216.摂政不在の評議会
「それでは臨時の評議会会議を始めます」
アモロが宣言し、国家の方針を話し合う会議が始まった。
会議を開くように指示を出したのはクオンである。クオンはミーナにも会議への出席を求めていた。
「私がいてもいいの? 私はもう、クオン君の婚約者じゃないのに」
ミーナはクオンに婚約を破棄され、さらに影の評議会もほとんど機能していない現状では、重要な会議に参加する資格はないと思っていた。
「もちろんだよミーナ。マサトによれば、王妃になる人間が政治に参加する方がよくないらしいんだ。今の君なら自由な立場で意見を言えると思う。僕はそう判断した。誰にも文句は言わせない。どうか力を貸してほしい」
(これは確かに王だわ)
ミーナはクオンの成長をはっきりと感じ取った。
以前は政人に政治を任せきりだったが、今は自ら考えて積極的に動いている。政人が王都に不在なので、自分がリーダーシップをとる必要があると思っているのだろう。
顔つきも引き締まり、子供っぽさや甘さが消えていた。
ミーナもまた、自分が以前の自分ではないような気がしていた。婚約を破棄されたというのに、不思議と気分がスッキリしている。
おそらく重圧から解放されたためだろう。王の婚約者などという高い地位は、庶民である彼女には居心地が悪かったのだ。
政人やクオンの代わりにこの国を守ろうなどと考えたこともあったが、今となってはとても正気とは思えない。自分がいかに無能であるかは、影の評議会がうまくいかなかったことによって実感していた。
それでもクオンはミーナに力を貸してほしいと言った。ならばそうするしかない。自分に何ができるかはわからないが。
「町の様子を視察してきましたが、一時期のパニックは完全に収まり、住民たちは普段通りの生活を送っているようです。六神派に対する根拠のないデマもなくなりました」
まず、影の官房長官だったロビンが報告した。彼もミーナと同様、会議への参加を許されていた。
「人々がパニックを起こしていたのは情報がなかったからですわ。陛下のお言葉とヘルン新聞の記事が、人々の不安を鎮めるのに効果がありました。たとえ悪い知らせであっても、正確な情報を与えられれば人は納得しますもの」
メラリーが続けた。彼女は影の内務大臣だったが、今は完全に政府の人間になっている。
「六神派に関するデマがなくなったのは、陛下の民衆に対する叱咤が効いたのでしょう」
財務大臣のロッジが言った。「そして六神派のマニッサさんが命をかけて陛下を守ったという事実は、自分たちがいかに偏見にとらわれていたかを、人々に考えさせたと思います」
「僕はマニッサのためにも、この国から六神派への差別をなくす」
クオンが力強い声で宣言した。「クロアの町のように、彼らを一ヶ所に集めて隔離するんじゃだめなんだ。六神派と五神派が共に生きていけるような社会をつくらないといけない」
ミーナはクオンの言葉に感動した。
(彼は間違いなく『寛容王』と呼ばれる資格があるわ)
寛容とは、自分とは異なる宗教や文化、思想などを許容する精神のことである。王がそのような考え方を持っているのは、全ての国民にとって幸せなことだ。
「摂政殿下が講和交渉をしている件については、民衆はどう思っているのでしょうか? 戦争に負けたことにショックを受けているのでは?」
外務大臣のマッツが一同に問いかけた。
ここにいる者たちは、政人が講和交渉を行っているのは最終的には勝つためだということを知っているが、国民はそれを知らない。そんなことをローゼンヌ側に知られてはまずいので、公表できないのだ。
「それが、意外にもみんな落ち着いているんです。王都を敵の大軍に攻められるという最悪の事態を避けられたからでしょうか」
ロビンが答えた。
「もちろんそれもあるだろうけど、情報に一喜一憂しないようにという殿下の言葉に従っているのだと思います。それだけ殿下に対する信頼が厚いのでしょう」
アモロが続けた。
「いくらマサトさんの言葉でも、それだけで安心できるのかしら」
ミーナの疑問には、キモータが答える。
「どうやら、フジイ・マサト殿下公認ファンクラブという怪しい団体の会員たちが、『マサト殿下に任せておけば絶対に大丈夫だ、きっと最後にはうまくいく』と、根拠のない話を触れ回っているようだ。
会員たちがそれを心から信じている様子なので、聞いた者も信じてしまうのだろう。まるで宗教団体だな」
キモータの話し方は、やや馬鹿にしたような口調だった。理性の人である彼は、盲目的に人を信じる者の気持ちが理解できないのである。
「財務大臣、戦死者の遺族への補償金の給付はどうなっているの?」
クオンがロッジに問いかけた。
「とどこおりなく進めています。ですが、予算はかなり厳しいです。今はいくら金があっても足りない状況ですから」
「新たに国債を発行してはどう?」
「残念ながら、負ける国の国債を買おうと考える人間はいないと思います」
「高額所得者に強制的に買わせたらいいじゃないの」
ミーナが提案した。
「なるほど、それも一つの案ですね。富める者には国家に対する責任も求められますから。ですが、当然反発はあるでしょう」
「お金については、なんとかなると思います」
アモロが落ち着いた口調で言った。
「アモロ殿、どういうことでしょうか?」
「さきほど海軍のリンカさんから、金と物資が送られてきました。海賊行為によって得たものだそうです。これからもどんどん送ってくれるそうです」
ミーナには意味がわからない。
「海賊? いったい何の話?」
アモロは、海軍が海賊のふりをしてウェントリー王国の交易船を襲っているということを説明した。
「ローゼンヌ王国内に食糧が入るのを防ぐのが目的だったけど、奪った金や物資はガロリオン王国のものになるから、効果は大きい。殿下やラフィアンさんは、これも狙っていたんだろうな」
これはミーナには初めて聞く話だったので、心底から驚いた。
(ラフィアン……あんたは何者なのよ。しかもマサトさんもそんな反則のようなやり方を認めたっていうの?)
「僕も、勝つためにできることは何でもやるべきだと思う。だからミーナも納得してほしい」
「でもクオン君、ウェントリー王国は不審に思うんじゃないの? 近年、海賊の活動はほとんどなかったんだから」
「ウェントリーは、私たちに海賊を取り締まるように要請してくるかもしれません」
マッツが悩ましげに言った。「そうなったら、なんと答えればいいのか……」
「ごまかして」
クオンが一言で命令した。マッツはうなずくしかない。
「……わかりました、全力を尽くしてごまかします。ウェントリーに駐在しているレーモン大使にも指示を出しておきましょう」
それからも様々なことが話し合われた。誰もが勝利のために貢献しようという気概を持っていた。
「それでは会議を終了します。各大臣は後で計画書の提出をお願いします」
アモロが会議の終了を宣言し、解散となった。
「失礼いたします」
会議が終了するのを見計らっていたかのように、親衛隊の者が会議室に入ってきた。
「陛下、城内をうろついていた不審な女を捕え、拘束しました。女はナイフを所持していました」
「不審な女?」
「わざわざそんなことを陛下に報告するまでもないだろう。勾留しておいて、後で官憲に引き渡せ」
キモータが親衛隊員を注意した。
「申し訳ありません。私もそう思ったのですが、その女は陛下とミーナ殿への面会を求めているのです。もちろん断ったのですが、自分はお二方の知り合いだと主張するものですから」
「私に?」
ミーナには心当たりがない。クオンも同様だ。
「その人はなんて名乗っているの?」
「はっ、それが――」
ミーナとクオンは親衛隊員に案内され、女を拘束している部屋までやってきた。中に入ると、机と椅子があるだけの殺風景な部屋だった。
そこに両手を椅子の後ろで縛られた女が、二人の兵士に挟まれるようにして座っていた。
女はクオンが入ってきたのに気付くと、頭を下げた。
「お久しぶりです、クオン陛下」
それからミーナの顔を見ると、鋭い目つきでにらみつけてきた。
「そしてミーナ、あなたのことを思わない日はありませんでした」
シャラミア女王の侍女だったティナは、恨みのこもった声でそう言った。




