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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第六章 炎斧戦争

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180.影の外務大臣マトイ・マローリン

 ミーナが影の評議会の臨時会議を行うために召集をかけたところ、彼女を含めて六人の人間が会議室に集まった。


 ただし、その内の二人は、影の評議会のメンバーではない。

 一人はクオンだ。王である彼は、影ではなく正式な評議会の一員である。ミーナに出席するように頼まれたから、仕方なく顔を出したに過ぎない。

 もう一人は親衛隊長のマニッサで、彼女はクオンについてきただけだ。


 後の三人は、官房長官のロビン、内務大臣のメラリー、海軍大臣のラフィアン。

 陸軍大臣、財務大臣、司法大臣がやめてしまったため、実に寂しい顔ぶれになっている。


「外務大臣はなぜ来ていないの?」


 会議の開始時間はとっくに過ぎているが、外務大臣マローリンの姿が見えない。


「その……どうしても外せない用事があるとのことで……今回は欠席するそうです」


 ロビンが申し訳なさそうに告げた。


(影の評議会をなめているわ)


 カルデモン公領で薬屋を営んでいたマローリンは、ミーナの要請に答えて影の評議会に参加することを了承した。その際、王都に支店を出店したいとも言っていたが、そちらが本命だったのかもしれない。


「ミーナ、いないものは仕方がありませんわ。やる気がない人は放っておきましょう」


 そう言ったのはメラリーだ。

 彼女はハイドルンク大学を首席で卒業した俊才であり、ミーナは彼女とは親密な関係を築いている。

 彼女とロビンだけは自分を裏切らないだろうと、ミーナは確信している。


 逆に言えば、それ以外のメンバーとはあまり深く話し合ったことがなかった。

 それが三人もの脱退者を出してしまった原因だろう。


「メラリー、そうは言ってもマローリンさんを放っておいたら、またマサトさんに引き抜かれるかもしれないわ。彼女は技術も財力も人脈も持っている。何より頭が切れるの。マサトさんが好きそうな人材なのよ」

「確かにそうですわね。これ以上メンバーが減っては、ミーナの立場が弱くなりますわ」

「そうなってしまったら、それもまた神々の御意志だと考えましょう。摂政殿下なら、マローリンさんを上手く使いこなしてくれるでしょう」


 ラフィアンが透き通るようなきれいな声で、嫌なことを言った。

 彼女の容姿は、同性のミーナの目からみても、うっとりするほど美しい。

 司祭用の白いローブにしっとりとした黒髪が映えており、「聖女」という言葉が似合いそうなほど、神聖さを感じさせる。


(この人は何を考えているのか、よくわからないわ)


 影の評議会の大臣たちは、ミーナから声をかけてスカウトした者がほとんどだが、ラフィアンは自分から影の評議会に入りたいと言ってきた。

 彼女はハイドルンク大学を優秀な成績で卒業しているし、聖職者になってからも信者たちからの評判はよく、若くして司祭になったほどの逸材だ。


 だからミーナも彼女を入れることに異存はなかったのだが、その役職として陸軍大臣か海軍大臣を希望してきたのには驚いた。もちろん尼僧である彼女に、軍事に関わった経験など無いはずだ。

 理由を尋ねると、「神々が私にお命じになったのです」などとよくわからない答えが返ってきた。

 結局ミーナは彼女の要求を受け入れた。陸軍大臣にはすでにデルタドールが就いていたので、海軍大臣を任せることにしたのだ。


「ねえミーナ。もう政治のことはマサトに任せておけばいいんじゃないかな。ミーナよりもずっと賢いし、すでに大きな実績を上げているんだから。マサトなら、敵国から攻められたとしても、きっとこの国を守ってくれるよ」


 クオンの口調はいたわるように優しかったが、彼がミーナよりも政人をはるかに信頼していることを突き付けられたようで、悔しかった。


 一年にも及ぶ巡幸でミーナがどうしても果たせなかったのは、クオンの心をつかむことだった。

 彼のミーナに対する態度は、まるで兄が妹を――彼の方が年下にも関わらず――思いやるような感じで、とても婚約者として意識しているようには見えなかった。

 時には色仕掛けのようなこともやってみたのだが全く効果がなく、彼の口から出るのはいつも政人のことだった。

 これでは女としての自尊心も傷つくというものだ。


(クオン君はまだ子供なのよ。もう少し大人になってくれれば)


「クオン君、私は――」

「ミーナ殿!」


 マニッサが鋭い声でミーナの言葉を遮った。「陛下と呼ばれよ。あなたはまだ王妃ではないのだ。(おおやけ)の場では君臣(くんしん)の礼をわきまえてもらわねばならぬ」


(この女、私に拾われたくせに、すっかりクオン君になついてるわね)


 だが、彼女の言う事はもっともなので、素直に謝ることにした。


「失礼しました、クオン陛下。

 確かに、私も自分が政治に関わってみて、改めてマサトさんのすごさに気付いたわ。『この人に任せておけば大丈夫だ』という気持ちにさせられるのよ。

 一年前は自信がなさそうだったマサトさんが、今ではすっかり自分がリーダーであることを自覚していて――」

「ミーナ殿、マサト殿下と呼ばれよ」


(まったく、マニッサは堅物すぎるわ。彼女を親衛隊長に任命したのは間違いだったかしら)


 ミーナは、人事に対する自分の能力を疑わざるを得なかった。

 自分が選んだ大臣たちは、ある意味優秀ではあったのだが、その役職にふさわしくない人物ばかりだった。


 それに対し、政人の行う人事は全て適材適所と言える。

 中年のひきこもりだったキモータを内務大臣に抜擢したときは誰もが怪しんだものだが、彼は今では政府に欠かせない人間になっている。


 ミーナが特に批判したのは諸侯を大臣に任命したことだったが、それもかなり上手くいっているようだ。

 あれから一年が経ったが、彼らは大臣としてしっかりと行政を担い続けている。

 無能と思われたルロア公でさえも、海軍大臣としてまずまずの実績をあげている。彼は面倒なことは部下に丸投げする性向があり、それが良い方向に働いているようだ。


「あの、ミーナさん、自信を持ってください。僕は絶対にミーナさんから離れませんから」


 コウモリビトの官房長官、ロビンが健気なことを言った。

 彼もラフィアンと同様、自分から影の評議会で働きたいと言ってきた人物だ。

 その理由は、ミーナが好きなので力になりたい、という呆れたものだった。


 もちろんミーナは、自分はクオンの婚約者だからと断ったのだが、ロビンはそれでもいいから彼女のそばにいたいと願った。

 馬鹿な男だと思いながらも、ミーナは彼を官房長官に任命した。その忠誠心と能力は使えると判断したからだ。


 ロビンは恋愛については馬鹿だが、頭の働きは悪くない。ミーナは彼を使い倒すつもりだった。

 彼の気持ちに応えるつもりが全く無いことは、言うまでもない。


(たとえ馬鹿でも、裏切らない味方は貴重だわ。せいぜい私のために働いてね)



 イギリスの作家、サマセット・モームはその代表作『月と六ペンス』の中で、こんなことを書いている。


『愛していない男に言い寄られるとき、女は最高に残酷になれる』と。




―――




 入り口の扉の上には、「薬のマトイ屋商店」と書かれた大きな看板が掛けられていた。

 マトイ屋はカルデモン公領に本店がある薬屋だ。安くて質の良い薬を扱っているため、かなり繁盛しているようだ。

 ここは王都における支店である。


 政人が「準備中」と札のかかった扉を開け、店内に足を踏み入れると、鈴の音がチリンと鳴った。

 目の前には腰までの高さのカウンターがあり、その下のガラスのショーケースには、様々な色や形の薬の見本が並べられていた。


「すまないね。開店は三日後なんだ。また来てくれるかな」


 奥の部屋から低く落ち着いた声が聞こえ、しばらくして若い女性が現れた。

 目は一重まぶたの切れ長で、唇は薄い。緑色の髪をショートボブにしている。

 背が高く、モデルのようなスラッとした体型をしており、街ですれ違った男はきっと振り返るだろうと思われた。

 彼女こそが影の外務大臣、マトイ・マローリンである。


「いや、俺たちは客じゃない。俺は摂政のフジイ・マサト、こいつは官房長官のハナコだ」


 紹介されたハナコは頭を下げることもなく、ふんぞり返っている。

 影の外務大臣である彼女を警戒しているのだろう。


「ふふ、最初に王都に来た日に紹介されたから、もちろん覚えているよ、摂政くん」

「せ、摂政くん!?」

「気に障ったならすまない。ボクは親しくなりたい相手には愛称で呼ぶことにしているんだ。もちろん、公の場ではちゃんとやるけどね。ダメかい?」

「まあ、好きに呼んでくれればいいさ。俺も君をマローリンと呼ばせてもらおう」

「ふふ、嬉しいね。摂政くんと友達になれるなんて」


 彼女の口元には常に微笑が浮かんでいて、何とも言えない色気がある。


「それにしても、ずいぶん早く店を用意できたな」


 政人が店内を眺めて言った。もう、いつでもオープンできそうに見える。


「居抜きのいい物件が見つかったんでね。ミーナくんには申し訳ないが、ボクが王都に来たのは店を出すのが第一の目的でね。もちろん影の外務大臣の仕事も忘れているわけじゃないが」

「ずいぶん虫のいい話であるな。外務大臣は片手間にできる仕事ではないぞ」

「そうだね。やっぱり薬屋に専念するべきかな」


 ハナコの言葉に、あっさりとそう答えた。


「王都の周辺には貴重な薬草がたくさん生えていてね。見たことのない薬草もたくさんあるんだ。本当に来てよかったよ。今、新しい薬の調合に成功したところなんだ。ハナちゃん、飲んでみるかい、腹痛がおさまるよ」


「我は腹痛ではないし、実験台になるつもりもないぞ。それとハナちゃんではなく、ハナコである」


「そうか、残念」


 マローリンは特に残念でもなさそうに言った。「それで、摂政くんがここに来たのは何の用かな? やはり、ボクに影の評議会をやめさせるのが目的かい?」


「俺がやめさせなくても、やめるつもりなんじゃないか?」

「うーん、ボクを評価してくれたミーナくんに対して、さすがにそこまでの不義理はできないかな。この店が軌道に乗ったら、ぼちぼち影の外務大臣の仕事もしていくよ」


(充分に不義理だと思うが)


「ミーナは優秀な人材を発掘する能力はあるんだ。だが残念なことに、その人材を適材適所に置くことができないでいる。これは仕方がない事だと思う。彼女は所詮『野党』であり、人事権には限りがあるからだ」

「それで、全ての役職の人事権を持つ摂政くんが、代わりに適材適所の人事をしているのかい? デルタドールさんとルーガーとロットを、別の任務につけたそうじゃないか」

「彼らは成り行きでそうなっただけだ。俺が本当に別の任務につけたいのは、君だけだ。君のことは調べさせてもらった。君こそが、俺が求めていた人物だとわかった」


 マローリンの素性を調べていた調査員によれば、彼女は薬屋として優れた技術と商才を持ち、人間性への深い洞察力を備え、そして好奇心に富んでいる、とのことだ。

 政人も彼女と話をしてみて、信頼できる人間だと感じた。そんな彼女にぜひやらせたい仕事があるのである。


 ちなみにコウモリビトのロビンも、彼が飛行能力を持っていれば別の任務を与えようと考えていたのだが、残念ながらそうではなかった。


「うれしいこと言ってくれるじゃないの。それで、いったい何をさせるつもりかな?」

「王都に支店を出すそうだが、そんな小さな商売じゃ物足りなくはないか? どうせなら、もっと大きなことをやろう」

「大きなこと?」

「販路を全国に広げよう。つまりレンガルドの全ての国で、マトイ屋の薬を売るんだ」

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