17.ソームズ家一等事務官イルゼイ・バーラ
ようやくガロリオン王国行きの船が手配できたとの連絡を受け、政人、ルーチェ、タロウの三人で庁舎へ向かった。
代官の執務室に入ると、正面の机に代官が座り、来客用のソファーに二十代後半ぐらいの女性が座っていた。
女性は緑色の髪を肩のところで綺麗に切りそろえ、ノーフレームの眼鏡をかけている。
服装は、この世界の文官がよく着る、ゆったりとした長いローブを着ていた。
顔は美人とまでは言えないが、物柔らかな表情で、常に口元に微笑を含んでおり、大人の女性の余裕を感じさせた。知的な印象を受ける外見だ。
「こちらはガロリオン王国、ソームズ家で貿易を担当されているイルゼイ・バーラさんです」
ソームズ家はガロリオン王国の諸侯家の一つだそうだ。諸侯とは普通の貴族よりもはるかに格上の存在で、王から領地を与えられた者である。
代官に紹介されたバーラは立ち上がり、名刺を差し出してきた。
「ソームズ家の一等事務官を務めている、イルゼイ・バーラと申します。主にメイブランドとの貿易を担当しております。こちらでの仕事も終わりましたので、荷積み作業が終わり次第帰ろうと思っていたところ、フジイ様がガロリオン王国行きの船を探している、と伺いました。でしたらどうぞ、私たちの船にお乗りください。精一杯お世話致します」
(いかにも仕事ができる女性、と言う感じだな)
「俺はフジイ・マサトと言います。メイブランド教六神派の調査のため、ガロリオン王国まで行く予定です。今回は俺たちの要望を受け入れてくれて、ありがとうございます。ガロリオン王国までの船旅の間、お世話になります」
それから政人は、ややくだけた感じで続けた。「どんな説明をされたかわかりませんが、俺は神聖国メイブランドの重要人物というわけではないんです。ただ個人的な理由で旅をしているだけなので、そんなにかしこまらないでください。俺のことはマサトで構いません」
イルゼイはにこやかな笑顔を崩さず、答えた。
「では、私のこともバーラと呼んでください。そちらの方は?」
「こいつはガロリオン王国への同行者で、ライバー・ルーチェ。こっちは俺のペットのタロウです」
「よろしくな。アタシのことはルーチェでいいよ」
「あの……タロウです。よろしくお願いします」
挨拶が済んだところで、ルーチェが提案する。
「なあ、船見せてくれよ。アタシ、船に乗ったことないんだ」
「わかりました、ご案内します」
四人で庁舎を出て、港へと向かった。
歩きながら話をする。
「六神派の調査というと、闇の神殿に行かれる、ということですか?」
「闇の神殿?」
「ああ、神殿といっても別に由緒ある建造物というわけではなく、六神派の連中が廃墟を占拠して、勝手にそう呼んでいるだけです。
連中は闇の神殿の周りに町を造り、まとまって住んでいるんです。
まあ、行かれるのでしたら気を付けてください。
連中は五神派に敵意を持っているので、何をしてくるかわかりませんから」
(俺は五神派ってわけではないんだけどな……それにしても、この人の口調からも六神派が嫌われているのがわかるな)
「いずれはその、闇の神殿とやらに行くことになるかもしれませんが、まずは情報収集をしたいですね。ガロリオン王国のことについて、いろいろ教えてもらえませんか?」
「もちろん構いませんよ、何について知りたいですか?」
「ソームズ公というのはどんな方ですか?」
「ソームズ・ウィリー公はまだ三十二歳と若く、武勇と知性を共に備えた方です。また、とても領民思いの方でもあります」
「ソームズ公領はガロリオンの諸侯領の中でも、最も経済的に豊かで、人口が多いと聞いたことがあります」
「よくご存じですね」
バーラはニヤリと笑った。「特産品のガラス製品を世界中に輸出しているんですよ。今回メイブランドへ来たのも、ガラス製品を売るためなんです」
ソームズ公領のガラス工芸技術はレンガルド一で、美術品としても価値が高い。
「神聖国メイブランドはあまり他国との貿易には熱心ではなく、限られた国しか相手にしないと、聞いたことがありますが」
「そうなんですよ。私が三年越しに交渉を続けて、ようやくソームズ家は貿易の許可をもらえたんです」
(やはり有能な人なんだな)
「それと人口についてなんですが……マサトさんはガロリオンの諸侯領の中で、とおっしゃいましたが、実は今は、王家の直轄領よりも人口が多いんですよ」
「そうなんですか?」
ガロリオン王国は、王家であるヴィンスレイジ家の当主が代々王位を継いでいる。
そして王の下には、王により領地を与えられた諸侯が、領主として各地を治めている。
諸侯は現在六人いる。
つまり、一人の王と六人の諸侯によって、ガロリオン王国は統治されているのだ。
諸侯は自治権を有しており、独自に内政を行っている。
諸侯は王に対して忠誠を誓っているため、有事の際には王の命令により各自、兵を率いてはせ参じることになる。
「実は近年、ヴィンスレイジ王領から人が流入してくるんです。あまり大きな声では言えないのですが、今の国王になってから、増税に次ぐ増税が行われて、住民は困窮しているようなんです」
「なんのために増税を? 戦争でもするんですか?」
「それが……王と王太后の贅沢のためなんです」