25.冒険者ギルド
迷宮都市ヘルンは、二メートル程度の低い壁に囲まれていた。
東西南北に門があり、政人たちは北門の前にいる。
門の上には、領主のタンメリー家の家紋である、『紫陽花』の花が描かれた旗が翻っている。
町に入るには、百ユールの通行料が必要なようだ。
「それでは、我々はここで」
「ああ、世話になった。ソームズ公によろしく伝えてくれ」
護衛の騎士たちと別れた後、通行料を払って町に入る。
ヘルンは人口十六万人の大都市だ。通りには大勢の人が行き交い、活気に満ちている。
「ヘルンにようこそ! 今夜の宿がお決まりでないなら、ぜひ『マールおばさんの宿』をご利用ください! どこよりも美味しい料理と、真心こめたサービスをご提供いたしますよ!」
町に入ったとたん、十四歳ぐらいの女の子が声をかけてきた。宿屋の客引きらしい。
(まったく……子供を働かせるなよ)
「一泊いくらだ? ひと部屋でいい。馬は三頭いるが、馬房は空いてるか?」
「そちらの女性の方も、同じ部屋でいいんですか?」
ルーチェのことだ。
「問題ない」
ルーチェを女と意識したことはないので、そう言った。
「で、では三人ひと部屋で、お一人様千ユール。二食付きで、プラス八百ユールになります。馬は一頭につき二百ユールです」
「とりあえず宿まで案内してくれ」
案内された宿は一階がロビーと食堂、二階と三階が客室のようだった。食堂は昼食時だからか、人で一杯だった。
この宿に泊まると伝えると、少女は満面の笑みを浮かべ「ありがとうございましたっ!」と言った。
「ところで、冒険者ギルドの場所を教えてくれないか?」
「あれ? 冒険者の方だったんですか?」
少女は意外そうな顔をした後、慌てて言った。「ご、ごめんなさい! 冒険者の方とは雰囲気が違って見えたもので」
(少なくとも俺は冒険者には見えないだろうな)
この町では、迷宮に入りたいなら嫌でも「冒険者ギルド」に入らなければならない。
入会費千ユール、年会費三千ユールと、決して安くはない費用を支払う必要があるのだが、迷宮の入り口にいる役人に会員証を見せなければ、入れてもらえないのだ。
「いや、俺は冒険者ではない。冒険者に会いたいだけだ」
「あ、そうなんですね。それなら……」
少女は受付カウンターから紙を一枚持ってきて言った。「どうぞ、この町の簡単な地図です。お持ちください」
そして、冒険者ギルドの場所を指し示し、教えてくれた。
「ああ、これは助かる」
少女に礼を言って、冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドに入ると、中は冒険者とおぼしき者たちで、にぎわっていた。
四人掛けのベンチがいくつも置いてあり、その正面には受付カウンターが四つ並んでいた。受付は皆、若い女性のようだ。
奥には「素材買い取り所」というプレートがかかった部屋があった。迷宮で見つけた素材は、ギルドで買い取ってくれるようだ。
壁際には掲示板が置いてあり、いくつも紙が貼られている。見るとアルバイトの募集だった。
迷宮探索だけで食べていける冒険者は少なく、多くの者は副業をしているのだ。
別の掲示板には、パーティー募集の張り紙が貼られていた。
ギルドは、冒険者同士でパーティーを組むことを推奨しており、そのための斡旋も行っている。
一人で迷宮に入るのはとても危険だからだ。
「御主人様、あれ、なんでしょうか?」
タロウが指さす方を見ると、壁際に長机が置いてあり、その後ろの椅子に女性が座っている。
机のそばには「週刊ヘルン新聞販売所」と書かれた看板が立っている。
(この世界にも新聞があるのか?)
近寄って、売り子の女性に声をかけた。
「ちょっといいか? そのヘルン新聞というのは、ヘルンの町でだけ販売しているのか?」
「そうです。外国ではどうか知りませんが、ガロリオン王国内で新聞を発行しているのは、ここだけだと聞いています」
「どれぐらい売れている?」
「発行部数は二万部です」
(人口十六万の町で二万部なら相当なものだ)
「一部もらえるか」
「はい、四十ユールになります」
折り畳まれた紙を広げてみると、確かに政人の知っている「新聞」だった。ヘルン新聞社という、この町にある新聞社が発行したものだ。
「しばらくこの辺りで時間をつぶしていてくれ。俺はここで新聞を読んでいるから」
ルーチェとタロウにそう言うと、政人はベンチに腰を下ろし、読み始める。
一面に大きな見出しで「『マルデオン・バグッチョとゆかいな仲間たち』迷宮三十八階層に到達」とある。
有力なパーティーの一つが、新たな階層にたどり着いたようだ。本文の記事と、四人の男女の似顔絵が載っている。
二、三面は政治経済面と社説だった。
「タンメリー女公の一週間」という記事では、女公が何を言ったとか、誰と会ったとか、あまり興味を惹かれない内容だったが、社説の論評はなかなか過激だった。
ヴィンスレイジ王家について、厳しく批判している。
王太后とジスタス公に政権を握らせていては国が滅ぶ、十一歳のクオン王を退位させ、先王の弟の娘である、聡明なヴィンスレイジ・シャラミアを即位させるべきだと書いてある。
(ここまで書いて大丈夫なのか)
この社説を書いた者の勇気に感服した。
もっとも、ここが王領ではなく、タンメリー女公領だからこそ、書けたことではあろうが。
四、五面は国際面だった。
国際面と言っても他国についてではなく、ガロリオン王国内の、王領や他の諸国領の情勢の記事が載っていた。
特に王領についての記事が多く、領民は相次ぐ増税で、いかに悲惨な暮らしを送っているか、ということが事細かに書かれている。
(これを読めば、それに比べて自分たちは恵まれていると実感して、幸せな気分になれるかもしれないな)
六~十一面は冒険者向けのページだった。
感心したのは、迷宮内の魔物の出現情報が載っていることだ。
どの階層にどんな魔物が出現するか、というのは時間が経つと変化するそうなので、冒険者にとってはかなり有用な情報だろう。冒険者をアルバイトで雇って調べさせているのかもしれない。
他には、どの冒険者パーティーがどんな活躍をしただとか、行方不明になっただとかの記事。冒険者の投稿欄もあった。
政人がやるせない気分になったのは、「今週亡くなった冒険者」という欄で、そこに十八人の名前が載っていることだった。
(一週間で十八人も死ぬのか)
十二、十三面は社会面で、今週は町でこんな事件があった、などと言う記事が載っていた。
異世界でも新聞の構成はあまり変わらないな、と思いながら最後のページをめくった政人は、その裏一面の見出しを見て、あっと声を上げそうになった。
『六神派のケンブローズ・ウェムジー聖司教、はじめて本紙記者のインタビューに応じる』
という記事だった。




