20.迷宮都市ヘルンへ
政人は死を覚悟した。
まず考えたのは、両親のことだった。
息子が突然いなくなったことで、どれほど心を痛めていることか、想像するに余りある。
(親不孝者の俺を許してください)
そして英樹のことを考えた。
王都で厳しい訓練をしながら政人の帰りを待っているであろう親友に、申し訳なかった。
(せめて君だけでも、日本に帰ってくれ)
「どうやら俺は……ここまでのようだ」
「船酔いぐらいで、大げさな奴だなあ」
ルーチェが呆れたような声で言った。
(くそっ、元気な奴にはこのツラさがわからないのか!)
「ご、御主人様、オ、オレどうしたら? 御主人様がいなくなったらオレはもう生きて……、あ、でもバーラさんは『船酔いで死んだ人はいません』って言ってて、で、でもこんなにつらそうだし、オレどうしたら、いや、でも……」
タロウは、顔面蒼白で冷や汗を流している政人の様子に、どうしたらよいかわからず取り乱していた。彼も船酔いは平気なようだ。
「お前ら……初めて船に乗るくせになんで酔わないんだよ……」
三人は彼らに割り当てられた船室にいる。ベッドの上で苦しむ政人を、二人が心配そうに見ている。
「バーラが言うには、ずっと船室にこもってるよりも、甲板に出て外の空気を吸った方がいいらしいぞ」
(そうかもしれないな。この部屋の淀んだ空気を吸っていると、どんどんひどくなる気がする)
「甲板まで連れて行ってくれ」
「よっしゃ、任せろ」
ルーチェとタロウは政人を両脇から支え、甲板へと連れ出した。
そして舷側まで行くと、政人は手すりを掴んで、海に向かって盛大に吐いた。
タロウは政人の背中をさすり続けている。
吐いて少しだけ楽になった気がした政人は、二人に支えてもらって甲板に寝転んだ。
「御主人様、寝るのなら船室に戻ってベッドに横になった方が」
「しばらくこのままにしてくれないか……今、動きたくないんだ」
ルーチェは「しょうがねーなあ」と言いながら政人の頭をグッと持ち上げ、膝枕をしてくれた。
ショートパンツから伸びるルーチェの太ももは、ほどよく引き締まっていて、寝心地がよかった。
(いい風が吹いているな)
政人はルーチェの匂いと共に、空気を大きく吸いこんだ。気持ちよく汗が引いていく感じがした。
「もう少しだけこのままでいてくれ」
「はいはい」
どうやらまだ死なないようだ。
―――
政人の体調がようやく戻ったところで、今後の方針を、バーラを交えて話し合うことになった。
「やはり闇の神殿とやらに行ってみようと思う。バーラさん、どこにあるか知ってますか?」
「ヴィンスレイジ王領にあります。王都から千八百パイル(約三十キロ)ほど離れたところですね。ただし王領は治安がよくないので、三人だけで行くのはおすすめしません」
「アタシがついてるから大丈夫だろ」
ルーチェが自信ありげに言うが、バーラは首を振った。
「いえ、ルーチェさんがいかに強くても、やめた方がいいと思います。野盗や山賊は徒党を組んでいますから。盗賊に身を落とすしかないような、困窮した領民が増えているんです」
「例の王と王太后の贅沢のためか……しかし困ったな」
政人が考え込んでいる様子を見て、バーラが提案する。
「迷宮都市ヘルンに行ってみてはどうでしょうか」
「迷宮都市?」
「諸侯の一人、タンメリー女公の領内に迷宮があるんですが、その迷宮の周りにいつしか人が集まるようになって、今では人口十六万人の都市になっているんです」
迷宮はメイブランド以外にも何か所か存在するらしいが、ガロリオン王国にもあるようだ。
「ヘルンには迷宮探索のために『冒険者』がたくさんいますので、彼らを護衛に雇ってはどうでしょうか? 冒険者は普段から魔物と戦っているので、その強さには定評があります。ヘルンは王領に行くには通り道なので、無駄足にはならないと思います」
(冒険者か……またゲームみたいな存在が出てきたな)
「雇うのにいくらぐらい必要ですか? そんなに余裕はないんですが」
「さあ……私はあまり詳しくないので。その冒険者の強さによって違うとは思いますが……」
「迷宮か、おもしろそうじゃねーか。行ってみよーぜ、マサト。一度入ってみたかったんだよ」
「ん? メイブランドの迷宮に入ったことはないのか?」
「ああ、いくら親父に頼んでも許してもらえなかった。『おまえは連携も取らずに一人で突っ込むから危険だ』とかぬかしやがってよ。アタシだって、やろうと思えば連携ぐらいできるってのによ」
「まあ、メイブランドの迷宮の魔物は、どこよりも強いらしいしな」
(他に当てもないし、行ってみるか)
「よし、じゃあ迷宮都市ヘルンに行こう。タロウもそれでいいな?」
「オレは御主人様についていくだけです」
「よっしゃ、なんだかワクワクしてきたぞ」
ルーチェがやる気を見せているので、政人は釘をさしておく。
「言っておくが、迷宮には入らないぞ」
「えー、なんでだよ」
「いや、入る理由がないだろ」
こうして、次の目的地が決まった。




