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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第七章 狂王と闇の魔術師

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290.青空の向こうに

 ティナはヌルッポの家でメイドを務めながら、諜報員としてオルダ王国の情報を集めている。


 ヌルッポは数学者出身の宰相で、国王のゲロリーが出征中の今は、国の最高責任者である。

 当然のごとく毎日激務に追われており、クタクタになって帰宅した後は、食事をしながら給仕のティナに愚痴をこぼすのが日課だった。


「はあ……責任の重さに押しつぶされそうだよ。やっぱり僕は数学だけをやっているべきだったんだ……。セルカ君もそう思うだろ?」


(まるで成長していません)


 ティナは呆れていた。ヌルッポは相も変わらず、弱音ばかり吐いている。ちなみにセルカというのは、ティナの偽名だ。


「ゲロリー陛下は旦那様を信頼しておられるからこそ、全てを任せて出陣なさったのでしょう。そして旦那様は、その期待にちゃんと応えていらっしゃると思います。町を歩いていても、人々の顔からは暗さを感じませんから」


「でもこの戦争で負けたら、どうなるかわからないよ。万が一、陛下が死んでしまうようなことがあったら、この国は終わりだ」


「勝利を信じて、待つしかありません」


 そう答えたティナだが、彼女は自分の立場がわからなくなるときがある。


(オルダ王国の勝利と敗北。私はどちらを願うべきなのでしょうか?)


 ティナはガロリオン王国がオルダ王国の敵にまわったことを、まだ知らない。だから心情的には、オルダ王国に味方したくなる。

 ずっと住んでいれば、どうしても愛着はわくものだ。この国にはヌルッポを始め、仲良くなった人たちが多い。彼らの悲しむ顔は見たくない。


「申し上げます」


 執事が食堂に入ってきて言った。「王妃が御子息を連れてお越しです。ここにお通ししてよろしいでしょうか?」


 王妃エメラルダはゲロリーの妻で、現在は十九歳。その息子のユーサーは、まだ二歳だ。


(王妃がここに来るのは、初めてですね)


 エメラルダはゲロリーとは正反対の親しみやすい性格で、よく市中を散策して人々に声をかけたりしている。

 ティナも何度か見かけたことがあり、朗らかで優しい人、という印象を持っていた。


「王妃陛下が!? す、すぐにお通ししてくれ」

「かしこまりました。――セルカ、ここまで王妃をご案内してくれ」

「私がですか?」

「王妃は獰猛(どうもう)な犬を連れてきてるんだ。黒い巨大な犬だ。私は怖いから、君が相手をしてくれ」


 執事は情けないことを言った。


(はあ……無能な上司を持つと苦労します)


「ああ、それはゲロリー陛下の飼い犬のベルガーだよ。魔法使いのフレイド氏でさえ、怖くて近づけなかったと聞いている」


 ヌルッポが言った。「まあ見た目は怖いけど、よく訓練された優秀な犬だよ。セルカ君、せっかくだから挨拶してきなよ」


「はあ」


 ティナは王妃を迎えに向かった。今は外で待っているという。


(この暑い中、王妃を玄関先で待たせるなんて)


 執事の気の利かなさに腹を立てながら、玄関の扉を開けた。


 玄関前のステップの向こうに、王妃エメラルダが立っていた。小柄な体つきの、かわいらしい女性だ。服装は上品なデザインのピンク色のドレスで、頭には羽飾りのついた白い帽子をかぶっている。


 その息子のユーサーはティナの姿を見ると、母親の後ろにさっと隠れた。父親と違って気が弱そうだ。


 問題の犬はリードにつながれて、エメラルダの隣にいた。精悍な顔つきで、体は引き締まっていて筋肉質だ。体高はティナの腰の高さほどもあり、執事が怖がるのも無理はないかもしれない。


 ティナは王妃の前に進み出て、頭を下げた。


「陛下、このようなところでお待たせしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

「気になさらないでください。ベルガーを連れてきてしまった私が悪いのです。さっきの男の方を、とても怖がらせてしまったみたいです」


 エメラルダは優しい笑みを浮かべ、身分が低いティナに対しても、礼儀正しく答えてきた。


「とんでもございません。あの無能な執事は、私からきつく叱っておきます」


「まあ、ふふふ」


 エメラルダは口に手をあて、上品に笑った。「気に入ったわ。あなた、お名前は?」


「セルカと申します」

「セルカさんね。私はエメラルダです。この子はユーサー。そしてこの子は夫の愛犬で、ベルガーといいます」

「ワン」


 ベルガーは低い声で鳴いて、挨拶した。


「まあ、賢いワンちゃんですね」

「セルカさんは、犬は大丈夫?」

「犬は大好きです。イヌビトの方がペットとして人気があるようですが、私は犬の方が無邪気で愛らしく感じます」


「まあ」


 エメラルダは驚いたように言った。「夫も同じことを言っていました。イヌビトは賢すぎるから危険だと」


(私はそこまでは言ってませんが)


 犬を中に入れることはできないので、前庭の木陰の下で待たせておくことになった。

 ティナはリードをあずかり、ベルガーをイチョウの木につないだ。ベルガーはずっとおとなしくしている。


「お利口ですね」


 ティナが頭をなでてやると、ベルガーは下からティナの手をペロペロとなめてきた。


「ふふ、くすぐったいです、ベルガー」


 エメラルダはそんなティナたちの様子を、微笑ましそうにながめていた。




 ティナはエメラルダとユーサーを、ヌルッポのいる食堂に案内した。すでに食事は片付けられていた。


「突然押しかけてしまい、申し訳ございません、宰相殿」


「いえいえ、いつでも来てください。陛下なら大歓迎です」


 そう言うとヌルッポは、ユーサーにも声をかけた。「ユーサー君、いつでもこの家に勝手に入ってきていいんだよ。君のパパはいつもそうしているんだからね」


(できればやめてほしいものです)


「パパ……いつかえってくるの?」


 ユーサーは泣きそうな声で言った。


「パパは今、外国で大事なお仕事をしているんだ。でももうすぐ帰ってきて、またユーサー君と遊んでくれるからね」

「……うん」


 ユーサーのさびしそうな表情を見て、ティナの胸は締め付けられた。

 二歳ではまだ戦争を理解できないし、なぜ父親が帰って来ないのか、わからないだろう。


「私も夫からの便りがないので、不安なのです」


 エメラルダが言った。「宰相殿なら、現在の戦況についてご存じかと思って、うかがったのですが」


「そうでしたか。僕が知っていることなら、お話します」

「ありがとうございます。ではその間、どなたかユーサーの相手をしてやっていただけますか?」

「わかりました。セルカ君、すまないが、しばらくユーサー君と遊んでやってくれないか?」


「承知しました」


(子供の相手をするのは苦手なのですが……仕方ありませんね)


 ティナはユーサーの前でしゃがみこみ、目の高さを合わせて声をかけた。


「さ、ユーサー君、しばらくお姉ちゃんと遊びましょ」

「……うん」


 ティナはユーサーの手を引いて食堂を出ると、自分の部屋まで連れて行った。それから中に入って二人きりになると、精一杯の笑顔をつくって話しかけた。


「ねえ、どんな遊びがしたい?」


「んー」


 ユーサーは迷った末、ボソッと答えた。「おうた、うたって」


(歌ですか……。これも苦手なのですが、やるしかないですね)


 ティナは知っている童謡を歌ってあげることにした。


「もしもし猫よ、猫ちゃんよ

 世界の内で、あなたほど

 とにかくかわいい、ものはない

 どうしてそんなに、かわいいの♪」


「へたくそ やめて かえれ」


 ユーサーは容赦がなかった。


(くっ! かわいい顔をしていても、この残酷さはまちがいなくゲロリーの息子だわ。これは教育が必要です)


「なんですってー!」

「わー、おこった、にげろー!」


 ティナが怒ったふりをすると、ユーサーは笑いながら逃げ出した。

 二人の遊びは、歌から追いかけっこに移行した。


 


 エメラルダとヌルッポの話が終わったので、ティナはユーサーの手を引いて、玄関まで送った。


「おねえちゃん、またあそんでね」


 ユーサーは名残惜しそうに言った。


「もちろんいいわよ。いつでも遊びに来てね」


「まあ、ユーサーったら、ずいぶん楽しく遊んでもらったみたいね」


 息子の様子を見たエメラルダが、目を細めて言った。「セルカさん、本当にありがとうございました」


「いえ、私も楽しかったですから。また、いつでもおいでください」


 ティナは彼らのことが大好きになっていた。

 早く戦争が終わり、ゲロリーが帰ってくればいいのにと思った。




―――




 ズィーガー城塞での防衛戦が始まってから、一週間が過ぎようとしていた。

 外壁は度重なる投石機の攻撃により、あちこちが崩れていた。


 住民たちは轟音におびえ、不眠に悩まされ、疲労の色が濃かった。

 今にも天井や壁が崩れてくるのではないかと考えると、もはや城内に安全な場所はなかった。


 そして死者の軍団は相変わらず、何度地面に落としても、また息を吹き返してハシゴを登ってくる。

 兵士たちの疲労も限界に達していた。


「がんばれ! おまえたちは恐れを知らぬ戦闘狂だぞ!」


 ナローラは兵士たちの後ろで必死に鼓舞するが、そんな彼女も心がくじけそうになっていた。

 マルトの死に大きなショックを受け、自信を失っているのだ。


(私が大人だったら、もっとうまくやれていたのに……。

 お兄様だったら、一人で敵陣に突っ込んでゲロリーを殺していた。

 お父様なら、見事な指揮で兵士や住民をまとめあげていた。

 狂乱女公フォルテ様なら、最前線で戦って敵を押し返していた)


 子供の自分は、後ろで声を出すことしかできない。自分の幼さ、無力さが悔しかった。


「ギャアッ!」


 胸壁のそばの兵士が悲鳴をあげた。すぐ近くまで登ってきた生ける屍に、剣で肩口を突き刺されたのだ。

 死者はそのまま、胸壁の内部に侵入しようとしていた。さらにその下からも、別の死者が続いてくる。


「くそっ! ここは通さん! 俺は戦闘狂だ!」


 兵士は必死の形相で死者にしがみついた。彼は極限状態で高揚し、生ける屍への恐怖を忘れていた。

 さらに、死に対する恐怖も忘れていた。それは、忘れてはならないものだ。


「ワルブランド家は盾なり!!」


 兵士はそう言うと前方に突進し、死者たちを道連れにして落下していった。


「ああっ!」


 それを見たナローラは悲鳴をあげた。


(やめて! もう、その言葉を言って死んでいくのはやめて!)


「閣下、ここは危険です! 安全な場所まで下がってください!!」


 ドリアーが叫んだ。


「安全な場所とはどこだ! ここを突破されたら、安全もクソもないぞ!」


 ナローラの言う通りなので、ドリアーは言い返せない。

 状況は、いよいよ切羽詰まっていた。


 死者の軍団は、四方向から攻めてきている。

 ナローラは危なそうな方面に駆けつけて鼓舞しているが、体力も気力も限界だった。

 投石機の攻撃も、間断なく続いていた。


(早く夜になって、敵が引き揚げてくれたら……)


 そう思って空を見上げた。

 夏の太陽が高く上っていた。まだまだ日は沈みそうにない。


 どこかから兵士たちの悲鳴と、剣戟(けんげき)の音が聞こえてきた。ナローラの肌が粟立った。


「申し上げます!!」


 目を血走らせた兵士がやってきた。「南側の胸壁で、生ける屍に内部への侵入を許してしまいました! 死者は次々と後に続き、もはや制圧できません! 住民たちも戦ってくれていますが、とても相手になりません! すぐに援軍を!」


(終わった)


 どこの戦線も、援軍を送る余裕などない。

 ナローラは気力が()え、その場にへたりこんだ。


(お兄様、お父様、ごめんなさい。私の代で、ワルブランド家は終わってしまいました)


 ナローラはうつろな目で、もう一度空を見上げた。

 雲ひとつない、きれいな青空が広がっていた。


 その青空の向こうに――、


「遊撃隊、――突撃!!!」


 雷が、落ちた。

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