2.政人と英樹
たかが大学にいけないぐらいで絶望していた自分は愚かだった。
政人は森沢英樹という男の説明を聞いて、そう思った。
二人は異世界に転移させられてしまい、魔王を倒すまで帰ることができないのだという。
しかも政人は巻き込まれただけだった。
「――と、いうわけで僕には勇者としての力があるそうなんですが、藤井先輩は……」
「政人でいい、敬語も必要ない」
「えっ、でも先輩ですし……」
政人は三年生、英樹は二年生だった。
「異世界に来てしまったからには、学校の先輩も後輩もないさ。俺も君の事を、英樹と呼ばせてもらう」
敬語で話していると、どうしても距離ができる。
互いに名前で呼び合うことは、早く仲良くなるために有効だ。
(俺が頼れるのはこいつしかいないからな。俺たちを勝手に呼び出した連中は、全く信用できない)
「なるほど。ではそうさせてもらいま……もらうよ」
「ああ」
今は召喚された広間ではなく、同じ階の会議室のような部屋にいる。
英樹が女王に対して、政人と二人で話がしたいと要求すると、ここに案内された。
もっとも二人きりではなく、監視のためか兵士が二人部屋にいる。
だが、日本語で話しているので会話の内容はわからないだろう。
政人は英樹と話をしてみて、自分が彼に対して偏見を抱いていたことに気付いた。
彼はとても誠実な人間だった。
自分だってひどい状況なのに、言葉がわからない政人の境遇の方を心配している。
さっき女王に対して怒っていたのも、政人のためらしい。
「僕が政人の通訳をするよ。魔王を倒すための訓練とやらがあるそうなので、ずっと一緒にいられるわけじゃないだろうけど」
「ああ、助かる。それと、俺にレンガルド語を教えてほしい」
「それは……もちろん構わないけど、かなり大変だと思うよ」
「勉強は得意なんだ」
どうしても必要な状況におかれれば、習得も早いだろう。
「わかった。じゃあ、そのための教材も用意してもらおう。君が勉強だけに集中できるよう、頼んでみる」
「ありがとな」
それからもしばらく話し合っていると、ノックの音に続いて、メイドの恰好をした女が二人入ってきた。
どうやら食事の用意ができたらしい。食欲はなかったが、食べておいたほうがいいだろう。
案内されるまま歩いていく。
途中で、政人と英樹を別々の場所に連れて行こうとしたので、英樹が抗議をした。
(どうせ俺には、使用人用の食事でも出すつもりだったんだろう)
英樹とメイドがすったもんだのやり取りをした結果、要求は通ったらしく、二人そろって広い食堂に連れていかれた。
広間の奥、一段高くなった場所にテーブルが置いてあり、二人分の席が用意されている。明らかに上座だ。そこに女王レナが座っていた。
そのテーブルと直角となるように、三十メートルはありそうな長いテーブルがいくつも並んでいる。
鎧を身に着けた騎士のような者たちや、ゆったりとしたローブに身を包んだ文官らしき者たちが席についていた。
政人は文官たちのテーブルの末席に案内された。
英樹は政人と別れて、奥のテーブルに連れて行かれた。どうやら、女王の隣の席に座るようだ。
だが彼は、その席に腰を下ろさず、何やら女王に抗議していた。
(何を話してるんだ?)
―――
「なぜ、マサトはここで僕たちと一緒に食べないのですか?」
英樹は女王レナにたずねた。
「マサト? 誰ですか、それは」
「僕と一緒にここに召喚された青年ですよ。ほら、向こうのテーブルの端っこに座っているでしょう」
レナはつまらなそうな顔をした。
「ああ、あの無能な男ですか。
勇者様に言われたので、奴隷にするのはやめて客として扱うことにはしました。
でもさすがに、ここに座る資格はありません。ここは神聖国メイブランドの君主たる私が、家臣たちを見下ろす場所です。
勇者様なればこそ、私の隣に座る資格があるのです」
「ふざけるな」と怒鳴りつけてやりたくなったが、なんとか気持ちを抑えた。
「僕と彼は友達であり、立場は同じです。彼がここに座る資格がないと言うなら、僕も彼の隣で食べましょう」
そう言って、立ち去ろうとしたので、レナは慌てて止めた。
「お待ちください。この会食は勇者様を群臣に紹介するために設けた場です。勇者様がここにいなくては、意味がありません」
「では、マサトもここに呼んでください」
二人はしばしにらみ合っていたが、英樹が一歩も引く気がないと悟ると、レナが折れた。
「わかりました」
レナはそう言うと、給仕を呼びつけて命令した。「あの男、マサトとやらの席も、ここに用意しなさい」
―――
政人は急に英樹の隣の席に連れて行かれた。
そこには、さっきよりも豪勢な料理が用意されていた。
「ひょっとして、俺の席をここに移すように、交渉していたのか?」
「うん、どうも彼女は君に対するもてなしの心が、欠けているようだったからね」
政人が女王を見ると、彼女はいまいましそうに顔をそらした。
「そうか、ありがとうな」
こんな注目を浴びるような場所で食事をとりたくはなかったのだが、英樹の行為には感謝した。
その後、女王の演説のあと、促されて仕方なく立ち上がった英樹に対して、列席者からは盛大な拍手と歓声がおこった。
おそらく、勇者として紹介されているのだろう。
政人についても、女王は何か言っている。
後で英樹に聞いたところによると、政人のことを客人として大切に扱うようにと、一同に指示していたらしい。
食事のあと、部屋に案内された。
八畳ぐらいの広さで、ベッドや机、椅子、クローゼットなど一通りの家具はそろっていた。
かなり高い階層の部屋らしく、窓からは城下町を見下ろせた。
今は夜なので、暗くてよくわからないが、灯りのついた建物もいくつかある。
今後、食事は部屋まで運んでもらうことになった。
メイブランドは上下水道が完備されており、城内の共同浴場で風呂に入ることもできるらしい。
古代ローマ並みの生活水準はあるようだ。
政人はベッドに寝転び、この状況について考えてみる。
(父さんと母さんは心配してるだろうな)
父から大学へ行けなくなったことを告げられた後、気まずい空気のまま別れてしまったことに、心が痛む。
(なんとしても元の世界に帰らないと)
政人はそのために、この世界で生き抜こうと決意した。