31.ハナコの優雅なる遊び
ハナコを加えて、四人でヘルンの町を散歩している。
歩きながらハナコに、政人は異世界人であること、これから闇の神殿を目指すつもりであること、などを説明する。
「御主人様たちは魔王を倒すために、闇の勇者とやらを探しているのであるか」
「そうだ。メイブランドにいる光の勇者ヒデキと協力して、魔王を倒してもらうんだ」
「して、魔王を倒した後はどうするのであるか?」
「それは……俺が元いた世界に帰るつもりだ。魔王を倒せば、帰れるらしいからな」
「当然、我も連れて行ってくれるのであろうな」
「えっ」
政人はハナコの言葉に不意をつかれた。そんなことは考えたこともなかったからだ。
「まさか、我やタロウを置いて、御主人様とヒデキ殿だけが『日本』とやらに帰るつもりではあるまいな」
返答に窮していると、ハナコは続けて言った。「よいか。我とタロウは御主人様のペットであるぞ。ペットの面倒は一生見なければならない、それは飼い主の義務なのだ。わかっておるのか?」
(確かにその通りだ)
タロウを見た。彼もハナコの発言にショックを受けているようだ。
「オレは……御主人様に置いて行かれるなんて、考えたこともありませんでした」
タロウが不安そうに見上げてくる。「連れて行ってもらえます……よね?」
政人は考えた。日本に彼らの居場所があるだろうか。
耳と尻尾がある彼らを、人々はどのように扱うだろうかと考えると、嫌な想像しかできない。
マスコミに嗅ぎつけられて見世物になる? どこかの研究機関に連れていかれる?
それを避けたければ隠れて飼うしかないが、それでは彼らがあまりにもかわいそうだ。イヌビトは社会性のある生き物だからだ。散歩もさせてやらねばならない。
政人はイヌビトを飼うことの責任を、軽く考えていたことを反省した。
(居場所がないなら、俺が作らなければならない)
政人は、力強く言った。
「もちろんだ。おまえたちを置いていくなどありえない」
それを聞いたタロウはホッとした表情を浮かべ、ハナコは当然だ、という顔でふんぞり返っている。
(まだ先の話とは言え、どうするか考えておかないとな)
と政人が思っていると、ルーチェがまた変な事を言い出した。
「アタシも『日本』とかいう国に行ってみてーなあ」
「おまえなあ……無理に決まってるだろ。ルーチェの家族はこの世界にいるんだから」
「確かに帰って来られないのは困る。でも見てみてーんだ。マサトが生まれ育った、こことは違う世界を」
「はあ……もしこの世界と行ったり来たりできるようなら、案内してやるよ」
「約束だぜ」
公園にやってきた。十分な広さがある。
「よし、タロウ、遊ぼう。ボールを貸せ」
「はい!」
タロウが嬉しそうにボールを差し出してくる。いつものボール遊びが始まった。
ニ十分ほど遊んだところで、ハナコが言った。
「我とも遊んでほしいのである」
もちろん、タロウと遊んだ後はハナコと遊ぶつもりだった。
「いいぞ。一緒にボール遊びをするか?」
「我はそのように走り回る遊びよりも、優雅な遊びが好きなのである」
「どんな遊びだ?」
ハナコは懐からタオルを一枚取り出した。そして端っこを右手で握り、もう片方を政人に差し出した。
「そっちを御主人様が持ってくれい」
政人はタオルを握った。
「よし、我と引っ張り合いをするのである」
(犬だな)
政人が思いっきり引っ張ると、ハナコはつんのめって倒れそうになり、慌てて手を離した。
「ちょっとは手加減せい!」
そして、引っ張り合いを再開した。
ハナコはタロウと違い、身体能力は高くない。普通の女の子と同程度のようだ。
力も体重も政人の方が上なので、手加減してやらなければならない。
タオルをぐいっと引っ張ると、ハナコも負けじと引き返す。一進一退の攻防が続いた。
そんな二人をルーチェが呆れたように見ている。
「それ、楽しいのか?」
ハナコは楽しそうだった。さっきまでは偉そうにムスッとしていた表情が、無邪気な子供の笑顔に変わっている。
(かわいいな)
もともと彼女は、しゃべらなければ美少女と言っていい容姿をしている。
その笑顔につられて、政人も思わず頬がゆるんだ。
宿に帰ると、食堂で夕食を食べた。
ロールパン、茸と海老のスープ、野菜サラダ、メインに謎の肉のステーキだ。
「どこよりも美味しい料理」と客引きの女の子が言うだけのことはあり、味も量も申し分なかった。
ちなみにハナコが増えたので、四人部屋に替えてもらっている。
そろそろ食事を終えようとするころ、ハナコが話しかけてきた。
「御主人様、質問がある」
「なんだ」
「我は何をすればよい?」
「どういう意味だ」
「そのままの意味なのである。これから闇の神殿とやらに行く上で、我の役目はなんであるか?」
そしてハナコは真剣な表情で言った。「つまり、我に何か命令せよ」
政人は考えた。「事務職」であるというハナコに何をさせればよいか。
(何も思いつかない)
「今は何もしなくていい。自由に好きなことをしていろ」
「えっ」
政人はハナコが喜ぶと思っていたのだが、見ると落ち着きを失っていた。
「そ、それは困るのである。自由などいらない、何か命令してほしいのである」
タロウもハナコの気持ちがわかるのか、懇願するように言った。
「御主人様、それはハナコさんがかわいそうです。何か命令してあげていただけませんか」
(イヌビトはめんどくさいな)
「それじゃあ、タロウに勉強を教えてやってもらえるか?」
「タロウに勉強、であるか」
「タロウには、レンガルド語と算数の勉強をするように命令してある。今までは俺が教えていたが、代わりにハナコに教えてもらおうかと思う」
「なるほど……ちなみに今までは、どうやって勉強していたのであるか?」
「タロウに問題集を解かせて、わからないところがあれば俺が教えてやっていた」
「その問題集は本屋で買ったものであるか?」
「そうだが」
「それはもったいないのである。御主人様は定まった収入がないので、お金は節約しなければならぬ。問題などは我が作るのである」
「作れるのか?」
「我を誰だと思っておる」
(金を節約する必要があるのは、ハナコの言うとおりだ。できるというなら任せてみるか)
「じゃあ、タロウのために問題を作って、勉強を教えてやってもらえるか?」
「そうではない、ちゃんと命令せい」
(本当にめんどくさいぞ)
政人は言い直した
「タロウのために問題を作って、勉強を教えろ」
「うむ、任せるがよい」