23.ガロリオン諸侯ソームズ・ウィリー
ルーチェが、ゴルグ石を扱っていた武器屋の情報をバーラに教えると、彼女はすぐに動いた。
「私はこれで失礼します」
と言って出ていこうとしたが、戻ってきて部下に命令した。「マサトさんたち三人の宿屋を、手配してあげて。――そうね、『天空に舞う鷹亭』がいいでしょう」
さすがにそこまで世話になっていいのか、と思わなくもなかったが、金は少しでも節約した方がいい。
そして、かなり高級そうな宿屋に案内された。
しかも一人一部屋用意されていたのだが、タロウが政人と離れることを嫌がったため、二部屋で泊まることになった。
翌日バーラに会うと、彼女は普段の営業スマイルではなく、心からの感謝の念がこもった笑顔で言った。
「例の武器屋からルートをたどり、横流しをしていた業者を突き止めることができました。マサトさんたちのおかげです。本当にありがとうございました」
「それはよかったです」
「マサトさんたちはこれから迷宮都市ヘルンに行くんですよね?」
「そのつもりですが」
「それでしたら、私たちと一緒に公都ホークランまで行きませんか? それほど遠回りにはなりませんから」
そして彼女は驚くべきことを言った。「ソームズ公に会ってみませんか?」
公都ホークランは、諸侯であるソームズ公の居城がある都市だ。
「なぜ俺たちがソームズ公に会うんですか?」
「今回の件で、直接褒美を頂けるでしょうし――」
バーラは微笑を崩さずに言った。「ソームズ公は有能な人材を各地から求めているんです。マサトさんなら、公のお眼鏡にかなうと思います」
(冗談じゃないぞ)
「ソームズ家の家臣になるつもりはありません。俺たちは闇の勇者の情報を得るために、闇の神殿に行かなきゃならないんです」
バーラは「わかっています」と言ってうなずいた。
「もちろん断っても構いません。ソームズ公はそんなことを気にされる方ではありませんから」
「どう思う?」
政人は一応、ルーチェとタロウに聞いてみた。
「マサトに任せた」
「御主人様についていくだけです」
予想通りの答えが返ってきた。
(まあ褒美が貰えるならありがたいし、ソームズ公の知遇を得ておけば、今後の行動で有利になることがあるかもしれない)
「わかった、一緒に公都に行きましょう」
公都ホークランは高い壁に囲まれており、そのまわりには水をたたえた堀があった。
堀の水は海水を引いている。
ホークランはアンクドリアと同様に港を持っており、交易の中心地でもあるのだ。
政人たちは跳ね橋から門を抜け、都市の内部に入った。
遠くにソームズ公の居城が見える。城の上部には、ソームズ家の家紋である『鷹』をデザインした旗が大きく翻っていた。
バーラについて、街路を歩いていく。
建物の色や配置に統一感があり、いかにも計画的に造られた都市、という感じがした。
城にたどり着くと、その周囲はまたも堀で囲まれていた。
「ずいぶん守りが堅そうな城ですね」
「今は平和であっても、将来どうなるかはわかりませんから」
城内に入ると、応接室に案内された。
「私はソームズ公に報告があるので、ここで待っていてください」
バーラはそう言って去っていった。
政人は室内を物珍しそうに眺めているルーチェに、念を押しておく。
「なあルーチェ。これから会う相手は諸侯の一人なんだ。言葉遣いには気を付けてくれよ。いつもみたいにタメ口で話したりするなよ」
「わかってるよ、そのくらい」
そしてルーチェは手をひらひらと振って言った。「まあ、アタシはほとんど黙ってることにするから」
三十分ほどして、バーラが戻ってきた。
「お待たせしました。ご案内します」
案内されて、ソームズ公の執務室にやってきた。バーラが扉をノックする。
「閣下、イルゼイです。フジイ様たちをお連れしました」
「入れ」
中に入ると、正面に大きな机があった。玉座の間のようなところに案内されるのかと思っていたが、普通の執務室のような部屋だ。
机の向こうに、男が座っていた。
政人が感じた男の第一印象は「鷹」だった。
その眼光は獲物を捕らえる鷹のように鋭く、眉間のシワは、今まで一度も消えたことがないかのように、よせられている。
高い鼻は先が尖っており、猛禽類のくちばしを連想させた。ウェーブのかかった銀髪を首のあたりまでのばしている。
彼こそが、現在三十二歳のソームズ・ウィリー公であった。
ソームズ公は立ち上がると、気軽な様子で手を差し出してきた。
「ソームズ・ウィリーだ」
政人は玉座に座るソームズ公に対して、ひざまずいて挨拶をすると思っていたので、意外だった。
(諸侯は王のように威厳をとりつくろう必要はないのかな? あるいは、ソームズ公が飾らない性格なのかもしれない)
政人は手を握り返した。
「フジイ・マサトです」
ソームズ公は口角を上げた。笑顔を見せているつもりなのだろうが、全く笑っているようには見えない。
ルーチェとタロウの紹介も済むと、公は三人に入り口近くにあるソファーに座るよううながし、自分も席を立った。立ちあがると、百九十センチ近くありそうな長身だった。
ルーチェ、政人、タロウがソファーに並んで座り、テーブルを挟んで対面に、ソームズ公とバーラが座る形になった。
「ゴルグ石の横流しをしていた業者を捕らえるため、大きな貢献をしてくれたと聞いている。よくやってくれた」
「恐れ入ります。バーラさんには大変お世話になっていましたので、少しでも借りを返せたなら幸いです」
「バーラによれば、君は知略にすぐれ、大勢の戦士を従える将器の持ち主だという。君がよければ、ソームズ家で働いてもらえないだろうか」
(後の方は、どう考えても違うぞ)
「高く評価して頂けるのはありがたいのですが、私には他にやるべき仕事がありますので」
「そうか、残念だが仕方あるまい」
バーラが言っていた通り、ソームズ公は気を悪くした様子はない。
「それはそうと、何か褒美を与えなければならんな」
ソームズ公はやや表情を和らげて言った。「何がいいだろうか」
「それでしたら」
政人は考えていた「褒美」を言った。「私たちはヴィンスレイジ王領にある闇の神殿を目指して旅をしています。現在王領は治安がよくないようなので、護衛をつけていただけないでしょうか」
そうすれば迷宮都市で冒険者を雇う必要などなくなる。
「それは――難しいな」
「なぜでしょうか?」
「現在実質的に王領を支配しているジスタス家と、我らソームズ家は、昔から険悪な関係でな」
ソームズ公の眉間のシワが深くなっていく。
「摂政のジスタス公は、ソームズ家の兵が王領内に入ることを許さんのだ」
そして怒りに火が点いたようだ。
「あの馬鹿に王領の統治を任せていたら、ガロリオン王国は滅ぶぞ!」
ソームズ公は、しばらくハアハアと荒い息をしていたが、ようやく落ち着いたようだ。
「すまなかったな、つい馬鹿の顔を思い出してしまってな」
「はあ」
そこでバーラが口をはさんだ。
「閣下、マサトさんたちは、まず迷宮都市ヘルンへ行くそうなのですが、そこまでの護衛なら出せるのではないでしょうか」
「ああ、それなら問題ない。――それと、感状と三万ユールの褒賞金を与えよう」
(よっしゃ! 感状はともかく、金を貰えるのはありがたい)
「ありがとうございます」
こうして、ソームズ公との謁見を終えた。
―――
ソームズ公は護衛として騎士を五人つけてくれた。
それぞれの騎士は従者を二人連れているため、全部で十五人いる。
「バーラさん、今までお世話になりました」
政人たちは城門前にいる。
バーラとはここで別れることになった。
「こちらこそ、一緒に旅ができて楽しかったです。闇の勇者の情報が得られるよう、願っています」
そしてバーラは、彼女らしい余裕の笑みを浮かべて言った。「メイブランドに帰るときは、気軽にこの城に寄ってください。勇者の話は私も気になりますから」
政人は、この言葉は社交辞令ではないと感じた。
「わかりました、そうします」
後に、思いもよらない形でこの城を再訪することになるとは、この時の政人は知る由もなかった。
2020/5/1
ソームズ公に感状をもらう記述を追加しました。
2020/6/16
ホークランに港があることを明記しました。