必要です。士官学校創設の話は、どうなっているのでしょうか?」


 ガロリオン王国にも、ローゼンヌ王国のような士官学校が必要だという話は、以前から出ていた。


「その件については、私から説明させていただきます」


 そう言ったのは教育大臣のアモロだ。その顔や態度からは、青臭さがすっかり消え失せている。責任ある地位についたことで、さらに精神的に成長したのだろう。


「士官学校の創設は、大学の創設と並行して進めています。現在ロトリーノ地区に施設を建設中で、来年の春には完成する予定です。教官は退役士官の方に依頼しています。来年中には開校できると思います」


「すばらしいですね。さすが教育大臣です」


 ラフィアンは納得し、アモロを褒めたたえた。


 それから、海外情勢の話になった。

 まず外務大臣のマッツが、ズウ王国と同盟を結ぶことに成功した件について報告した。


「ミーナがうまくやってくれたようです。細かい条件は、これから詰めていくことになります」


 これは喜ばしい話だが、続いてサーレイン女王が暗殺された事件に話が及ぶと、一同は険しい顔つきになった。


「スランジウム王国の公式発表では、ネフという騎士が犯人ということになっています。ネフは現在、指名手配されています」


 マッツの説明に、ネフを知っているクオンは信じられないという顔をしている。


「まさか、ネフがそんなことをするなんて……。サーレインが六万人の自国民を殺したことと関係があるのかな?」

「ネフの動機は不明です。ただ、ミーナの報告書によれば、ズウ王国の宰相のオリバークン殿は、違った見解を持っているようです」


「マッツ、どういうこと?」

「オリバークン殿は、女王と一緒に死んでいたマッサージ師が怪しいと思っているようです。ひょっとすると、ペトランテ王国が絡んでいるのではないかと」


「ボクも同感だね」


 そう答えたのは、諜報部の責任者であるマローリンだ。彼女は評議会のメンバーではないが、特別に今回の会議に参加している。スランジウム王国の事件について、話を聞くためだ。


「そのヨールというマッサージ師の素性については、まだつかめていない。でもランジェット王妃は以前から、外国への侵攻を考えていたようだ。そのためにはサーレインの存在は邪魔だっただろうね。彼女なら暗殺者を送り込んでいたとしても、不思議じゃない」


 マローリンの報告を聞き、政人は思い当たった。


(ランジェット王妃か……。そういえば以前、モエラ王女がクオンと遊んでいた時に、ミーナが話していたな。王に代わって政治を取り仕切るほどの女傑か)


 ペトランテ王国は遠隔地にあったので当時は関心が薄かったが、今はそうは言っていられない。


「つまりサーレインが死んだことで、ペトランテ王国はスランジウム王国に侵攻する可能性が高いということだな」


「その通りだよ摂政くん――いや、摂政殿下。諜報員の報告では、ランジェット王妃は全国に徴兵令を発し、大量の武器を買い集めさせているんだ。戦争の準備を始めているのは間違いないね」


「絶対的な存在である女王を失って、スランジウム王国は混乱しているはずである。攻められても反撃どころではないかもしれないのである」


 ハナコが深刻な顔で言った。


「では私たちも、スランジウム王国に攻め込まなければなりませんね。これは神々がお与えくださった好機でしょうから」


 ラフィアンは聖女のように上品な笑みを浮かべて言った。


「攻め込む理由がない」


 政人はきっぱりと答えた。


「僕も同感だよ」


 クオンも政人に賛成した。「僕たちは最近、戦争ばかりしている。二ヶ月前に非常事態宣言を解除したばかりじゃないか。当分の間は、国民に平和な生活を送らせてあげたいと思う」


 その言葉はもっともであり、ラフィアン以外はうなずいている――ように見えたが、マローリンが手を挙げた。


「クオン陛下、ボクは評議会のメンバーではないのですが、意見を言ってもよろしいでしょうか?」

「もちろんだよ。なんでも言って」


「それでは――」


 マローリンは、一同を見回して言った。「ボクはペトランテ王国に使者を送り、スランジウム王国への侵攻をやめるよう要請するべきだと思う。もし侵攻するなら、ガロリオン王国が武力介入すると警告するんだ」


「え!? 他国の方針に干渉するというのですか?」


 マッツが驚きの声をあげた。


「そうだよ。黙って見ていれば、ボクたちは平和を満喫できるだろう。でもスランジウム王国の国民は、おそらくただじゃ済まない。家を焼かれ、畑を荒らされ、お金や食べ物を略奪される。死者も出るだろうね」


「それは、確かにそうだけど……」


 クオンは口ごもっている。


「マローリン、俺たちは他国の国民まで守る余裕はないぞ」


 政人が代わって答えた。「俺たちが守るべきなのは、まずガロリオン王国。それから従属国と同盟国だ。スランジウム王国とペトランテ王国の戦いに介入する義務も権利もない」


「以前ならそれでよかっただろうね。でも現在ガロリオン王国は、ローゼンヌ王国、ウェントリー王国、オルダ王国の三ヶ国を傘下に収め、ズウ王国とも同盟を結んでいる。レンガルドの八王国のうち、なんと五王国が勢力下にあるんだ」


「なるほどな」


 政人は、マローリンが言いたいことがわかった。「つまりガロリオン王国は、()()()になったということか」


「その通り。覇権国ならば世界の安定のために、できることをするべきじゃないかな。力を持つ者には責任も生じるんだ。他国の民が戦争で苦しんでいるのを、自分たちには無関係だからと、放っておくのはどうなのかな?」



 マローリンの提案を受け、評議会は今後の方針について、夜が更けるまで議論を続けた。




―――




 グルースは、王城の屋上にある展望台に来ていた。そこは直径が三十メートルほどの円形の空間で、四方をどこまでも見渡すことができる。


(すごいな……これがガロリオン王国の王都か。大きく……そして、きれいだ。前に来たときは夜だったし、周囲を観察する余裕もなかったから、わからなかった)


 ヴィンスレイジアの城下を見下ろしたグルースは、その壮麗さに圧倒されていた。


 街の中心を、馬車が六台は並んで通れそうな大道が、まっすぐにつらぬいている。

 新しい建物が整然と建ち並ぶ区画もあれば、古い町並みが残る区画もある。


 中心部にある公園は、自然を切り取って持ってきたかのように緑が豊かだ。

 小高い丘の上に建つ大聖堂は荘厳なデザインで、装飾過剰ながらも下品さを感じさせない。


「これから俺たちは、ここに住むことになるんだな」


 隣に立つブルダウンが、感慨深げに言った。「それにしても人がたくさんいて、にぎやかな町だな。ここと比べると、ダルジアンは田舎に思えるぜ」


「にししっ、どうよ、すごいでしょ!」


 ロレッタが得意げに言った。「人口が増えすぎて手狭になったから、城壁を崩して都市を広げることにしたんだよ! ほらほら、今も向こうで工事をしてるのが見えるでしょ?」


「まるで自分がつくった町のように自慢してるが、おまえはローゼンヌ王国から、人質として連れて来られただけじゃなかったか?」

「なによー、ブルダウンさんだって人質みたいなもんでしょ」

「全然違う! 俺たちは大学に入るために来たんだ」

「じゃあ、あたしだって大学に入るもん!」


「あ、あの、喧嘩はやめましょう? これから私たちは、一緒にこの城で暮らすんですから」


 透き通るようなきれいな声でそう言ったのは、ウェントリー王国のマリーナ王女だ。彼女も人質として、王城に住んでいる。


「そうだな、マリーナさんの言うとおりだ」


 グルースは言った。「ブルダウン、俺たちはまだ来たばかりで、わからないことが多い。早くみんなと仲良くなって、この町になじむようにしよう。王城に居場所を与えてくれたマサト殿下のためにも」


 ちなみに、かつてペットだったチャロも、王城内の一室に監禁されている。

 グルースは一度だけ会わせてもらったが、お互いほとんど言葉を交わせなかった。チャロと普通に話せるようになるには、もうしばらくの時間が必要だろう。


「なんかおまえ、変わったなあ」


 ブルダウンがグルースを見て、感心したように言った。


「そうか?」

「ああ、以前は余裕がなくて、危なっかしい感じだった。今はなんて言うか……大人になったみてえだ」

「そう見えるなら、嬉しいけどな」


 グルースは今まで、子供扱いされて悔しい思いをすることが多かったのである。


「ええ、摂政殿下も同じことをおっしゃってましたよ。グルースさんはつらい経験をして、精神的に成長したのだろうと」


 そう言ったのはアモロだ。グルースたちをこの展望台に案内したのは彼である。


「それは光栄です。でも、アモロさんの方がずっと大人に見えますよ。俺より年下のはずなのに、教育大臣として国政に関わっているなんて」


「まだまだ大臣としては未熟ですけどね」


 アモロは照れくさそうに笑うと、町の一角を指差した。「あの高台の上に広がるのが、ガロリオン大学のキャンパスです。施設はほぼ完成しています。半年後の入学試験に合格すれば、第一期生として入学することができますよ」


「半年後の試験ですか……。それは厳しいですね。最近は勉強なんて、全然やってなかったので」

「俺はもともと勉強は苦手だったしな」


 ブルダウンも苦笑いをして言った。


「へっへーん。じゃあ、あたしが一足先に大学生になるね」


 ロレッタが、平たい胸を反らして言った。「グルース君、ブルダウン君、あたしのことは先輩と呼んでいいよ」


「何を言ってやがる、おまえはまだ十四歳だろうが」

「いえ、ガロリオン大学は年齢は不問なので、ロレッタさんもすぐに入学できるんですよ」


 アモロが説明した。


「そうなんですか?」


 ブルダウンは驚いて言った。「でも、いくら王族でも、入学試験に受からないと駄目なんすよね?」


「もちろんです。ロレッタさんはもっともっと勉強しないと、合格は難しいですね」


「でも、マサト殿下が言ってたよ」


 ロレッタは言い返した。「殿下のいた世界の大学は試験に合格しなくても、お金をたくさん払えば入学できたんだって。お兄ちゃんがあたしのためにお金を出してくれたら、きっと入学できるよ」


 日本でそれをやろうとすると裏口入学になってしまうが、アメリカには大学にお金を寄付することで、入学が許可される場合がある。

 アメリカ合衆国第三十五代大統領のジョン・F・ケネディは、父親が巨額の金を寄付したことにより、成績が振るわなかったにもかかわらず、世界最高峰の大学であるハーバード大学に入学できた。アメリカでは、それが違法行為ではない。


「それは殿下のいた世界でも、かなり特別な大学なんです。ガロリオン大学では必ず入学試験に合格してもらいます」


 アモロは(さと)すように言った。「もっとも、それほど難関ではないはずです。まずは学生数を確保しなければなりませんから。その代わり、卒業試験を厳しくする予定です」


「そもそも公明正大なことで有名なグルフォード王が、そんなズルい行為に金を出すわけがねえだろ」


 ブルダウンはロレッタに対し、とがめるように言った。


「ズルくなんてないよー。合理的なお金の使い方だと思うよ」

「合理的なんて言葉はおまえには似合わんから、使うのはやめとけ」

「にししっ、あたしにそんな失礼なことを言ってていいのかな? あたしはいずれクオン君と結婚して、この国の王妃になるかもしれないんだよ?」

「寝言は寝て言え」

「ひどい!」


「まあまあ、ロレッタちゃん落ち着いて。ね?」

「マリーナちゃん、あたしは落ち着いてるよ。だってもう大人だもん!」

「へへっ、自分のことを大人だって言う奴は、子供らしいぞ」

「ムッキー!」


「ハハッ! ハハハハハッ!」


 グルースは大きな笑い声をあげた。


「グルースさん、どうかされたんですか?」


 マリーナがキョトンとした顔でたずねた。


「ああ、ごめんごめん。なんだか楽しくなってね」


(こんな風に笑ったのは、いつ以来かな)


 グルースは「楽しい」という感覚を、久しく味わっていなかった。

 しかし友人たちと談笑しているだけで、こんなにも楽しいのだ。それをようやく思い出すことができた。


(ルイザがここにいたらな)


 ルイザのことを思い出すと、どうしてもつらくなる。

 それでもグルースは生きている。生きているからには、前を向くしかない。


 半年後の入学試験に備えて勉強しよう。

 グルースは、そう決意した。

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