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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第六章 炎斧戦争

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240.真の主君

 深夜の激闘を終え、捕虜たちはガロリオン軍の陣地へと護送された。

 パージェニー以外で捕虜となったのは、二人の軍団長と約八千人の兵士たちで、彼らは拘束(こうそく)されることもなく、負傷者はすぐに治療を受けた。


 パージェニーには専用の天幕が与えられた。

 パージェニーを天幕まで案内してくれた兵士は入り口の垂れ布を持ち上げ、中に入るよう丁重にうながした。


 中に入ると、中央には大きな木製のテーブルと、そのまわりに椅子が四脚、隅には大きな寝台が置いてあった。

 テーブルの上には燭台が置いてあり、ロウソクの優しい光が室内を照らしている。他にもウォーターピッチャーとグラス、そして新鮮な果物を盛りつけた籠が置かれていた。

 そして寝台の隣には、姿見があった。


(鏡まで用意してくれるとは。私が女なので気をつかってくれたのだろうか)


 捕虜としては破格の待遇であることは間違いない。

 ここでパージェニーは、まず軍医によって足の治療を受けた。思ったとおり、たいした怪我ではなかった。


 軍医が退出するとルーチェが入ってきた。着替えを手伝ってくれるという。


「女の軍人はアタシたちしかいないからね」


 ルーチェは、愛嬌のある笑顔でそう言った。戦場での荒々しさを思い出すと、とても同一人物とは思えない。

 パージェニーは鎧を脱ぐのを手伝ってもらい、ゆったりした室内着に着替えた。ルーチェの甲斐甲斐しく世話をやく様子は、まるで従者のようだ。


「私は君にとって憎い敵のはずだが」


「敵だった、でしょう? 今はそうじゃないわ」


 ルーチェは屈託のない様子で、そう答えた。「さあ、今はゆっくり休んで」


(これではまるで、貴人の客へのもてなしだ)


 驚いたことに、寝台の脇には「元帥の剣」が立て掛けられている。武器さえ取り上げなかったのだ。


 パージェニーが寝台に横になったのを確認してから、ルーチェはロウソクの火を吹き消して、天幕を出て行った。



 目を覚ますと、すっかり夜が明けていた。


 ルーチェが朝食をもってきてくれた。献立は蒸したパン、ミルク、ローストビーフ、目玉焼き、サラダ、海草のスープだ。


「捕虜の兵士たちにも、同じ食事を用意してあるわ」


 ルーチェはそう言って、自分の食事もテーブルに置いた。ここで一緒に食べるようだ。


「それはありがたい。このようなしっかりとした食事ができれば、彼らは泣いて喜ぶことだろう」


(そしてガロリオン軍との食料事情の差を痛感するだろうな。これでは負けて当然だと思うかもしれない)


 それからルーチェと雑談を交わしながら、食事を堪能した。

 食後には、なんとコーヒーを出された。さすがにこれは、兵士には与えていないだろう。コーヒーは高級品とされており、パージェニーも飲むのは初めてだった。


「お好みで砂糖を入れてね。砂糖を入れる飲み方は、マサトが考えたんだよ」


 そう説明するルーチェの顔は誇らしげだ。


(よっぽどマサトを愛しているのだな)


 そのことを微笑ましく思うと同時に、いくらかの寂しさも感じた。


「今からマサトを呼んでくるわ。大事な話があるそうよ」


 コーヒーを飲み終えると、ルーチェは配膳台車を押して天幕を出て行った。

 しばらくして、政人とハナコが入ってきた。

 彼らとは講和交渉のたびに会っていたが、こうして会うのは不思議な感じがした。


「元気そうで安心したよ」


 政人はパージェニーの向かいの席に座り、そう言った。

 心からそう言っているように見えた。講和交渉のときの厳しい表情とは全く異なり、優しい笑みを浮かべている。


「この部屋に鏡を置くように言ったのは我である。御主人様は男だから、そういうことには気が回らないのである。他にも欲しいものがあったら言うがよい」


 ハナコも政人の隣に座り、優しい言葉をかけてきた。


「なぜ私を、このように手厚くもてなしてくれるのだ? 私は捕虜だぞ」

「捕虜とはいえ、元帥という高い地位にある人間を粗略に扱うわけにはいかない」

「私を殺そうとは考えないのか? 私は貴軍の多くの兵を殺したのだから、恨んでいるだろう」


「君を殺すだと?」


 政人の顔色が変わった。「そんなことができるものか!」


 強い口調で否定してきた。冷静な彼に似合わず、熱くなっているようだ。


「なぜだ?」

「君を愛しているからだ!」


(ひゃうっ!?)


 男に愛していると言われたのは初めてである。士官学校でも、パージェニーは男たちから近づきがたい存在とみなされ、敬遠されていたのだ。


(なんとまっすぐで……そして熱い告白だ!)


「すまん、言い間違えた。君の()()を愛していると言いたかったんだ。君は軍事において、百年に一度現れるかどうかという天才だ。そんな才能が失われることは、世界にとって大きな損失だ」


「な、なんだ、そういう意味だったか」

「御主人様、ひどい言い間違いであるぞ。ルーチェさんがいなくてよかったのである」


 パージェニーはまだ胸がドキドキしている。

 ひとつ深呼吸をして、心を落ち着けてから口を開いた。


「天才とはマサト殿のことだろう。レブーラの戦いで大敗していながら、今はこうして勝者となっている。これはおそらく、マサト殿の力によるものだと私は考えている。なぜこんなことになったのか、教えてもらえないだろうか」

「いいだろう」


 政人は全てを説明した。


 ローゼンヌ領内で食糧を買い占め、さらにウェントリー王国からの交易船を襲って、ローゼンヌ王国が食糧不足に陥るようにしたこと。


 情報を操作し、世論を誘導したこと。

 住民を扇動して社会不安を引き起こし、暴動や反乱を誘発したこと。


 レガードがロンセルのような有能な者を遠ざけ、無能なイルシュを重用するように仕向けたこと。

 女を使ってイルシュから情報を引き出し、さらにその行動を操ったこと。

 グルフォードを人質にすることで、レガードの行動を制限したこと。


 ローゼンヌ軍に粗末な食糧を提供することにより、戦意と体力を奪ったこと。

 外交によってズウ王国を味方につけ、レガードを慌てさせたこと。


 捕虜となっていたデルタドール軍団を、秘密の地下道を使って脱走させたこと。

 タンメリー女公は、もちろん政人の指示に従って動いていること。

 交渉を長引かせることで、身重(みおも)だったルーチェが軍に復帰できる時間を稼いだこと。


 話を聞き、パージェニーは打ちのめされた気分だった。軍人である彼女には思いもよらない戦い方だ。


「俺たちの間で講和が合意に達したとしても、レガードがそれに批准(ひじゅん)しないように仕向けていたんだ。だから俺たちの交渉は、中身のないものだった」

「そうだったのか……」


 パージェニーにとっては屈辱だ。

 彼女なりに懸命に知恵を振り絞って交渉に臨んでいたのに、政人はパージェニーではなく、レガードを相手にしていたのだ。


 だからこそ、彼女は思う。


(なんとかしてこの男の目を、私に向けさせたいものだ)


「マサト殿は私の処遇について、どのように考えておられるのだ?」


 政人はその問いに対し、真剣な眼差しで答える。


「君の力を見込んで頼む。どうか我が国に仕えてもらいたい」


 そう言ってもらえるのではないかという期待はあった。

 自分の力を評価してもらえたことには、喜びを感じた。


 だからといって、簡単にうなずけるものではない。


「それはできない。私の仕える国はローゼンヌ王国だけだ」

「ローゼンヌ王国は君に何をしてくれた? 見事な勝利を挙げた君に対して、どうやって報いてくれた?」

「それは……」


「俺はレガードよりもはるかに、君のことを評価している。君を今と同じく『元帥』として迎えたい」

「ガロリオン王国の軍制には、元帥などという役職はなかったはずだが?」


「そうだ。だから君のために新しくつくる。

 元帥はローゼンヌ王国では有事の際にのみ置かれる役職だが、ガロリオン王国においては常設とする。

 任期はない。常に軍のトップとして指揮を執ってもらう。

 さすがに海軍にまでは目が届かないだろうが、陸軍の全てを君に任せたい」


 これには心を動かされた。


「そこまで私の事を……。だが、将軍や兵士たちは、私が元帥になることに納得しないだろう。私は彼らの戦友たちの命を、多く奪ったのだからな」


「将軍たちには、君を元帥として迎えることについて、既に同意を得ている。互いに死力を尽くして戦った結果だと、彼らは理解しているんだ。

 兵士たちの中には、わだかまりを持つ者もいるかもしれない。だが、彼らにとって最も重要なことは、優秀な指揮官に率いてもらうことだ。そうでなければ自分が死ぬことになるからな。

 だから、きっと君を受け入れるだろう」


「優秀な指揮官なら、すでにいるではないか。ギラタン、デルタドール、そしてルーチェ。彼らほどの指揮官は、ローゼンヌ王国にもいないと思う」


 ギラタンが煙を見て、ローゼンヌ軍の撤退を看破(かんぱ)した話は聞いている。

 デルタドールほど武勇に優れる人間は、見たことがない。

 ルーチェの恐ろしさは、身をもって体験している。


「彼らはもちろん優秀な将軍であり、一軍を率いて戦うことができる。だが、その将軍たちの上に立って、全軍の総司令官を務められるのは君だけだ」


「私は負けた人間だぞ」

「君が負けたのは、レガードが君を信頼せず、軍事に対する理解も足りなかったからだ。俺は摂政として、君が存分に力を発揮できる環境を用意することを約束する」


(確かに、政人のような優秀な政治家が軍を監督してくれるなら、兵糧不足で苦しむこともないし、余計な口出しをしてくることもないだろうな)


「そこまで私の事を評価してくれるのか」


「そうだ、俺は――」


 政人は力強い声で言い放つ。「俺には君が必要なんだ!!」


「…………!」


(私が必要……? マサトが……?)


 政人のすごさは、嫌というほど思い知らされた。

 そんな相手に自分が必要とされていることが、この上もなく誇らしかった。


(しかし今の言い方は、まるで愛の告白のような……)


「すまん、また言い間違えた。俺たちには君の力が必要だ、と言いたかったんだ」

「そ、そうなのか」

「御主人様、わざとやっているのではあるまいな」


 パージェニーの心は、はっきりと政人に傾いていた。

 確かにレガードには強い不満を抱いている。自分は信頼されていないとも感じていた。

 もし解放されて国に帰ったとしても、レガードはパージェニーを敗将として扱うだろう。処罰されることもあり得る。


 それに対し政人は、自分を必要だと言ってくれた。

「士は己を知る者のために死す」という言葉があるように、人は自分の真価を知ってくれる人のために、命をかけて働きたいと考えるものだ。


(主君が私を信じてくれるなら、私は決して負けない。私を信じてくれる方のために、私は自分の力を使いたい)


 覚悟を決めた。


「わかりました、マサト殿。私の力でよければ、喜んでお貸ししましょう」

「そうか、ありがとう!」


 政人は満面の笑みを見せた。

 その笑顔を見て、自分の判断は間違っていないことを確信した。


「ただし、お願いがございます」

「なんだ?」

「やはり私は、祖国に対して弓を引くことには、どうしても抵抗があるのです。国には家族もいますので。勝手なお願いとは承知しておりますが、ローゼンヌ王国との戦いにおいては、私は力をお貸しすることができません」


「もっともなことだ」


 政人はうなずいた。「それで構わない。この戦争が終わってから、君を元帥に任命しよう」


「御主人様、よいのであるか? ローゼンヌ王国にはまだたくさんの軍団があるし、王都エルムーデは堅城として知られているのである。パージェニーさんに、残っている敵を倒してもらったほうがよいのではないか?」

「大丈夫だ、もう俺にはこの戦争の終わりが見えている」


(マサト殿がそう言うのなら、そうなのだろう)


 政人が大言壮語を吐く人間でないことはわかっていた。


「マサト殿、これを」


 パージェニーは寝台に立て掛けてあった元帥の剣を手に取り、政人に差し出した。


「これは?」

「この剣は元帥の証としてレガード王より拝領したものです。ガロリオン王国の元帥となるからには、持っているわけにはいきません」


「そうか、では受け取っておこう」

「その代わり、マサト殿から元帥の証を頂けないでしょうか?」


「元帥の任命式において、改めて別の剣を授けようと思っているが」

「いえ、ガロリオン王国からではなく、マサト殿から頂きたいのです。マサト殿が私を認めてくださったという証を頂きたいのです」


 パージェニーはガロリオン王国に対する思い入れは全くない。だから愛国心をもつまでには、時間が必要だ。


 パージェニーの認識では、忠誠を捧げる対象はガロリオン王国ではなく、政人なのである。


「うーん、そう言われてもなあ……何かあるかな」

「御主人様、パージェニーさんに名前をつけてあげてはどうであるか?」


 ハナコが提案した。


「名前?」

「イヌビトは飼い主に名前をつけてもらうことで、その人を主人と認識するのである。我は『ハナコ』という名前をもらって、とても嬉しかったのである」


「パージェニーはイヌビトじゃないぞ。彼女にはすでにパージェニーという立派な名前が……ん? そうか、名前か」


 政人はなにか思いついたようだ。「パージェニー。君に、俺のことを敬称なしで呼ぶ権利を与えよう」


「え? それはどういうことでしょうか?」

「ガロリオン王国では、俺のことを公の場では『殿下』と付けて呼ぶことになっている。君は特別に、俺の事を呼び捨てで呼んでもいい」


「ええっ!? さすがにそれは……」

「君に対しては、特別な扱いをするべきだと俺は思う。軍事行動の全てを任せる元帥という役職は、この国では例がないことだからな」


(そんなことが許されるのか?)


 軍という上下関係の厳しい世界に身を置いてきた彼女には、抵抗がある。

 だが、そう呼んでみたい気持ちもあった。確かに特別感がある。


「で、では失礼して……」


 パージェニーは一つ咳ばらいをしてから、呼びかけた。「マサト、あなたに忠誠を捧げると誓います」


「よろしく頼む、パージェニー」


(無理だ! 私には無理だ!)


 抵抗があるというより、恥ずかしかった。


「も、申し訳ありません! やはりそんな失礼な呼び方はできません!」

「そうか」


 それから三人で話し合った結果、政人のことを「殿下」ではなく「様」付きで呼ぶことになった。

 パージェニーは席を立ち、政人の前に片ひざをついた。


「マサト様、今後倒すべき敵が現れたならば、私にお命じください。それがどんな強大な敵であろうとも、私の持つ戦術の才の限りを尽くして、撃ち破ってご覧に入れましょう」

「ああ、頼りにしている。パージェニー、君を得たことは百万の味方を得たに等しい。いや、それ以上だ」

「はっ! ありがたきお言葉です!」


 パージェニーは、深々と頭を垂れた。

 ついに、真の主君を見つけたのだ。

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