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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第六章 炎斧戦争

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204.些細な問題と重要な問題

 クオンの意外な言葉に、集まっていた群衆からは大きなどよめきが起こった。


 ミーナは婚約を破棄される、という事態を想定していなかったわけではない。

 クオンが結婚可能な年齢になるまでの間に、政人からそれを告げられることは、あり得ると思っていた。政人はミーナに同情して、「お目こぼし」をしていたに過ぎないのだから。


 だからミーナは、それまでの間に自分の立場を強化しようと、影の評議会を結成した。それがうまくいかなかったからには、いつ婚約を破棄されても不思議ではない状態だった。


 だがまさか、()()()()()()()それを告げられるとは、夢にも思わなかった。


(しかも、こんな大勢の前で発表するってどういうことよ!)


「ちょっとクオン君、こんな時に何を言ってるの? マサトさんに何か言われたの?」

「マサトは関係ないよ。マサトは今、この戦争に勝つことだけを考えている。こんな些細(ささい)な問題にかかずらってる暇はないんだ」

「些細な問題って何? 王の結婚は重要な問題でしょ?」

「そうでもないよ。マサトは僕と君との婚約を、いつでも後腐れなく破棄できる状況だったからね。

 マサトは言っていたよ。君が影の評議会を結成したことは、優秀な人材を連れてきてくれたという意味では素晴らしい事だったけど、そのせいで君が王妃になることに疑問を抱く国民が増えていたと」


 国民が王妃に求めるのは、王を献身的に支える妻となることである。()()()()()()()()()()()()()王妃など、望んではいなかったのだ。

 それは王権の低下につながることであり、歴史を振り返ってみれば、そのせいで国が乱れた例は枚挙にいとまがない。ペトランテ王国のランジェット王妃は例外的な存在なのだ。


「だからマサトは近いうちに、国民に向けて婚約破棄を発表するつもりだったと思う。でも思ったんだ。これは()()()()()()()()()()()だと。ひょっとするとマサトは、それを待っていたのかもしれない」


「なあミーナ」


 クリッタが親しげに話しかけた。「おまえはもう奪われるのは嫌だ、と言っていたな。それについては心配するな。王と摂政は国民の生命と財産を守るのが務めだ。クオンとマサトは、おまえを必ず守ってくれる」


 クリッタにそう言われると、そんな気がしてきた。ミーナにとって彼は幼いころから、「頼れるお兄ちゃん」だった。


「僕は今まで、その務めに対する自覚が足りなかった。マサトに全てを任せていた」


 クオンが続けた。「でもこれからは、僕も王としての務めを果たす。君を必ず守って見せる」


 その言葉は、ミーナの胸にストンと落ちた。クオンならきっと守ってくれるだろう、そう思わせるだけの威厳が、今の彼にはあった。


「クオン陛下、俺たちはこれからどうなるのですか? レブーラで大敗したとのことですが、敵は王都(ここ)に攻めてくるのですか?」


 群衆の中から、誰かが問いかけた。確かに、それが最も重要な問題だ。


「そんなことにはなりません。今はマサトが軍の総指揮を執っています。彼はこの戦争に勝つと断言しました」


 群衆からオーッと歓声が上がった。政人はこれまで、有言実行で成果をあげていることを、彼らは知っている。


「陛下、私は『フジイ・マサト殿下公認ファンクラブ』の会長、マーシー・テロワです!」


 二十歳ぐらいの女が手を挙げ、よく通る声で呼びかけた。彼女の周りには、白地に青い線の入った制服を着た男女が群がっている。


(フジイ・マサト殿下公認ファンクラブ!? あいつら、まだ解散してなかったの!?)


 この、どう見ても怪しい組織は、政人に公認されているわけではなく、勝手に名乗っているだけである。

 政人が摂政になってすぐに発足した組織で、解散するどころか、徐々に勢力を拡大している。今では王都以外の町にも支部が置かれ、会員数は一万人を超えている。

 政人は即位記念式のパレードの時にその存在を知ったのだが、公認はせずとも、黙認はしていた。


「マサト殿下には、何か敵を打ち破る秘策があって、そのようにおっしゃったのでしょうか?」

「戦略や戦術に関わることは、ここで言う事はできません」


 クオンが言う通りだ。そのような情報を、こんな大勢の前で言えるわけがない。敵に知られてしまうからだ。

 テロワはすぐに軽率な質問だったと気付いた。


「申し訳ありません! そのような事を聞くべきではありませんでした!」

「いえ、あなたが不安に思うのは当然です。不安な気持ちは一人で抱え込まず、誰かに話してください。それだけで気持ちが楽になると思います」


「おまえらが不安に思うのは、情報が少ないからだ」


 クリッタが言った。「だから俺が戻ってきた。これから、俺が戦場で見たことについて、書ける範囲で記事を書く。その後は再び軍と行動を共にし、現地から記事を送るつもりだ。もちろん、書けない内容もある。だが、書いたことは全て真実であると約束する」


 ヘルン新聞に対する国民の信頼は厚い。彼らは普段から、政府にとって都合の悪い情報でも、遠慮なく記事にしているからだ。そんなヘルン新聞なら、国民を(だま)すようなことはしないだろう、と人々は思った。

 もし嘘を書いてしまえば、彼らはジャーナリストではなくなるのである。


「マサトは――いや、マサト殿下はこう言っていた。『情報に一喜一憂せず、落ち着いて普段通りの生活を送ってほしい』と。俺も詳しい話は聞かされていないが、殿下には考えがあるようだった」


「私たちはマサト殿下のことを全面的に信頼しております! あの方が勝つとおっしゃったのなら、きっと勝ちます! 我らの心は殿下と共に!」

「我らの心は殿下と共に!!」


 ファンクラブ会長のテロワが力強く宣言すると、他の会員たちも唱和した。


(私も彼らのように盲目的にマサトさんを信じていれば、幸せでいられたのかな)


 ミーナは、すぐにその考えを振り払った。やはり、政人に守られるだけの存在ではいたくない。政人と共に、国民を守る立場に立ちたい。


「私は、財務大臣としての責務を果たすために帰ってきました」


 今度はロッジが群衆に語りかけた。「ジスタス家の誇りと魂は、兵士たちに託して置いてきました。殿下なら、我がジスタス家の兵士の力を引き出してくださるでしょう。私は自分にできることで、勝利に貢献したいと思います」


 ミーナはロッジに対して、やや頼りない印象を持っていたのだが、今の彼はどこか吹っ切れたような表情をしていた。戦場で指揮を執るよりも、財務大臣が彼には似合っているようだ。


 再びクオンが人々に呼びかける。


「国民の皆さんには、不自由な生活を強いることもあるかもしれません。ですが、どうか勝利のために力を貸してください! この戦争は、僕たちが一丸となれば、きっと勝てます!」


 集まった人々は歓声で答えた。

 クオンの表情や声には、悲愴感はまったく感じられない。王自身が勝利を確信しているのが伝わり、彼らは希望を取り戻した。

 王都の住民がそう感じたことは、他の町にも伝わっていくだろう。


(確かに、私とクオン君の婚約破棄は、些細な問題かもしれないわね)


 ミーナは人々の歓声を聞いて、そう思った。

 不思議と、心は落ち着いていた。

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黒蛇の紋章

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