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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第七章 狂王と闇の魔術師

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269.開戦

 義勇軍の本部となっている建物は、王城のすぐ近くにある。

 グルースたちが本部を訪れると、義勇兵たちの間からワアッという歓声が上がった。


「……うるさい」


 騒音が苦手なチャロが顔をしかめている。


「おいおまえら、近所迷惑だからでかい声を出すな!」


 ブルダウンが怒鳴りつけると一瞬静かになったが、すぐにまたざわつき始めた。彼らは兵士としての訓練は受けておらず、出自もバラバラな者たちなので、統制はとれていない。


(前に来た時より、さらに人数が増えているみたいだな。俺のために集まってくれたんだから、ありがたい話ではあるけど)


 グルースは喜ばしいと同時に、申し訳ない気持ちにもなる。

 ここは本部といっても、廃墟となっていた建物を勝手に拠点にしているだけで、不法占拠と言われても仕方がない状態だ。

 プートンやその家臣、さらには住民たちも、快くは思っていないだろう。


 義勇軍の隊長であるロンディがグルースたちに近づき、気安い調子で声をかけてきた。


「へっへっ、すいませんね。こいつらは全員でかい声を出すだけが取り柄の田舎者で、王族の方への接し方なんか知らねえんすよ」


(おまえもな)


 ロンディは義勇軍の結成者であり、今も隊長として実質的に義勇軍の指揮をとっている。グルースは名目上のリーダーに過ぎない。


(俺には七千人も指揮する自信はないし、義勇軍をつくったのはロンディなんだから、彼が指揮をとるので問題ないとは思うが……)


 グルースはロンディという男を、どうしても好きになれなかった。

 彼は義勇軍を結成する前は盗賊だったらしいが、それもなるほどと思えるほど人相が悪い。さらに知性も品位も感じられない。

 たまたま時流に乗って今の地位を得たが、本来なら犯罪者として処刑されていたはずの男だ。


 もちろん彼のおかげで兵力を手に入れることができたのだから、感謝はしなければならないが。


「さあさあ、こいつらの相手はあっしに任せておいて、グルース様は部屋で休んでいてくださいや。偉い人が頻繁に顔を出すと、威厳がなくなりますからね」

「そうだろうか」


 確かにここにいても何ができるわけでもないので、グルースたちは王城に戻ることにした。


「私はあの男、どうも気に入りません」


 建物を出たところで、ルイザがロンディを批判した。「あんなゴロツキに隊長を任せていては、殿下の品位に傷がつきます」


「あの男はグルースを利用して成り上がりたいだけに思えるな」


 ブルダウンも気に入らないようだ。


「まあいいさ。たとえ成り上がりのゴロツキだとしても、ゲロリーを倒すための力になってくれるなら、俺はロンディを隊長として認めるよ」

「おまえがその覚悟なら、俺もこれ以上は言わんが――」


「グルース王子、こちらにおられましたか!」


 グルースらの姿を認めた衛兵が、声をかけてきた。「至急、玉座の間へお越しください!」


「何かあったんですか?」


 衛兵のただならぬ様子に、グルースは不安になった。


「ゲロリーが率いる軍勢が我が国の領土へ侵攻してきたのです! 現在陛下が家臣たちを集めて御前会議を開き、対応を協議しておられます。グルース王子にも来るようにとのことです!」




―――




 プートンは騎士たちに介助をさせ、その巨体を玉座に乗せた。

 すでに玉座の間には主だった者たちが集まっている。誰もが深刻な顔をしていた。


「陛下、さっそく始めましょう」


 玉座の背もたれに体を預け、ふうっと息をついたところでグレドが言った。


「まだグルース王子が来てないようだけど」


「いなくても構いません。これはウェントリー王国の問題です。それにグルースが何を言うかは、わかりきっています。『義勇軍はウェントリー王国と共にゲロリーと戦う』と主張するでしょう」


(きっとそう言うでしょうね)


 グルースにとっては、ゲロリーがウェントリーに攻めてきたことは好都合なのである。ウェントリー王国軍がゲロリーと戦うことになるからだ。


「で、あなたはそれに反対なのね?」

「当然です。我が国にはグルースのために戦う義理はありません。戦いたいなら義勇軍だけで勝手に戦えばよいのです」


「それでも、敵はウェントリー領内に攻めこんできたんだから、そうも言ってられないでしょ」

「残念ながら、そのとおりですな」


 グレドは苦々しげに言った。普段冷静な男も、さすがに余裕がなさそうだ。


「グルースを捕えて、その身柄をゲロリーに送りつけてやればどうでしょうか? そうすれば軍を引き揚げるのでは?」


 そう発言したのは、この国の諸侯の一人であるローウェン公だ。たまたま王都に滞在していたので、この御前会議に参加している。


「そんなことをしたら、義勇軍が暴れ出すわよ」

「所詮奴らは雑兵の群れです。死者の軍団を相手にするよりはマシでしょう」


「ローウェン公よ、それはゲロリーに屈服するということだぞ」


 厳しい声でそう問いつめたのは、プートンの弟であり、王太子でもあるランティクル・ランスターだ。

 年齢は三十五歳。兄とは違い、その体は筋肉に覆われ、固く引き締まっている。

 目元が涼やかな美男子で、口ひげがトレードマークだ。プートンの弟とは信じられないほどの立派な外見である。


 幼いころから柔弱(にゅうじゃく)だったプートンに対し、ランスターは強健な体に剛毅な性格、そして英明な頭脳によって人々の期待を集めていた。

 誰もがランスターの方が王にふさわしいと思ったが、プートンが兄である以上は、継承順位をまげることはできない。


 多くの者はランスターに期待し、こう思っていた。

「プートン王はあの太り方ではきっと長生きはできない。彼は所詮、弟が即位するまでの()()()に過ぎない」と。


「ランスター殿下、私とてゲロリーに屈するのは悔しいですが、戦争を避けるためには仕方がありません」


「これは意外なことを言われるものだ。我々が国民の税金で軍隊をつくりあげたのは何のためだ? このようなときに国を守らずして、国家の義務が果たせようか。我が国にも強力な軍があることを、狂王に教えてやるべきだ」


(ランスターならそう言うとは思ってたけど……)


 プートンは戦争はしたくない。なんとか話し合いで解決できないかと思っている。


「ランスター。いくら勇ましいことを言っても、負けたらどうなるかわかってるでしょ? ゲロリーのことだから、きっと()を残酷なやり方で殺すわ。『ハッハッハッ、豚の丸焼きだ』とか言いながら、余を直火で焼き殺すかもしれないわね」


「あの狂王が、そんなひねりのない殺し方をするでしょうか?」


 グレドが口をはさんだ。「奴は死を芸術だとかぬかしておるそうですが、豚の丸焼きでは芸術には程遠いですな」


(なんで余は、こんな奴を宰相に任命しちゃったのかしら)


「お黙りっ! あなただってただじゃすまないわよ! 余はローウェン公の言うとおりだと思うわ。グルース王子には申し訳ないけど、こうなったからには彼を引き渡すしか――」


「兄上、いまさらグルース王子を引き渡したところで、ゲロリーが軍を引き揚げることはありません」


 ランスターが断言した。


「なんでそう思うの?」


「考えてみてください。グルースの引き渡し要求に対し、我々はまだ正式な回答をしていません。また、王都に義勇軍が結成されてから、まだひと月も経っておりません。

 それなのにゲロリーは諸侯を召集し、軍備を整え、用意万端で攻めてきているのです。あまりにも動きが早すぎます。

 これは初めから、我が国を侵略しようと計画していたとしか考えられません。グルースや義勇軍のことなど口実に過ぎないのでしょう。奴が本当に欲しがっているのは、ウェントリー王国なのです」


 他の家臣たちも、その言葉にうなずいている。


(さすがランスターね、見事な説得力だわ)


「でもね、なんとか話し合いで解決できるなら――」


「兄上、もはや話し合いで解決できる状況ではありません。さっきローウェン公は『戦争を避けるため』などと言っていましたが、甘すぎる考えと言わざるを得ません。

 ()()()()()()()()()()()()のです! ドルガ将軍と一千人以上の兵士が、オルダ王国軍の攻撃を受けて戦死しているのです!

 彼らの仇を取らねば、国としての威信を保てません。兄上は死んだ英霊やその遺族に対し『自分が死ぬのが怖いから戦わずに降伏する』などと言えるのですか?」


 ぐうの()も出ない正論である。


「だ、だけど敵には死者の軍団がいるのよ。生ける屍は斬っても突いても死なないし、痛みや恐怖を感じることもない。そんな奴ら相手にどうやって戦うの?」


「生ける屍は決して無敵ではありません。火が弱点であることが判明しています。体を焼かれれば灰になって消滅するのです」

「確かにそうらしいけど……」

「兄上、私はすでに軍に対し、戦いの準備をするよう指示を出しました」

「え!? ちょ、ちょっと、余は聞いてないわよ」


「お許しください。兄上にお伝えするひまがありませんでした。ですが兵は神速を尊びます。会議の結果を待っていては遅すぎるのです。

 兄上、すぐに諸侯に対し、軍を率いて参集するように命令を出してください。傭兵も集められるだけ集めましょう。そして、私を総司令官に任命してください。必ずやオルダ王国軍を撃破し、ゲロリーを討ちとって見せましょう!」


 ランスターの堂々とした物言いに、一同は頼もしさを感じた。もはや場の雰囲気は、はっきりと戦争に傾いていた。


(こうなったら、ランスターに任せるしかないのかしら)


 プートンは幼いころから、この何をやらせても完璧にこなす弟を信頼している。総司令官が務まるとすれば、彼しかいないだろう。

 プートンは覚悟を決めた。


「わかったわ、ランスター。余は国王として、あなたに命じます。ウェントリー王国軍の総司令官として、オルダ王国軍を撃退しなさい!」

「はっ、お任せください!」


 ランスターは敬礼し、力強く答えた。


「申し上げます! グルース殿下をお連れしました!」


 その時、衛兵に案内されてグルースたち四人が玉座の間に姿を現した。


(今ごろ来たって遅いわよ。もう結論はでちゃったんだから)


「グルース王子、当然あなたと義勇軍にも戦ってもらうわよ。覚悟を決めなさい」

「えっ? えっ?」


 とまどうグルースをよそに、義勇軍もウェントリー王国と共に戦うことが決定した。

 オルダ王国とウェントリー王国の間で、ついに本格的な戦争が始まったのである。

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