27.ヘルン新聞社社長オーギュロス・セリー
ヘルン新聞社は、かなり年季の入った二階建ての木造の建物だった。
玄関ドアは建付けが悪く、開けるのに苦労した。
受付はなかったのでそのまま奥へと進む。
「編集局」と書かれたドアがあったので中に入ると、十人ぐらいの人間が忙しそうに働いていた。
とりあえず近くにいた男に声をかける。
「ちょっといいか?」
「なんですか? 今忙しいんですが」
六神派の聖司教に対する、インタビュー記事を見せた。
「この記事を書いた人に会いたいんだが」
「ここにはいません」
男はイライラした様子だ。「まだヴィンスレイジ王領にいますよ」
政人は、そういうこともあるだろうと思っていた。
「では、社長に会わせてくれ」
そこで男は、初めて政人の顔をまじまじと見つめた。
「あんた、誰ですか?」
「フジイ・マサトだ。六神派について調べている」
「社長は忙しいんですよ。アポイントのない客とは会いません」
そこでルーチェがスッと前に出て男を睨みつけ、槍の石突を、ドンと音をさせて床に突き立てた。
男はルーチェの迫力にひるんだようだ。「い、一応聞いてみます」と言って、奥のパーティションで仕切られた空間に駆け込んだ。
しばらくすると戻ってきた。
「やっぱり会えないそうです」
そして、ルーチェがまだ怖い顔をしているのを見て言った。「その、本当に忙しいみたいで、どこの誰ともわからない客と会ってる暇はないと……」
「では社長にこう伝えてくれ」
政人は不敵な笑みを浮かべて言った。「ヘルン新聞社の収入を二倍にする方法を知っている男が来ている、と」
男は怪訝な顔をしていたが、ルーチェにすごまれると、またパーティションの奥に入っていった。
また男が戻ってきたが、今度は「こちらへ」と言って、部屋の奥の応接室に案内してくれた。
ソファーに三人座ってしばらく待っていると、ドアの外から「これからは、わけのわからん訪問者は取り次ぐな!」と叱りつける声が聞こえた。
そして女が入ってきた。
まだ二十代の後半に見える若い女性だ。
緑色の髪を後ろでまとめ、服装はラフな開襟シャツとロングスカート。開いた胸元から大きな胸の谷間を見せつけていた。
気の強そうな美人で、鋭い眼光は相手を射貫くようだった。
女はつかつかとやってくると、黙ってマサト達の前のソファーに腰を下ろし、名刺を差し出してきた。
「社長、兼編集局長のオーギュロス・セリーだ」
セリーは、政人たちの自己紹介が終わるがいなや、切り出した。
「それで、収入を二倍にする方法というのは?」
「これはまだ誰も考えついたことのない、優れたアイデアだ」
政人はもったいぶるように言った。「対価も無しに話せるわけがない」
セリーは体を背もたれに預け、足を組んだ。
「なにが望みだ?」
政人は例のインタビュー記事を見せた。
「このケンブローズ・ウェムジー聖司教と直接会って話がしたい。そのために、おたくの記者が持っているコネクションを使わせてほしい」
セリーは、マサトを値踏みするように眺めている。
「うまい話がある、と持ち掛けてくる奴は詐欺師だ。まずはそう疑うのが当然だ」
「では、なぜ俺に会おうと思った? ひょっとしたら本当に有益な情報が得られるかもしれない、と思ったからだろ?」
相手が何も言わないので、続けた。「この新聞社は、あまり儲かっていないんじゃないか?」
「なぜそう思う?」
(この汚い社屋を見れば、誰でもそう思うだろ)
「ヘルン新聞を読んだが、あの充実した内容で四十ユールは安すぎる」
政人は相手のプライドをくすぐるように言った。「週刊誌だし、二万部売れたとしても、利益はぎりぎりプラスになるぐらいなのでは?」
セリーはため息をついた。
「もともとは冒険者に読ませるために始めた新聞だ。あいつらは金がないから、これ以上値段を上げると買えなくなる」
「なぜ冒険者に?」
「あいつらは平気で命を捨てるんだ」
そして整った顔を歪めて言った。「迷宮は我々にとって未知の存在だ。だから、得た情報は共有する必要がある。せめて、どの階層にどんな魔物が出るかぐらいは知っておかなけりゃ、命がいくつあっても足りない」
「そのとおりだな。まあ、それは本来、冒険者ギルドがやるべき仕事だと思うが」
そこで相手が黙り込んでしまったので、政人はいぶかしんだ。
彼女の様子を見ると、言おうかどうしようか、迷っているように見えた。
「どうした?」
「……冒険者ギルドは、ギルドと名がついてはいるが、その実態は同業者組合ではなく、この町の領主であるタンメリー家が運営している」
「なんだって!?」
「迷宮で魔物を倒して得た素材は、ギルドで買い取ってもらえることになっている」
彼女は続けて言った。「これは正確には、こう言い換えるべきだ。素材はギルドで買い取ってもらわなくてはならない、と」
「もし、自分で他の商店に持ち込んで売ったらどうなる?」
「ギルドから厳しく注意される。何度も続くと脱退させられる」
(なるほど、そういうことか。さすがは、やり手と評判のタンメリー女公だな)
「つまり冒険者たちは、タンメリー家に搾取されているわけだ」
「そうだ。だが、それに気づかないんだ。冒険者はバカだから」
(同感だ)
「その事実を記事にすることは……できないんだろうな」
「ああ。社説でヴィンスレイジ王家を厳しく批判している私でも、タンメリー家の悪口は書けない。出版できなくなるからな」
新聞が「社会の公器」たることは難しいようだ。
それでも政人は、冒険者が無駄に命を捨てないように新聞を始めたというこの女社長のことを、信じてもいい気にはなっていた。
「話を戻そう。俺のアイデアに価値があると判断してくれたら、聖司教に会わせてほしい」
「収入を二倍にする方法か」
「二倍とはっきりは言えないが、劇的に増えることは間違いない」
「聞かせてくれ」
セリーは身を乗り出した。ルーチェとタロウも、政人が何を言うかと期待した目で見ている。
政人は、自分の言葉が効果的に聞こえるように、少し間を置いてから言った。
「紙面に『広告』を載せるんだ」




