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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第二章 闇の勇者を求めて

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30.尊大なイヌビト

 その少女は、歳は政人よりも一つか二つぐらい下に見えた。


 金色の髪をストレートに伸ばし、頭からは垂れた耳がのぞいている。


 ゴスロリ風の黒いドレスを着ていて、お尻からは、髪と同じ金色の尻尾が、ふっさりと垂れていた。


 顔つきはかわいらしいが、負けん気の強さも感じ取れた。

 政人は、突然上から目線で「御主人様にしてやる」などと言われて、意味がわからず戸惑った。


(関わらない方がいい)


 そう判断し、少女を無視して歩き出した。


「お、おい、我を無視するでない!」


 なおも声をかけてくる。政人は職員に尋ねた。


「アレ、どうしたらいい?」


「相手をしてやってもらえませんか?」


 職員は、かわいそうなものを見るような目で少女を見て、言った。


「元々はペットショップにいたんですが、飼い主が見つからないので、ウチにきたんです。好みのタイプの男性を見かけると、こうして声をかけるんですが、イヌビトのくせに性格が尊大で生意気なので、すぐに逃げられちゃうんですよ。その態度を直さない限り、一生飼い主は見つからないぞ、と注意はしてるんですが」


「なるほど、イヌビトの中にもおかしなのがいるんだな」


「貴様ら、陰口は本人のいないところで言わぬか」


 政人はこのおかしな少女を観察した。性格に多少難があるとしても、強いのであれば飼う価値はあると思った。イヌビトが飼い主に逆らうことはないので、尊大な性格でも問題はない。


 だが、目の前の少女は小柄な体格で、どう見ても強そうには見えない。


「なあ、こう見えてこいつは、訓練を積んでて強かったりするのか?」

「いえ、彼女は戦闘職ではなく、事務職のイヌビトなので……」


(いらんな)


 と思ったが、そう言ってバッサリ切り捨てるのも、気が引けた。


 少女の境遇に同情する気持ちがどこかにある。尊大だから避けられる、というのは政人も身に覚えがあるのだ。


 政人はよく人から「おまえと話してると見下されているような気がする」と、批判されて傷ついたことがあった。


 でもそれは、全くいわれのないことでもない。確かに政人は内心で人を見下すことが多い。


 しかし、心の中で思ってしまうことはどうしようもない。問題はそれが態度に出てしまうということであり、それは政人のコミュニケーション能力が低いためであった。


 それでも政人は人間なので、多少コミュニケーションが苦手であっても、社会で生きていくことはできる。


 この少女も人間として生まれていれば、尊大で生意気であっても、それは「個性」としてある程度許容されていただろう。


 だが、イヌビトはどうしても飼い主を必要とする生き物だ。


 本来、従順な性格であるべきイヌビトが、尊大な性格に生まれついてしまっては、飼い主が見つからない。そこに、この少女の不幸がある。


 政人は少女の頭を優しくポンとたたいてから、告げた。


「残念ながら、君を飼うことはできない。それは君が尊大だからじゃない。俺が求めているのは戦闘職のイヌビトだからだ」


 まだ言い足りない気がしたので、少女と目の高さを合わせて、(さと)すように言う。


「性格はそんなに簡単に直せるものじゃないから、今のままでいい。君は事務職だそうだから、そのスキルをさらに磨くんだ。スキルは武器だ。たとえ尊大でも飼い主がきっと現れる。俺は戦闘スキルに秀でたイヌビトであれば、性格に難があろうとも飼うつもりだったんだから」


(そして値段が安ければな)


 少女の様子を見ると、呆気(あっけ)にとられて何も言えないようだった。


(伝わらなかったかな? 偉そうに説教じみたことを言ったので、また見下したように思われてしまったかもしれない)


 これ以上言うこともないので、(きびす)を返し立ち去ろうとした。


「待てい」


 少女はそう言って、政人のシャツのすそを引っ張った。


「どうした?」

「行くな」


「そう言われても、君を飼うことはできないんだ」


「我はもう、拒絶されるのは嫌なのである」


 彼女は偉そうな態度を崩さず、続ける。「おぬしでよい。我の御主人様となれ。さすれば、一生世話をしてやろう」


 どうしたらいいかわからず、職員を見た。


「ここまで食い下がることは、今までなかったんですが……」


 職員も戸惑っているようだ。彼は少女に言い聞かせた。「諦めなさい。この方には縁がなかったんだ」


 職員が政人たちに「行ってください」と声をかけたのを機に、今度こそ帰ろうと歩き出した。


 三十メートルほど進んだころだろうか。

 また、甲高(かんだか)い少女の声が聞こえた。しかしその声には、今までとは異なる必死さが込められていた。


「行かないでください……お願いします」


 政人が振り返ると、そこにはさっきまでの傲慢(ごうまん)さが嘘のように、うずくまって泣きそうな顔をしている少女の姿があった。


「おぬしのように、本気で我のことを考えて諭してくれた人間は、初めてなのである。そして、もうそんな奴は二度と現れることはないであろう。今まで声をかけた人間は皆、我を不審な者を見るような目付きで眺め、何も言わずに去っていったのである。もちろん、我の態度に問題があったのであろう。でも、どうしようもないのである。我は傲岸不遜(ごうがんふそん)な、駄目なイヌビトなのであるから」


 政人には「子供に甘い」という短所(もしくは長所)がある。


 同世代以上の者に対しては、自分と対等であることを期待するため、そうではなかった場合に見下してしまうことがある。


 だが子供については元より庇護(ひご)の対象として見ているため、何か欠点があったとしても、つい助けてやりたくなるのだ。


 今、政人に対して「行かないで」と懇願している少女は、見た目よりも中身は幼いように見えた。


 つかつかと少女に歩み寄った。

 そして少女の目の前に来ると、しゃがみこみ、その顔をのぞきこんだ。


(まるで捨てられた子犬の目だな……こいつは一人では生きていけない奴だ)


「あの、御主人様。差し出がましいようですが、その子を助けてあげていただけませんか」


 いつの間にかタロウが近くにきていた。「オレ、その子の気持ちよくわかるんです。この人なら、と期待した飼い主に逃げられ続けていると、自分が信じられなくなるんです。だって自分が悪いに違いないんですから」


 政人はもう一度少女を見た。

 さっきまでの傲慢さは影を潜め、不安そうに政人を上目遣いで見上げてくる。


(その表情は反則だ)


 政人は自分が敗北したことを悟った。


 職員に聞いた。「こいつはいくらだ?」


 そう言った瞬間、少女は大きく目を見開き、「ウッ」と声にならない声が唇から漏れた。タロウは嬉しそうな表情をしている。


「五万四千ユールです」


(痛い出費だな。でも仕方がない)


 財布を取り出そうとしたところ、職員が意外なことを言った。


「お代は結構です。どうか、その子の御主人になってあげてください」

「えっ? ……いいのか?」


「はい、私もその子が苦しんでいるのをずっと見てきました。でも、私の力では助けてあげられなくて……」

「そうか、助かる」


 すると、今まで傍観していたルーチェがニヤニヤしながら言う。


「やっぱりマサトは優しい奴だなあ」

「優しい? 俺が?」


(生まれて初めて言われたぞ。まあ、ルーチェは俺を過大評価しているところがあるからな)


「ああ、優しいと思うぞ。ところでソイツの名前はどうするんだ?」

「名前か……」


 職員の方を見たが、予想通り「御主人がつけてあげてください」という言葉が返ってきた。


(俺は時間をかけて考えても、センスのいい名前は思いつかないからな。直感で決めよう)


「では、お前の名前はハナコだ。わかったな」


 そう言うと少女は、不安そうな顔から一転、顔をほころばせた。


「う、うむ、ハナコか。我にふさわしい(みやび)な名前であるな」


 そしてまた尊大さを取り戻して言った。「これから、我は御主人様に飼われてやるのである。ありがたく思うがよい」


 ま、いいか、と政人は思った。

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黒蛇の紋章

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