24.政人の冒険者評
ルーチェとタロウが、向かい合っている。
互いの距離は、約十メートル。
これからルーチェがタロウに稽古をつけてやるようだ。
二人の手に握られているのは、ひのきの棒を布袋で包んだ物だ。
長さは八十センチほど。これなら、当たっても大けがはしないだろう。
タロウは棒を両手で握り、中段に構えている。
ルーチェは右手で棒を握っているが、両手ともダラリと下げて、構える様子がない。
タロウが先に動いた。
持ち前の瞬発力を活かしたダッシュで一気に加速し、距離を縮める。
ルーチェはまだ動いていない。
タロウが「いける!」と確信し、まばたきをした次の瞬間、突然目の前にルーチェが現れた。
「わっ」と思わず声を上げると同時に、ルーチェの棒がタロウの胸を突いていた。
タロウは尻もちをついて倒れた。
「立て!」
ルーチェは大声を上げ、一歩退いた。
タロウは立ち上がり、再び棒を中段に構える。
二人の距離は三メートル。
呼吸を整え、静かに一歩、歩を進めた。
――と、次の瞬間ダッシュで距離を詰め、「やあっ!」と声を上げながら棒を振り下ろした。
だが、ルーチェは半歩、体を後ろに移動させていた。
棒は空振りし、地面に衝突する。
目を上げると、ルーチェが目の前に迫っている。
タロウはとっさに右にジャンプし、ルーチェの突進をかわす。
そしてルーチェがこちらに向き直ろうとするその一瞬の隙をつき、右足でルーチェの左足に蹴りを放った。
ルーチェはその蹴りをかわそうとはせず、体を寄せてきた。
ドゴッ。
意識が下に向いていたタロウの顔にルーチェの肩がぶつかり、吹っ飛ばされた。
タロウはしばらく動けない。
何とか足に力を入れ立ち上がったが、棒は取り落としている。
「蹴りなんざ十年早え!」
と言いながら、ルーチェはタロウの尻を蹴り上げた。「敵が手練れなら、片足になって不安定な瞬間を見逃さねーぞ! 二本の足は常に地面から離すな!」
「はい! わかりました!」
「よし、今日の訓練はここまで!」
「ありがとうございました!」
じっと二人の訓練を見ていた政人は、近づいてくるルーチェに言った。
「なあ、厳しすぎるんじゃないか?」
「アタシが親父に稽古をつけてもらったときは、もっと凄かったぞ」
(俺にはとても無理だな)
タロウがやってきた。
「御主人様、今日の訓練が終わりました」
「つらくないか?」
「その分、自分が強くなると思えば、つらくありません」
「そうか、今日はよく頑張ったな」
と言って頭を撫でてやると、いつものように、はにかみながら尻尾を振っている。
そしてその様子を、十五人の男たちが、微笑ましいものを見るように眺めている。
彼らはソームズ公が付けてくれた護衛だ。騎士が五人と、それぞれの騎士には従者が二人ついているので、計十五人だ。
「それにしても、ルーチェさんの武術は素晴らしいですね。我々も稽古をつけてもらいたいくらいです」
騎士の一人が、謙虚な態度でルーチェを褒めた。
「へへっ、まあな」とルーチェは得意気だ。尻尾があったら大きく揺れているだろう。
一行が公都ホークランを出発してから二日経ち、すでに迷宮都市ヘルンがあるタンメリー女公領に入っている。
「ヘルンの迷宮か……懐かしいですね」
騎士の一人が政人に話しかけてきた。
「迷宮に入ったことがあるのか?」
「実は私は、ソームズ家に仕える前は冒険者だったんですよ」
騎士は自嘲するように言った。「若かったんですね。無鉄砲な仲間と共に、何日もぶっ続けで探索してました。あのまま冒険者を続けてたら、きっといつか死んでいたでしょうね」
迷宮内には魔物が出現するため、常に死と隣り合わせだ。
「なぜそんな危険な思いまでして、冒険者なんてやってたんだ?」
「金を稼ぐため、というのもありますが」
やや誇らしげな調子で続けた。「やはりロマンですかね。まだ誰も到達したことのない階層には何があるんだろう、と考えると胸が躍ります。一度だけ宝箱を見つけたことがあるんですよ。中身はただの鉄の斧だったんですが、嬉しくて誰彼かまわず、見せびらかしてました」
「なるほど」
と返事はしたが、実際のところ、政人には理解できなかった。
金を稼ぐため、と言っても迷宮探索で得られる収入は、安定性に欠ける。
主な収入源は、魔物を倒すことで得られる特殊な素材だ。
例えば、『ヒトクイサーバル』という猫の魔物の毛皮は、貴婦人が好んで着る防寒着の素材として、高値で取引される。
『コウテイマンモス』という象のような魔物の牙は、男性用の精力増強剤として、『ジャイアントエイプ』という猿の魔物の腎臓の中に稀に見つかる結石は、香料として珍重される。
だが、そのような高級素材になり得る魔物は、ごく一部である。
大半の魔物は小銭稼ぎ程度の素材しか落とさない、もしくは、全く価値がない。
魔物は、時間が経つと出現する階層が変化するらしく、思いもよらない場所に、希少な素材となる魔物が現れることもある。
そのようなギャンブル性が、冒険者の射幸心をあおっているのだろう。
宝箱は――誰が置いたのか謎だが――迷宮内に時々見つかる。稀に、非常に強力な武器や、高価な装飾品などが入っていることがあるらしい。
もちろん、時間が経つと中身が復活する、なんてことはないので、入手は早い者勝ちである。すでに探索され尽くした階層で新たな宝箱が見つかることは、まずない。
(要するに、冒険者というのはバカなんだ)
と、政人は決め付けた。
「命」という一つしかない大事なものを賭けるに値するものは、迷宮には存在しない。
リスクとリターンが釣り合っていないのだ。
英樹がメイブランドの迷宮に入っているのは「魔王を倒せる力をつけるため」であり、それは「元の世界に帰る」という大きな目標につながっている。
だからこそ政人も、英樹に対して「危険だからやめろ」とは言えなかった。
だが「ロマン」なるものを求めて、自ら危地に飛び込んでいく冒険者は、命の価値をわかっていないバカなのだ。
もちろん政人は、そんな本音は口には出さない。
これから、そのバカな冒険者に護衛を依頼するつもりなのだから。




