19.出航
「勇者……?」
ゴドフレイは「勇者」と言う現実離れした言葉に戸惑っているようだった。
「英樹は今、近い将来現れるという魔王と戦うため、日々迷宮に入って訓練しています。でも、彼はこの国では異邦人のような存在であり、本当に頼れる人間が近くにいないんです。俺とも当分会うことはないでしょう」
「…………」
「親分さんたちは、この町の防衛軍ですから、遠い王都のことに目を行き届かせる余裕はないでしょう。でも、王都に一人で戦っている男がいることを、心のどこかに留めておいてほしいんです。そしてもし、彼に助けが必要な時は、できる範囲で構いません、力になってやってください。お願いします」
「…………」
ゴドフレイはじっと政人の目を見つめ、その目の奥にあるものを見通そうとしているようだった。
ルーチェとタロウは、ゴドフレイに頭を下げる政人の様子を見て、意外の感に打たれていた。
彼らにとって政人は、常に冷静で、迷いなく物事に対処する人間だった。
それなのに今の政人の声と態度には「焦り」が感じ取れた。
政人たちは明日、船で遠い国へと旅立ってしまう。もうこの国の様子を知ることはできなくなるのだ。
自分にはどうすることもできないが、せめて誰か、英樹のことを気に掛ける人間がこの国にいて欲しい。
――そんな、はかない望みを託すことで、せめてもの安心を得たいかのようだ。
「勇者の噂は聞いたことがあるが、誰も本気にはしてなかった。異世界から召喚しただとか、荒唐無稽な噂だったんで、女王の戯言だろうと思ってたんだが……あんたが言うなら、本当なんだろうな」
「はい、彼は間違いなく異世界から召喚されています。家族や友人たちから引き離され、見知らぬ世界に無理矢理よばれたんです」
「その勇者と親友だっていうあんたは……」
「俺も英樹と同じ世界の出身です」
「なるほど」
ゴドフレイは深くうなずいた。「わかった。勇者はオイラたちが助けよう、約束する」
「ありがとうございます」
政人は安堵した。ゴドフレイならやってくれるだろう。
その夜、宿舎で政人たちの送別会が開かれた。
政人、ルーチェ、タロウの三人のために、豪華な料理が用意されていた。
この席でも政人は聖騎士たちに、王都に帰ったら英樹を助けてくれるよう頼んだ。
(彼らは英樹の近くにいるから、直接力になってくれるだろう)
聖騎士たちは、政人が頭を下げるのを見て驚いている。初めて目にする姿だからだ。
「みんな、アタシからも頼む」
あの傍若無人なルーチェまで頭を下げたので、さらに驚いていた。
「わかりました。我々は元より女王陛下から、勇者様を助けるよう仰せつかっています。今後、より心を配りましょう」
隊長は皆を代表して答えた。
「私の命に代えても、勇者様をお守りします」
以前病気になった時、政人の機転で救われたラトールは、より力のこもった声で請け合った。
彼の声には誠実さがこもっていた。政人は、彼なら何があっても英樹を守ってくれると確信した。
その後、皆は――タロウは眠そうだったので先に寝かせた――遅くまで別れの宴を楽しんだ。
翌朝、港へ向かうとゾエ防衛軍の全員が集まっていた。
「先生、おはようございます!!」
三百人を超える兵士が一斉に政人に頭を下げ、挨拶をした。その大音声はあたりに響き渡り、港の人たちは何事が起ったのかと怪しんでいた。
船の前で待っていたバーラと挨拶を交わした。彼女も驚き呆れているようだ。
「すごいですね……あんな屈強な男たちを従えるなんて。マサトさんて、何者なんですか?」
「俺にもよくわからないんです」
それから、兵士たちの先頭に立っているゴドフレイのところへ行き、彼と固い握手を交わした。
「親分さん、後のことはよろしくお願いします」
「任せてくれ」
それ以上の言葉は必要なかった。
そして、聖騎士たちとも別れを済ませ、政人、ルーチェ、タロウの三人は船に乗り込んだ。三頭の馬はすでに乗船させてある。
「特別顧問に、敬礼!」
出航すると、ゴドフレイが音頭をとり、兵士たちが敬礼をした。
船が徐々に陸地から遠ざかっていく。
(またここに帰ってくる事ができるだろうか)
先のことは何もわからない。
お読み下さり、ありがとうございます。
ここまでを第一章とします。
小説を書くというのは、こんなに難しいことだったのか、と日々実感しています。
それでもここまで書くことができたのは、ブックマークや評価を付けてくださる方がいて、「読者」というものが、私の脳内以外に実在することがわかったからです。
一人でも読んでくださる方がいるならば、書き続けるつもりですので、どうか最後までお付き合いください。




