21.タロウの意外な提案
ゾエの町を出航してから九日後、船はソームズ公領の港湾都市、アンクドリアに入った。
アンクドリアは人口約二十二万人の大都市で、ゾエの町とは規模が違う。
「船の数がすごいです。いったい何十隻あるんでしょうか」
タロウが驚いている。
上陸した政人たちは、バーラに付き添って港湾局に入った。
「今から荷下ろしをします。マサトさんたちの馬も下ろしておきますね。私は入港の手続きがあるので、一時間ほど待ってもらえますか? また後で、ここで落ち合いましょう」
「わかりました」
三人はアンクドリアの町を散策することにした。
「そういえば、馬に乗る練習をしないとな。ルーチェ、後で教えてくれ」
政人とタロウは隊長たちに馬術を教わっていたが、まだまだ覚束ない。ヘルンまでは、馬で行かねばならないのだ。
「いいけど、そんな教えるほどのもんじゃねーぞ。またがってたら、馬は適当に進んでくれるから」
「いや、そんなことはないだろ……」
(こいつは、教えるのは苦手そうだな)
アンクドリアの建物は、ほとんどが石でできている。なぜか和洋折衷の雰囲気だったゾエの町とは違い、はっきりと「西洋」を感じさせた。
住民は皆、あか抜けて見える。港町として、外国の文化と接する機会が多いからだろう。
ソームズ公領の特産品だというガラス製品の店もあった。試しにグラスを手に取ってみると、地球の製品と比べても遜色ないように見えた。
さらに繁華な通りを進んでいくと、ゾエの町にはなかった「武器屋」があった。
それに気づいたタロウが、おずおずと切り出した。
「あの、御主人様、ルーチェさん、オレ、考えていたことがあるんですが」
「なんだ?」
「オレ、戦えるようになりたいです。だから、ルーチェさん、戦い方を教えてもらえませんか?」
政人はタロウに戦うことは期待していない。もっと大きくなればともかく、子供のうちは勉強に集中させようと考えていた。
「もちろん、勉強もします。それ以外の空いた時間に訓練して、戦う技術を身につけたいんです」
「なあタロウ、おまえはまだ子供なんだ。子供は勉強しなければならない。そして空いた時間には遊ばなければならない。遊びなら、俺がいくらでも付き合ってやる」
「いいじゃねーか、マサト。タロウがこう言ってるのは、マサトのために強くなりたいってことだろ? だったら認めてやれよ」
「ルーチェ、でもな」
「あの、御主人様」
タロウは、政人に懸命に訴えるように言った。
「以前、御主人様はオレに、自分で判断できるようになれと言いました。それで考えたんです。オレ、体力には結構自信があります。だから、頑張ればきっと強くなれます。強くなれば、これから危険なところに行く御主人様を守れる、と思ったんです」
タロウの体力が並外れていることは、ボール遊びをしていて気付いていた。
まず、足が異常に速い。
正確なタイムは測りようがないが、五十メートルを走るのに五秒もかかっていないのではないか。タロウは一瞬で最高速度まで加速できるのだ。
そしてそれ以上にすごいのは、心肺機能だ。
タロウは、政人が五十メートルほど投げたボールを、全速力で走って取りに行き、そして戻ってくるのを繰り返す。
いわば百メートルダッシュを延々と続けているのだが、それを三十分ほど続けても、ほとんど疲れた様子を見せない。投げる政人の方は息が上がっているのだが。
(自分で考え判断した、か)
「わかった、いいだろう」
政人がそう言うと、タロウはホッとしたような笑顔を浮かべた。
「御主人様、ありがとうございます!」
「ルーチェもいいか?」
「任せとけ! アタシがタロウを、魔王を倒せるほど強くしてやる」
(そうなれば、どんなにいいか)
「遊びの時間もちゃんと取りたいんだが、ボール遊びは続けていいよな?」
「もちろんだ、アレはいい鍛錬になる」
「ルーチェさんも、ありがとうございます」
タロウは深々と頭を下げた。
「じゃあ、ちょっと武器屋をのぞいていくか?」
政人がそう提案した。ルーチェはタロウに聞く。
「おまえはどんな武器を使いたい?」
タロウは、ちょっと考える様子を見せてから言った。
「ルーチェさんの持っている槍は、カッコイイと思います。オレも使ってみたいです」
するとルーチェは、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、背負っていた槍をタロウに差し出した。
「持ってみな」
タロウはその槍を両手で下から受け取ったが、手に持った瞬間、前につんのめりそうになった。
「わわわっ」
ルーチェは微笑みながら、タロウを支えてやった。
「重いだろ?」
「こんなに重いと思わなかったです。ルーチェさんは、こんなの振り回してたんですね。オレには無理そうです」
タロウはスピードと持久力は優れているが、パワーはそれほどでもなさそうだ。
「御主人様、ごめんなさい。さっきは体力に自信があるなんて言ったのに……」
タロウはうなだれた。自分はもっとやれると思っていたのだろう。
「落ち込んでる場合か! 力がないなら鍛えりゃいいんだっ!」
ルーチェは叱った後、強く言い過ぎたと思ったのか、付け足すように言った。「まあ……槍よりもタロウに向いてる武器があるかもしれねーしな、ちょっと見ていこうぜ」
ルーチェは一人で武器屋に入っていった。
「タロウ、来い」
政人はタロウをうながし、三人で武器を見て回ることにした。




