201.造反者の末路
辺りが薄暗くなってきた。遠くに目をやると、夕日が山の稜線に沈んでいこうとしている。
闇の中での行動は危険であるため、パージェニーはこれ以上の追撃を断念せざるを得なかった。
ローゼンヌ軍の人的被害は、戦死者は五百人、重傷者は八百人ほどだ。これだけの規模の戦闘を行ったにしては、驚くほど軽微な損害である(もちろん第五軍団は計算に入れていない)。
戦場を埋め尽くす死体は、そのほとんどがガロリオン軍の兵士だ。
だがパージェニーは満足していない。あそこまで追い詰めていながら、政人もクオンも取り逃がしてしまったのだ。
「これは信じられないほどの大勝です。敵に当分立ち直れないほどの打撃を与えました。これも全て、元帥殿の卓越した指揮によるものです」
ローガンが、浮かない顔のパージェニーを元気づけるように言った。
(そうだな。せっかく勝ったのに私が喜ばないのでは、兵士たちの士気が上がらない)
パージェニーは気持ちを切り替えることにした。
「確かに、十分すぎるほどの戦果だ。そして、この勝利は私だけの手柄ではない。ローガン、君もよく私を支えてくれた」
「はっ、光栄です! 自分はこれからも元帥殿を助け、ローゼンヌに勝利をもたらすよう努める所存です!」
「ああ、よろしく頼む。もちろん、よく戦った指揮官や兵士たちも、ねぎらってやらなければならない」
「はい」
この大勝により、指揮官も兵士も大きな自信を得た。彼らのほとんどは初陣だったのだが、今はもう歴戦の軍人のような風格を漂わせている。
どんな厳しい調練よりも、実戦での勝利こそが成長をうながすものだ。
もちろん彼らは、この圧倒的な勝利はパージェニーがもたらしたものであることを理解しており、元帥に対する信頼は、この上もないほどに高まっている。
ただし、第五軍団は別である。彼らには勝利の実感はまったく無いだろう。
出陣前に造反し、パージェニーの指揮下を離れた第五軍団には、共に勝利を祝う資格もない。
「第五軍団の処分を決めなければなりませんね」
「うむ。君はどうするべきだと思う?」
「彼らの罪はとてつもなく重いです。ですが捨て駒にされ、敵に多くの兵士を殺されるという罰を、すでに受けています。この上、生き残った者を処刑するのは酷だと思います」
「その通りだ。だが、軍団長のゴルバーだけは、このまま済ませるわけにはいかない」
ゴルバーは戦闘中に重傷を負ったが、命に別状はないと報告を受けている。いっそ死んでいてくれれば、処分を考える必要は無かったのだが。
「もちろんです。これからゴルバーに会いに行きますか?」
「いや、その前に会っておきたい人物がいる」
その男は後ろ手に縛られた状態で連行されてきた。そして両脇にいた兵士に、強引にひざをつかされた。だが、卑屈な態度は全く見せず、堂々と胸を反らしてパージェニーを見上げている。
パージェニーはその男に語りかけた。
「デルタドール将軍、私はローゼンヌ王国軍元帥、ミランディッシュ・パージェニーだ。このような形で会うことになり、残念に思う」
デルタドールは政人たちが退却したのを見届けると、武器を捨て降伏していた。配下の兵士たちも全て彼に従い、捕虜となっている。
大敗したガロリオン軍の中で、デルタドール軍団だけは潰走せず、最後まで士気を保って戦っていた。
八千人いた兵士は七千二百人に減っているが、他の軍団が壊滅的な被害を出している中、十分の一の戦死者しか出なかったのは驚くべきことだ。それだけ優勢に戦っていたという事だろう。
しかし、周りに味方がいない状態で孤軍奮闘しても、勝利にはつながらない。それ以上戦い続けても、無駄な戦死者を出すだけだ。
デルタドールにとって「玉砕」などという選択肢はあり得ない。生きるために戦う、というのが彼の信念なのだから。
「確かに残念だが、我が軍の完敗だ。元帥殿の卓越した戦術によるものだろう。見事だ」
デルタドールは潔く敗北を認め、相手を称えた。
「あなたのような優れた将軍にそう言ってもらえるとは、光栄だ」
「クオン陛下やマサト殿下が無事かどうか、教えてもらえるだろうか」
「今、行方を追っているが、おそらく見つからないだろう。ソームズ公も同様だ」
「そうか」
デルタドールはほっとしたように息をついた。「わしの身柄は、元帥殿の手に委ねざるを得ない。だが、どうか兵士たちの命は助けていただきたい」
「無論だ。誇り高きローゼンヌ王国軍は捕虜を殺すような卑劣なことはしない。あなたも兵士たちも、大切に扱うことを約束する」
「感謝する」
デルタドールは、深く頭を下げた。
負けたときにこそ、その人間の器量が表れる。デルタドールは見苦しくへりくだることもなく、感情をむき出しにして反発することもなく、礼節を守っていた。
(軍人らしい見事な態度だな。兵士たちから信頼されるのも納得だ)
パージェニーは片ひざをつき、デルタドールと目の高さを合わせて語りかけた。
「あなたの軍団は、味方が全て潰走した後も最後まで勇敢に戦っていた。通常ならばあり得ないことだ。これは指揮官である、あなたの力量によるものだろう。どうかその力を、我が国のために役立ててもらえないだろうか」
デルタドールの力量を認めたパージェニーは、ローゼンヌ王国に仕えることを勧めた。その隣ではローガンも期待を込めて見守っている。
「わしを評価してくれることには感謝する。だが、その申し出は受けられない」
「軍団長として迎えたい、と言ってもか」
「勧誘するなら、相手を選んだ方がよかろう。どんな条件を出されても、わしがガロリオン以外の国のために戦うことは、あり得ない」
「そうか、残念だ。だが、気が変わったなら、いつでも言ってくれ。当分の間、あなたたちの身柄は預かることになる」
そう言うとデルタドールに背を向け、その場を立ち去った。
パージェニーとローガンは、負傷者用のテントに足を踏み入れた。
「ん-、んー」
パージェニーの姿を見たゴルバーはベッドから体を起こし、何かを訴えるようにうなり声をあげた。あごが破壊され、しゃべることができないのである。
ゴルバーは戦闘中、顔に矢を受ける重傷を負っていた。顔の下半分に添え木があてられ、包帯でぐるぐると覆われているその姿は、見るからに痛々しい。
「何も言わなくてもいい。これから、貴様に対する処分を言い渡す」
パージェニーは厳かに告げる。「出陣を前にして元帥である私に反抗し、規律を乱した罪は許しがたい」
「んー! んー!」
「元帥殿は何も言わなくてもいいと言ったぞ! 黙って話を聞け!」
ローガンに注意され、ゴルバーは憎らし気に彼をにらみつけた。「下級将校あがりの分際で、軍団長の俺に無礼な口を利くな」とでも言いたいのだろう。
「これは貴様だけの罪ではなく、貴様に従った兵士たちも同罪だ。軍規に照らせば、彼ら全てを処刑せねばならない。
だが今回の戦闘で、第五軍団は半数以上が戦死し、生き残った者もほとんどが負傷している。彼らはもう十分に罰を受けたと言っていいだろう。
よって、下級将校と兵士の罪は問わないことにする。上級将校は兵卒に落とす」
兵士たちはゴルバーに従っただけなのだから、妥当な処分だろう。
ただし第五軍団は解散させ、所属していた兵士は各軍団に振り分けることになる。象たちは傷が癒えた後、王都に帰還させる。
これがローガンと話し合って決めた処置だった。
「ゴルバー、貴様は絞首刑に処す」
「んー! んー! んーー!!」
ゴルバーはパージェニーにつかみかからんばかりの勢いで立ち上がったので、慌てて兵士たちに取り押さえられた。
「見苦しいぞ! それでも貴様は誇り高きローゼンヌ軍の軍団長なのか!」
ローガンが叱りつけると、ゴルバーはまたしても彼をキッとにらみつけた。
だが、現在の自分の弱い立場を思い出したのか、急に態度を変えた。ベッドから降りると、なんと床にひざと両手をつき、パージェニーに向かって深く頭を下げたのである。
(やれやれ、デルダドール将軍とは雲泥の差だな。命だけでなく、恥まで捨てるか)
ローゼンヌ軍の将官の中でも、最も元帥に近い実力者と評価されていた男の、こんな姿は見たくなかった。造反する覚悟があったのなら、せめて最後まで己の意を貫き通してほしかった。
パージェニーはため息をついてから、土下座をしている男に声をかけた。
「第五軍団の兵士は貴様を信頼していたからこそ、造反に踏み切ったのだ。その兵士たちが、今の貴様の姿を見たらどう思うか、考えてみろ」
それでもゴルバーは頭を上げない。
「私は、圧倒的に不利な状況でも、最後まで逃げずに戦った第五軍団の兵士たちを評価している。彼らの中には、貴様に対する寛大な処分を訴えている者もいるそうだ。貴様はなかなか人望があるようだな」
ゴルバーが顔を上げた。先ほどまでとは打って変わった神妙な表情になっている。
「私はそんな兵士たちの態度には、多少心を打たれた。彼らの願いを無視したくはない」
ゴルバーの目が、希望に輝いている。
「だから、王都に残された貴様の家族が不当な扱いを受けないよう、陛下と宰相殿に要望を出しておこう。安心して死ぬがよい」
「んーー! んーーー!!」
ゴルバーはまったく感謝する様子を見せず、ジタバタとあがき、兵士たちに押さえつけられている。
その見るに堪えない姿に、パージェニーは背を向けた。そしてただ一言、ローガンに命令する。
「吊るせ」
次回から、また日曜日だけの投稿に戻ります。
そのうちまた、週二回投稿できるように頑張ります。
ああ…………それにしても時間が欲しいっ…………!!
第六章はまだまだ続きますが、どうかお付き合いください。
戦争が始まってからあまり活躍していない政人も、そろそろ覚醒するはずです。
感想などを書いてもらえたら、とても嬉しいです。




