表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第六章 炎斧戦争

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

223/370

222.策士トルセア

『食料の値段が高すぎます。これではとても生活できません。王は庶民が生きようが死のうが、どうでもいいんですか?』


『なぜ戦争がまだ終わらないのか、理由を国民の前で説明してください』


凡庸(ぼんよう)王の統治では事態は改善しないだろう。すぐにグルフォード殿下に譲位(じょうい)するべきだ』


『なんでレガードはイルシュとかいうエセ詩人を重用してるんだ? なんか弱みでも握られてんのか?』


『ぐるふぉーどさまが王になって、いるしゅをおいだしてください』



 イルシュは怒りのままに、読んだ投書を破り捨てていった。

 レガードがひどい内容の投書を目にしないように下読みをしているのだが、これではイルシュの前に下読みをする人間が必要だ。


(それにしても、グルフォード殿下はずいぶん人気が高いようだな)


 おそらく王に対する不満が、若き王太子への期待に変わっているのだろう。

 レガードは口さがない民衆から『凡庸王』などと呼ばれ始めていた。


 レガードがそれを知れば政治に嫌気がさし、本当にグルフォードに譲位してしまうかもしれない。


 そうなったら、イルシュが宰相を解任されるのは間違いない。いや、解任だけでは済まず、追放されるかもしれない。


 グルフォードはレガードに対し、イルシュをあまり信用するなと進言しているようなのだ。


(このままでは、私の立場が危ういな)


 問題は庶民からの投書だけではない。


 現在、三十三人の王族や貴族が敵の捕虜になっている。

 彼らの家族が、一日も早く捕虜を解放させるよう、執拗(しつよう)にイルシュを責め立ててくるのだ。


 投書は無視してもいいが、彼らの要求を無視することは許されない。

「捕虜になったのは、そいつらの自業自得だろう」と強く言い返してやりたいが、そういうわけにもいかない。相手はやんごとなき方々なのだ。


 イルシュは、何らかの対応をする必要があった。




―――




 マローリンはまた一通、新たな投書を書き上げた。グルフォードを褒めたたえ、レガードとイルシュをけなす内容である。

 机の上には、投書の山が積み上がっている。


「いやー、見事なもんですねえ。これを全部、一人の人間が書いたとは思えませんよ」


 ペントスは心底から感心したように言った。


「まあね。たくさんの人間が投書をしていると思わせなきゃいけないからね」


 マローリンが書いた投書は、紙の大きさも質もバラバラで、筆跡も一枚一枚変えていた。様々な年齢、性別、階層の人間が書いたと思われるように工夫しているのだ。


「下読みをしているイルシュは、これを読んではらわたが煮えくり返ってるでしょうね」

「そして、自分の立場がレガードに依存し過ぎていることに気付き、焦るだろうね」


「そんな時は誰かに愚痴を言ったり、相談したくなるものです。奴は今夜も『王女の隠れ家』に予約を入れているんですよ。これはまた、トルセア王女の出番ですね」


 ペントスはニヤニヤしながら言った。明らかに面白がっている。

 マローリンはやれやれ、と言いたげにため息をついた。




―――




「無責任な奴らの投書なんか、放っておきなさいよ。あいつらにはグルフォード殿下を王にする力も、アンタを解任する力もないんだから」


 イルシュの愚痴を聞いたトルセアは、あっけらかんとした態度でそう言った。


「それはそうなのですが、やはり書かれっぱなしなのは腹が立ちます。あれはただの中傷ですよ。書いた奴を見つけて、鞭打ちの刑にしてやりたいです」


「アタシも匿名で中傷する奴らにはムカつくけど、気にしない方がいいわ。みんな今の状況に納得がいかないから、誰かに文句を言いたいのよ。高い地位にいる人間の悪口を言えば、多少はスッキリするんでしょうね。ハイ、もうくだらない奴らのことを考えるのは、ヤメヤメ」


(やはりトルセア様の言葉を聞くと、気分が落ち着くな。彼女だけは私の味方だ)


 最初に会った頃より、トルセアの態度が柔らかくなっている。自分に心を開いてくれているのを実感できた。


「そうですね。投書についてはトルセア様の言うとおり、気にしないことにします。でも、無視するわけにはいかない奴らもいるんです。グルフォード殿下は私をあまり信用しないように陛下に訴えているし、捕虜の家族からの突き上げも強いんです」


「ふうん、それは困ったわね。待ってて、何かいい方法がないか考えてみる」


 トルセアは真剣な表情で考え始めた。

 自分のために親身になって考えてくれるその姿に、イルシュの胸が熱くなった。


「ふふっ、いいこと思いついちゃったわ。グルフォード殿下と捕虜の家族を、まとめて黙らせることができる策よ」


 トルセアは小悪魔のような微笑を浮かべ、そんなことを言った。


「おお、ぜひ聞かせてください」


「いいわ、よく聞きなさい」


 トルセアは胸をそらして言った。「王族や貴族の捕虜を解放する条件として、グルフォード殿下に代わりに捕虜になってもらうのよ。そうすればグルフォード殿下はいなくなるし、捕虜の家族も納得するわ」


「な、なんですって!?」


 イルシュは仰天した。「そんなことが可能ですか? グルフォード殿下は王太子といえども、捕虜としての価値は、さすがに三十三人の王族や貴族とは釣り合わないでしょう。王位継承の資格を持つ者は他にもたくさんいるんですから。マサトがその条件を受け入れるかどうか……」


「人間の価値は数字ではかれるものじゃないのよ。

 レガード陛下にとっては誰よりも息子が大事なんだから、捕虜としての価値は三十三人に引けを取らないわ。

 それに向こうだって、たくさんの捕虜を管理するのは大変だから、一人にまとめられるならその方がいいと思うでしょ」


「しかし……たとえガロリオン側が受け入れるとしても、レガード陛下は反対するでしょう。あの方はグルフォード殿下のことを大切に思っていますから」


「レガード陛下が反対すれば、逆にグルフォード殿下は自ら捕虜になることを願い出るわ。

 あの人は『私』よりも『公』を重んじる人だから、自分が父親の私情によって助けられることを潔しとしないの。

 自分一人が捕虜になることで、三十三人の捕虜を助けられるとなれば、喜んでそうするわよ」


(なるほど、ありそうな話だ)


 グルフォードは義侠心が強い。おそらくトルセアの言うとおりになるだろう。


「トルセア様、これは素晴らしい策です!」

「まあね。アタシにかかれば、ざっとこんなもんよ」

「しかし、講和交渉が決裂して、グルフォード殿下が殺されることはないでしょうか」

「そうなったら、王様や国民の怒りは沸騰するわね。パージェニーは気兼ねなく敵を攻撃することができるようになり、今度こそガロリオン軍を完膚なきまでに叩きのめすでしょう。アタシたちの大勝利ね」

「恐ろしい事を考えますねえ、トルセア様は」


(だが、グルフォード殿下がいなくなれば私の地位も安泰だ)


「ひょっとしてアンタ、そうなれば自分の地位も安泰だとか思ってないでしょうね」

「な、なぜわかったんですか!?」


「思ってることが、顔に出てるわよ」


 トルセアは呆れたように言った。「あのねえ、そうなれば大勝利だけど、アンタはたいして活躍してないのよ。アンタも宰相として勝利に貢献しないと、国民からは相変わらずバカにされたままよ」


「た、確かにそうです。死んだグルフォード殿下やパージェニーは国民から英雄として称えられるでしょうが、私は相変わらず投書でひどいことを書かれ続けるでしょう。トルセア様、どうすればよいでしょうか?」


 イルシュはトルセアなら妙案を出してくれると信じて、たずねた。


「タンメリー女公を知ってるわよね。ガロリオン王国の北部諸侯連合軍の総司令官よ」


 トルセアは意外な名前を口にした。


「ええ、知ってますが、それが何か?」

「女公とマサトは険悪な関係なの。女公は他の諸侯の前で、マサトを口汚く罵ったそうよ」

「トルセア様はそんなことまで知っているのですか?」


 イルシュは、敵の陣中に潜り込ませた間者からその情報を聞いているが、トルセアも知っているのは意外だった。


「ウチのお客さんの中に事情通の人がいるの。向こうの陣営には口の軽い諸侯がいるから、結構知ってる人がいるみたいよ」

「なるほど、そうなのですか」


「だったらもう、何をすればいいか、わかるわよね?」

「え? いえ、私にはさっぱり」


 トルセアは呆れたようにハアッとため息をついた。


「まったく鈍いわねえ。アンタが女公に密使を送って働きかければ、彼女をローゼンヌ王国に寝返らせることができるかもしれないでしょ。ひょっとしたら、北部諸侯連合軍を丸ごと寝返らせることができるかもしれないわ」

「あっ……なるほど、それはあり得ますね!」


 諸侯は王家に対して絶対的な忠誠を誓っているというわけではない。彼らにとっては、自分の家が何よりも大切だ。


 ガロリオン王国が負けた今、泥船にしがみついてヴィンスレイジ王家と共に沈むよりも、ローゼンヌ王国にくら替えして、勝ち組に加わった方が良いに決まっている。


「成功すれば、ガロリオン王国の北部はほとんどローゼンヌ王国領になるわね。そうなったらもう、マサトは無条件で降伏するしかなくなるわ」

「おお!」


 イルシュの働きかけにより北部諸侯連合軍を寝返らせることができれば、その功績は計り知れない。

 王はもちろん、国民も彼を称賛し、歴史に残る名宰相として評価してくれるだろう。


「素晴らしい! さすがはトルセア様です! 感服致しました!」

「まあ、アタシならこれぐらい当然よ。でも、アンタにそこまで褒めてもらえると……嬉しいわね」


 トルセアは照れたような笑みを浮かべた。


(ああ、かわいいな。抱きついてもいいかな。今の私なら拒絶されないと思うが……)


 イルシュはやめておいた。トルセアとの距離はどんどん縮まっている。無理をする必要はない。


「では、女公を寝返らせるための具体的な方法を考えてみましょう。トルセア様、協力していただけますか?」

「いいわよ。私が言い出したことだもの」


 イルシュとトルセアは、タンメリー女公を寝返らせるための方法を話し合った。




 イルシュは翌日、三十三人の王族や貴族の代わりに、グルフォードが捕虜になってはどうかと提案した。

 すると、トルセアの目論見(もくろみ)通りの結果になった。


 レガードは反対したが、グルフォードは自分が捕虜になることに賛成したのである。

 普段は反目し合っているイルシュとグルフォードが同じことを言うので、レガードは数日間悩んでから、仕方なく彼らの提案を受け入れた。


 群臣の中に反対する者はいなかった。彼らは、ロンセルが解任され謹慎処分になったのを見ているので、目立った意見を言うと自分の立場が危ういと感じたのだ。



 グルフォードは捕虜となるために旅立った。


 ロンセルが失脚し、さらにグルフォードも去っていった。

 これでもう、レガードやイルシュを(いさ)めることができる者は、いなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on 新作長編
黒蛇の紋章

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ