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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第六章 炎斧戦争

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197.戦場に墜ちる鷹

 ローゼンヌ軍は士気が高く、統制が取れていた。兵士たちの表情には自信がみなぎっている。よほど優秀な指揮官が軍を率いているのだろう。

 それに対してガロリオン軍は、陣形を立て直すこともできないまま、一方的に討たれていた。


 ソームズ公は、この戦いは勝ち目がないことを悟った。

 それならば、せめてクオンと政人を無事に戦場から離脱させなければならない。


 だが、敵はガロリオン軍を包囲するように兵を展開させており、後方に下がったクオンと政人も戦闘に巻き込まれていた。


 振り返ると、弓を引き絞った敵兵が、政人に狙いを定めているのが目に入った。政人は全く気付いている様子はない。


「危ないっ!」


 思わず声が出た。

 だが、ソームズ公が気付いた時には、敵が放った矢はタロウの手の中に握られていた。


(化け物か)


 まっすぐに飛ぶ矢の速度は、とても人間の目でとらえられるものではない。タロウはそれを、ボールのようにつかんでいた。

 黒い短剣が一閃した。政人の背後から迫っていた敵兵が、血を噴いて倒れた。

 タロウは矢を放り捨てると同時に、流れるような動きで別の敵兵の首を斬っていたのだ。


 政人が敵の標的になっているのは間違いない。だが、傷一つ負った様子はなかった。タロウが全て処理しているからだ。

 視覚だけでなく、嗅覚と聴覚、そして第六感を駆使するタロウの警戒範囲は、広範囲に及んでいる。政人に迫る危険をいち早く察知し、それが本当の危険になる前に()み取っていた。

 その動きを目で追うことは難しい。この乱戦の中、タロウだけが倍速で動いているかのように見えた。


(タロウに任せておけば、殿下は大丈夫そうだな)


 問題はクオンの方だ。

 クオンの周囲を取り囲むようにして、親衛隊が敵の攻撃を防いでいるが、見るからに戦いづらそうだった。

 親衛隊の隊員には馬が与えられているが、騎兵は防戦では力を発揮できない。それに彼らは剣術に優れるものの、馬上で槍を使って戦うことには慣れていない。多数の敵と戦うような訓練をしたこともなかった。

 それでも隊長のマニッサの指揮の下で、彼らは勇敢に戦っている。マニッサだけは、馬上での戦い方もさまになっていた。


 クオンは恐怖に震えていた。叫び声をあげないように、何とか耐えているようだ。

 ソームズ公はマニッサの近くに移動し、声をかける。


「マニッサ、陛下を安全な所へ!」

「閣下、すでに我々は包囲されています! 陛下を連れて突破するのは無理です!」


 たしかにマニッサの言う通りだった。なんとか包囲網を突破せねばならない。


「もうすぐ他の軍団が救援に来るはずだ。それまで何とか耐えろ。そして隙を見て、陛下と共に北へ向かえ!」


 東には第五軍団、そして西と南から伏兵が現れている。逃げられるとすれば、北しかない。


「わかりました! 隙を見て陛下と共に北へ向かい、戦場を離脱します!」


 マニッサは復唱すると、クオンの体を抱えて自分の馬に乗せた。クオンを前に抱える格好だ。


「陛下、どうか姿勢を低く保ってください。必ずお守りします」

「うん」


 ソームズ公は感心した。マニッサは、この状況でも勇気と冷静さを失っておらず、親衛隊長という職にふさわしい働きをしている。


(私も負けてはおれんな)


 ソームズ公は自ら剣をとって戦いながら、必死で戦っている味方を鼓舞していった。




―――




 パージェニーは自軍が圧倒的に優勢にもかかわらず、決して気を緩めてはいなかった。


「第六軍団が前に出過ぎだ。それ以上の進軍を控えさせろ! 右翼の敵は崩せそうだ。第十四軍団と第十五軍団に一気に攻勢をかけるよう、合図を出せ!」


(この人の目には、鳥が空から地面を見下ろすように、戦場が見えているのか)


 ローガンがそう感じてしまうほど、パージェニーは戦場全体の様子を把握していた。

 ローガンの目に映るのは、目の前の光景だけだ。ローゼンヌ軍の第二軍団、第六軍団、第九軍団が、ガロリオン軍の本隊を包囲するように攻撃している。敵は予期せぬ伏兵の出現に混乱していた。

 ただ、気になることもある。


「マサトを護衛しているイヌビトが厄介ですね。味方の攻撃がことごとく防がれています」


 政人は武器を手に戦うこともなく、その場で兵士たちを激励している。

 その姿はかなり目立っているため、格好の標的になっているのだが、タロウのせいでローゼンヌ兵は、近づくことさえできていない。

 タロウのスピードは、兵士たちとは明らかに違っていた。


「まるで、ナメクジの群れの中に、一匹だけゴキブリが混じっているかのような」


 ローガンのたとえがおかしかったのか、パージェニーの頬がゆるんだ。


「焦る必要はない。個人の戦闘力など、大軍のぶつかり合いの中では知れたものだ。それより、遊撃隊が私に迫っているぞ。準備はできているな?」

「はい、大盾隊、弓兵隊、持ち場についています」

「よし」


 パージェニーの姿は、政人以上に目立っている。

 彼女はこの戦場でただ一人の女性であり、高い声で指示を出し続けているからだ。

 赤を基調とした装備を身に着け、白馬にまたがっているその姿は、どこからでも目を引いた。彼女が元帥のパージェニーであることは、誰の目にも明らかだろう。

 

 もちろん、それが狙いである。敵に自分の姿を認めさせるため、あえて派手な恰好をしているのだ。

 パージェニーは自分を(おとり)として、遊撃隊をおびき出そうとしているのである。


 ローゼンヌ軍は、ガロリオン軍の切り札である遊撃隊の情報も得ていた。

 遊撃隊が脅威なのは、その神出鬼没さである。圧倒的な機動力をもって、予期しない場所から突然現れ、奇襲をかけてくるのだ。


 パージェニーは、遊撃隊が自分を狙ってくると読んでいた。

 ガロリオン軍がこの劣勢を挽回(ばんかい)するには、ローゼンヌ軍の総司令官を討ち取るしかないからだ。


 その通りだった。ローガンの目に、斜め後方から土煙を上げて近づいてくる騎兵隊の姿が見えてきた。

 だが、こちらが気付いていることは、気取(けど)られないよう注意する。気取られれば、彼らは奇襲をやめてしまうからだ。

 遊撃隊は、ここで殲滅(せんめつ)させる必要があるのだ。


 今、パージェニーの周りには、大盾を持った兵士たちがバラバラに立っている。

 遊撃隊が近づいたところで、彼らはその進路をふさぐように素早く配置につき、迎撃の構えを取ることになっている。

 騎兵の突撃は強力だが、迎撃態勢を取っている相手に対しては効果がないのだ。


 大盾隊に指示を出すのは、ローガンの役目である。彼が指示を出すタイミングが早すぎれば、遊撃隊は進路を変えて立ち去るだろう。逆に遅ければ、パージェニーは命を落とす。


 何度も練習を繰り返したとはいえ、実戦で上手くいくという保証はない。

 それでもパージェニーは、悠然としていた。


(そこまで私を信頼してくれているのか)


 人は、自分が信頼されていると感じることで、大きな力を発揮する。

 ローガンはパージェニーの信頼に、完璧に応えて見せた。


「今だ!!」


 ローガンの指示により、大盾を構えた兵士たちが移動して、密集隊形をつくった。

 遊撃隊の前に、人の背丈を超えるサイズの大楯がズラッと並んだ。盾と盾の間からは、長槍が水平に突き出されている。


 先頭を走っていたリンドがそれに気づいた時には、もう遅かった。全速力で走っている騎兵は、すぐに止まったり方向を変えたりはできない。無理に止まったとしても、後に続く味方に押しつぶされるだけだ。このまま突撃するしかなかった。


 騎手を完全に信頼している馬たちは、スピードを落とすことなく、目の前の大盾に対してそのまま体当たりをした。

 激しい衝突音が起こった。大盾隊は数メートル押し込まれた。

 だが、そこで動きが止まった。

 リンドをはじめ、先頭にいた騎手や馬たちは、槍に貫かれて絶命していた。


 後続部隊は、味方の死体に折り重なるように倒れこんだ。

 動きが止まってしまった騎兵は、もはや騎兵ではない。


「弓兵隊、放て!」


 ローガンの指示により、矢の雨が遊撃隊に降り注いだ。

 もはや遊撃隊に、なすすべはなかった。




―――




 遊撃隊の突撃が失敗に終わったのを見届けたソームズ公は、もはや撤退するしかないと判断した。

 包囲されている状況ではそれは簡単ではないが、それでも政人とクオンだけは落ちのびさせなければならない。

 それには前面の敵の進撃を食い止めながら、包囲網のどこか一点を突破する必要があった。


 ソームズ公は政人のもとへ駆け寄ると、北の方角を指差して声をかける。


「殿下、重装歩兵隊二千人をお貸しします。彼らと共に北側の包囲を突破し、陛下を連れて北へ逃げてください」

「ソームズ公はどうするのですか?」

「ここで敵の進撃を抑えます。その後、機を見て徐々に撤退します。後で落ち合いましょう」


 そう言ったが、撤退が難しいことはわかっていた。重装歩兵隊がいなくなっては、残った弱兵だけで戦わなければならなくなる。


 ソームズ公は死を覚悟していた。彼は総司令官として、この敗戦に責任を感じていた。責任をとるためには、自分の命を捨ててでも、クオンと政人を助けなければならない。

 ここで自分が(たお)れたとしても、政人がいれば捲土重来(けんどちょうらい)を期すことは可能だ。


 もちろん政人も、ソームズ公の覚悟には気付いていた。だが今は、押し問答で時間をつぶしていい状況ではない。


「わかりました、ご武運を」


 政人はそう答えると、言われた通りに、クオンと親衛隊を連れてその場を去った。


(これでよい。殿下ならきっと、この国を守ってくださるだろう)


 そして、ソームズ家も守ってくれるはずだ。

 次代の領主として、妻のリルジェインとの間には男子が生まれている。リルジェインは王室出身であるため、王家は手厚く保護してくれるだろう。


 ソームズ公は前線へ馬を進め、剣を高々と掲げた。


「私はガロリオン諸侯ソームズ・ウィリーだ! ローゼンヌ軍よ、これ以上一歩も先へは進ませんぞ!」


 そして自軍の兵士たちを鼓舞する。「ガロリオン軍の勇者たちよ、私と共に祖国を守るのだ!」


「おおおおおっ!!」


 兵士たちが一斉に雄叫びをあげた。ソームズ公の統率力は、やはり並外れている。


 敵兵は名乗りを上げたソームズ公に向かって殺到したが、ガロリオン軍の兵士たちは必死に応戦した。

 彼らの多くは練度の低い新兵だが、指揮官の覚悟を目にして興奮状態になった。そうなると兵士は、実力以上の力を発揮する。

 ソームズ公は馬を下りると、両手で剣を持ち、近づく敵兵を斬りまくった。


 乱戦になった。

 味方はどんどん倒れていったが、ローゼンヌ軍の進撃も止まっていた。


(もう、陛下たちは逃げおおせただろうか)


 振り返ってそれを確認する余裕は無かった。

 ソームズ公の全身は傷だらけになっていたが、痛みは全く感じない。ひたすら熱いだけだ。

 

 槍を構えた敵兵が、奇声を発しながら突っ込んできた。その槍を難なく剣で振り払う――はずだった。

 左腕が動かない。なんとか体をひねって槍をかわすと、右手一本で敵兵ののどをつらぬいた。

 左腕の腱が切れていた。痛みを感じないので気付かなかったようだ。


 別の敵兵が、左手に盾を構え、右手で剣をソームズ公の胸に突き出してきた。

 ソームズ公はそれを剣ではね上げると、そのまま相手に向けて振り下ろした。剣は相手の肩口に食い込んだ。

 だが、浅い。相手はうずくまったものの、まだ生きている。片手では、体重が乗らなかったようだ。

 

 さらに背後から、別の敵兵の気配がした。振り向くと、自分に向かって斧が振り下ろされるのが、まるでスローモーションのように見えた。

 一歩下がって、その斧をかわした――つもりだったが、足が動いていない。知らぬ間に、足にも深手を負っていたようだ。


 次の瞬間、右腕が自分の体から離れるのを見た。剣は握ったままだ。

 それでも、やはり痛みは感じない。ただ、右腕が焼けるように熱かった。


 ソームズ公の闘志は、まだ消えてはいない。だが、体が言うことを聞かなくなっていた。

 立っていられなくなり、たまらず膝をついた。


 意識が朦朧(もうろう)としてきた。

 自分がまだ生きているのかどうか、わからなくなった。

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