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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第六章 炎斧戦争

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199.クオンの暴走

 クオンは、自分が何もできない子供であることが悔しかった。

 自分で馬を御することもできず、マニッサの馬に乗せてもらっていることが恥ずかしかった。


「おい、酔っ払いども目を覚ませ! おまえらは王の逃げ道を(ふさ)いでいるんだぞ!」


 政人がジスタス家の民兵を怒鳴りつけている。なんとかクオンだけは逃がそうとしているのだろう。


(王だからというだけで、みんなが僕を助けようとする。僕は何の役にも立っていないのに……)


 自分よりも政人こそがこの国に必要な人間だと、クオンは思っている。

 王位継承権を持つ王族は傍流(ぼうりゅう)まで含めれば何人もいるが、政人のような優れた政治家は他にいないのだから。


 敵の軍団が迫ってくるのが見えた。

 恐怖で体が震えるのを抑えられない。早く安全な所まで逃げ出したい。


(それでいいの? 僕は王なのに)


 王だからこそ逃げるべきだ、と誰に聞いても答えるだろう。だが、それでは納得できない。

 王には国を守る責任がある。国を守るためには、政人を助けなければならない。

 たとえこの戦いで大きな犠牲を出したとしても、政人さえ生きていれば、ガロリオン王国は負けない。クオンはそのことを全く疑っていなかった。


 その時、彼の頭に天啓のようにアイデアが浮かんだ。


「ねえ、マニッサ。頼みがあるんだけど」

「なんでしょうか?」


 自分の考えをマニッサに話した。


「とんでもありません! そのようなことができるはずがありません!」


 予想通り、マニッサは拒否した。

 だが、クオンはこれしかないと思っている。自分は冷静な判断ができなくなっているなどとは、考えもしない。


「僕は死ぬのが怖い。でもそれ以上に、この国を滅ぼしてしまうのが怖いんだ。お願いマニッサ」

「いけません。私の使命は陛下を守ることです。陛下を危険な目に()わせるわけにはいきません」

「マニッサ、これは『命令』だ」


 火傷の痕が目立つマニッサの顔が、苦しそうにゆがんだ。

 彼女はクオンに対して騎士の誓いをしている。主君の命令には必ず従うと誓っている。


「しかし、そのようなご命令は……」

「マニッサ!」


 クオンの声は、マニッサが今まで聞いたことがないほど力強いものだった。

 そこには、王の威厳があった。




―――




「おい、ロッジ! 酔っ払いどもは放っておいて逃げろ!」


 政人はロッジに呼びかけた。

 酔っ払い軍団は敵に向かって突撃をしようとしている。ロッジはそれを止めようとしている。


 だが政人は、自ら死にたがる者たちを助けようとは思わなかった。勝手に戦っていろ、という気分だった。

 ロッジが止めるのをやめれば、酔っ払い軍団は気兼ねなく敵に向かって行くだろう。そうすれば塞がっている進路が開く。


(命知らずの愚か者のために、他の者まで犠牲になるような理不尽なことが許されるものか!)


「し、しかし……いえ、わかりました!」


 ロッジにとって、自分の領民を見捨てねばならないのは断腸の思いだが、こうなっては仕方がない。

 彼は民兵を見捨てて退却することにした。


 だが、その決断は遅すぎた。敵はすぐそこまで迫っている。もう逃げ切れそうにない。


(ここまでか? 俺にはこの国を守ることができないのか?)


 政人の表情から諦めを感じ取ったタロウが、慌てて声をかける。


「大丈夫です! 御主人様の事は、オレが必ず守りますから!」

「だがタロウ、いくらおまえでもこの状況では……」


 その時、信じられないことが起こった。


「我こそはガロリオン王国国王、ヴィンスレイジ・クオンなり! ローゼンヌの腰抜け兵士ども、かかってこい!」


 マニッサが迫りくる敵軍の前へと移動し、そしてクオンが名乗りを上げて敵兵を挑発した。

 信じられない事態に、敵も味方も呆気にとられたように固まっている。これでは、自分を討ち取ってもらうために出てきたようなものだ。


 クオンとマニッサを乗せた馬は、そのまま第五軍団のいる東の方向へと駆け去った。親衛隊もそれに続く。

 敵の第十四軍団と第十五軍団は状況を理解できず、困惑した様子でそれを見送った。


 この異常事態を前に真っ先に動いたのは、何も考えていない酔っ払い軍団だった。


「うおおぉぉ! 陛下に続けええぇぇ!」


 ジスタス家の民兵たちは雄叫びをあげ、クオンと親衛隊の後を追った。これで政人たちが逃げるための進路は、開いたことになる。


「お、おまえら、何をボーッとしてる! 早くクオン王を追え! 王を討ち取るか捕らえるかすれば、この戦争は我が国の勝利だ!」


 慌てて敵の指揮官が号令をかけた。

 王はこの世界では絶対的な存在である。クオンさえ倒せば勝ちだと考えるのは当然だ。


(まさかクオンの奴、自分が(おとり)になるつもりか!?)


 政人はようやく、クオンの意図を察した。


「あのバカっ! 何を考えてるっ!? どこの世界に、臣下を助けるために自分が犠牲になろうとする王がいるというんだっ!!」


 政人は駆け出そうとした。だが、すかさずタロウが政人の馬の手綱をつかんで抑える。


「危険です、御主人様!」

「クオンはもっと危険だ! タロウ、クオンを助けろ!!」

「その命令は聞けません!」


 これがマニッサとタロウの違いである。

 タロウは命令よりも、政人の安全を優先する。

 イヌビトにとって飼い主の命令に従わないことは苦痛なのだが、それでもタロウは、政人を危険にさらすような命令は断固として拒否する。それができるようになったのが、タロウの成長だった。


 タロウを飼い始めたばかりのころ、政人は彼に対し「命令がなくても、自分で判断して行動できるようになれ」と言った。タロウはその言葉に従っているのである。

 それがわかっている政人は、タロウを責めることはできない。


 かつて、タヌキビトのポンチャに命を救われた時のことを思い出す。あの時もタロウは自分の頭で考え、ポンチャを犠牲にするという、政人の全く望まないことをした。

 政人はポンチャのことを思い出すと、今でも胸が張り裂けそうになる。


 そして今犠牲になろうとしているのは、クオンなのだ。


(どうすればいい!? どうすればクオンを助けられる!?)


 政人は「王」を助けたいと思っているのではない。「クオン」を助けたいと思っている。

 王位継承権を持つ者は他にもいる。だが、クオンは一人しかいない。


 政人にとってクオンは主君であると同時に、弟であり息子であり、何としても守らなければならない存在だ。もしクオンが自分を助けるために死んだら、そのことは一生、心の傷として残るだろう。


 タロウを振り切ってでも、クオンを助けに行きたかった。

 もちろん政人が助けに行ったからといって、何ができるはずもない。

 何より政人には、ガロリオン王国の全ての国民を守る使命がある。向こう見ずな行動で自分の身を危険にさらすのは、無責任だ。


 そんなことは理性ではわかっている。だが人は極限状況においては、理性よりも感情が上位にきてしまうものだ。


 そんな政人と比べて、ギラタンは冷静だった。


「おまえら何を突っ立ってる! 早く退却しろ!」


 ギラタンは兵士たちを怒鳴りつけた。

 自分たちの王の信じられない行動にとまどっていた兵士たちは、ギラタンの言葉で状況を思い出し、我先にと逃げ始めた。


 クオンを助けようとしないギラタンに、政人は腹を立てた。


「おい、ギラタン! クオンを見捨てるのか!!」

「マサト殿下、もうどうしようもないのです! 今から陛下を追っても、助けようがありません! あなたも早く逃げてください!」

「そんなはずがあるか! 何か助ける方法があるはずだ!」


 ギラタンは現在の身分を忘れることにした。シャラミアが女王になる前、政人と彼は目的を同じくする仲間だった。その頃の関係に戻ることにした。


「いいから、とっとと逃げろ!! おまえまで死んだらホントに終わりだろうが!! タロウ、連れていけ!」

「はい!」


 タロウは政人の馬の尻を短剣の柄で叩いた。馬は驚いて駆け出し、タロウもその後を追った。




―――




「どういうことだ? なぜ王であるクオンが、自ら囮になろうとする……?」


 パージェニーはクオンの行動を目にして、困惑していた。

 どんな状況でも冷静さを失わない彼女が、初めて焦っていた。


 パージェニーは第五軍団を捨て駒にするという、誰も考え付かないような奇抜な戦術を実行することができる人物だ。そんな彼女にとっても、クオンの行動は理解の範疇(はんちゅう)を超えていた。


 たとえば将棋に置いては、最強の駒である「飛車」を捨て駒にすることはあり得る。だが「王」を捨てることはあり得ない。それは負けを意味するからだ。


 王が臣下を助けるために犠牲になるというのは、それぐらい異常なことなのだ。


「元帥殿、クオンのことは第十四軍団と第十五軍団に任せて、我々はマサトたちを追いましょう!」


 ローガンが進言するが、すぐには聞き入れることができない。

 凡庸な指揮官であれば、深く考えずに政人たちを追っただろう。

 だがパージェニーは天才であるがゆえ、逆に動けない。敵の意図が読めないという状況は滅多にないため、慎重になってしまうのだ。


(何かの罠だろうか? いや、どう考えてもそれはあり得ない。しかし、それならば、なぜ――)


 パージェニーは、敵の行動の意味を探ろうと、思考を巡らせた。

 そんな彼女の迷いは、政人たちに逃げる時間を与えた。

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