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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第五章 摂政殿下の政

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159.ルーチェと遊撃隊

「全員武器を捨てなさい!」


 ルーチェの大声が、あたり一帯に響き渡った。


「わ、わかった、降伏する。だから殺さないでくれ」


 遊撃隊の三千の騎兵に包囲された五百人の盗賊たちは、次々と武器を捨てていった。



 ルーチェの率いる遊撃隊は、領内の治安を守るため、各地を巡回していた。

 その途中、盗賊団のアジトの情報を入手し、襲撃をかけたのである。


 全員が武器を捨てたことを確認し、彼女は宣告する。


「あなたたちを逮捕し、王都へ連行します。抵抗の動きを見せれば、容赦はしません」


 言われなくても、彼らに抵抗する気はなかった。ルーチェの迫力に気を呑まれてしまっている。


(どうやら、貧しさのために盗賊に身を落とした者たちのようね)


 農民上がりの盗賊では、とても正規軍の相手にはならない。

 ましてや遊撃隊は、その中でも精鋭中の精鋭である。


「隊長が()()するまでもなかったのではないですか? 新兵に実戦を経験させてやるいい機会だと思いましたが」


 副隊長のリンドが声をかけてきた。彼はルーチェが信頼を置く熟練兵であり、その戦歴は二十年を超える。


 彼の言う「威圧」とは、オルティニア街道の戦いでも見せたルーチェの特殊能力、「雷獣の咆哮(ほうこう)」のことである。

 魂をこめた声を発することにより、敵の戦意を失わせることができるのだ。

 逆に味方に対しては、戦意を高揚させる「鼓舞」の効果がある。


「リンド、彼らは盗賊と言っても自国民であり、アタシたちの練習台として殺してもいい相手ではないわ。罪を償い社会に復帰すれば、王国にとって大事な働き手となってくれる存在よ」

「はっ、その通りです。失言でした、お許しください」

「いいわ。これからも思ったことがあれば発言して」


 リンドに注意はしたものの、実際のところ、ルーチェ自身も物足りなさを感じている。

 喉元過ぎればなんとやらで、オルティニア街道の戦いのような、生死の境で槍を振るう、あの肌がひりつくような感覚を懐かしく思っているのだ。


 政人の恋人となってから物腰は柔らかくなったとはいえ、彼女は根っからの戦士なのだ。


「全軍、王都へ帰還します。捕虜からは目を離さないように」

「はっ!」


 盗賊たちはこの後、簡単な裁判を受け、労役に服すことになる。

 荒れ果てた王領を復興させるには、人手はいくらあっても足りない。


 政人は犯罪に手を染めた者であっても、貴重な労働力になると考えており、彼らをできるだけ殺さないようにと軍に指示を出していた。もちろん、兵士の命が最優先ではあるが。


 ルーチェにとっては、敵味方双方に被害を出さずに制圧することは、容易(たやす)いことだった。


(これなら、マサトも褒めてくれる)


 最愛の恋人の期待に応えている自分が誇らしかった。

 だが、その一方で不満もある。

 会える時間が少ないのだ。


 政人は摂政として、この国全体の事に目を配らなくてはならない。その忙しさは想像すらできない。

 ルーチェも今回の領内巡検で、もう二週間も王都に帰っていない。

 二人とも、偉くなりすぎてしまったのだろう。


 政人とルーチェがメイブランドの王都デセントを出発してからは、ずっと一緒に旅をしていた。

 彼女の隣には、常に政人がいた。

 あの頃が懐かしかった。


(アタシ達、これからどうなるんだろう)


 かつての彼女なら、未来のことを考えることはなかった。その日一日を楽しく生きていれば満足だった。

 今は、将来に対する漠然とした不安がある。


 以前は、自分の好きなように生きることができていた。

 今は、偉くなった代わりに、自由を失った。


(今のアタシを父さんが見たら、どう思うかしら。別人だと思うかもしれないわね)


 父の事を考えて、自分が親不孝者であることに気付いた。

 ゾエの町で別れて以来、手紙ひとつ出していない。さすがにこれはひどい。


 あまり不義理が過ぎると、政人にも愛想をつかされるかもしれない。

 せめて、結婚式には父を呼ぶべきだろう。


「け、結婚!?」


 自分の考えの飛躍に、思わず声が出てしまった。


「どうされました? 隊長」

「あっ! いや、今のはその……」


 リンドがニヤニヤしながらこっちを見ていた。

 いや、彼だけではない。

 部下の兵士たちの彼女を見る目が、生暖かかった。


「隊長、ぜひ俺も結婚式に呼んでください!」

「あ、俺も俺も!」

「そうだ! みんなで、マサト殿下と隊長の結婚を祝福しようぜ!」


 政人とルーチェの関係は、知らぬ者はいない。


「お、ま、え、ら」


 ルーチェの髪が逆立った。「王都に帰ったら、死人が出るまでしごいてやるからな!」


「ひどい!」


 兵士たちは文句を言いつつも、それがルーチェの照れ隠しであることを理解していた。

 彼らのほとんどは、もともとジスタス公領の出身だったが、ルーチェの人間的魅力にひかれて付いてきた者たちである。


 この絆こそが、ルーチェの遊撃隊の強さであろう。




 ルーチェが二週間ぶりに王都に入って気付いたことは、街がきれいになっていることだ。

 道路にはゴミ一つ落ちていない。


 住民たちには、自分たちが住む地区を当番制で清掃するように、指示されているからだ。

 汚い所に住んでいれば、心も(すさ)んでくる。逆に、街がきれいであれば、そこに住む人々の心もきれいになる。

 そう考えたのは、内務大臣のキモータである。


 掃除をしなかったからといって罰則はないのだが、人々は素直に従っている。

 それが良いことだと彼ら自身も理解したからだろう。


 政人が政務を執るようになってから、まだ二ヶ月ほどしか経っていないが、最初の頃とは比べ物にならないほど、人々の表情は明るくなっている。


 貧民に対する食料の給付により、飢えて死ぬ不安は無くなった。

 そして、全領民に対して一万ユールを給付するという、史上例を見ない驚きの政策が実行された。

 当然、政人に対する支持率は高くなる。


 一部の知識人の間では財政の破綻を心配する声もあるが、「摂政殿下ならきっと何とかしてくれる」というのが民衆の気持ちだった。


 ルーチェももちろんそう思っているのだが、彼に任せきりにするつもりはない。


(アタシはマサトを一人にしないと誓ったのだから)


 そのために自分に何ができるかを、常に考えている。

 今は、与えられた任務を全力で全うするしかないのだろう。




「報告します。遊撃隊は領内の巡検を終え、ただいま帰還しました! また、捕えた五百人の盗賊は、官吏に引き渡してあります!」


 ルーチェは陸軍大臣のソームズ公に報告をした。


「ご苦労だった。そこにかけたまえ」

「はい」


 彼女はソームズ公と向かい合うように、腰を下ろした。


 ここ、陸軍大臣の執務室には、常時十人以上の人間が働いており、活気がある。

 ソームズ公は、参謀のオルヴィスをはじめ、自分の領地から部下を連れてきており、今も彼らは机を並べて書類仕事に従事している。


「兵士の中から、警察官となる人員を提供することになってな。今はその選別で忙しいのだ」

「警察官……ですか?」

「今まで町の治安を守る仕事は軍が担っていたのだが、軍務の片手間であったため、十分に機能していたとは言い難い。そこで、治安維持を専門とする組織として警察をつくることに決まったのだ。これは内務大臣の発案になる」


(内務大臣……あの怪文書を書いた、キモータという奴ね)


 彼を内務大臣に起用したと聞いたときは、改めて政人の度量に感じ入った。

 自分を激しく批判した人間であっても、重職に抜擢してしまう。

 普通はできないことだ。


 実際に、キモータはかなり有能だったようだ。

 政人の人物を見る目が優れていたということだ。


「遊撃隊から警察に異動させることはないので、君は今まで通り軍務に励んでくれればよい」

「はい」


 遊撃隊の兵士たちは、特に戦闘に秀でた者たちであり、その真価は戦場でこそ発揮される。

 ソームズ公は遊撃隊に限らず、全軍を職業兵士のみで構成される常備軍にしようとしているが、それにはまだ時間がかかりそうだ。


「ところで、クオン陛下の即位記念祭の日取りが決まった。メインイベントは陛下を中心としたパレードだが、外国からも多くの要人が王都にやってくる」


「それは楽しみですね。そういうのは、大好きです」


 ルーチェは微笑んで言った。「では、アタシたちは警備を厳重にしなければなりませんね」


「いや、遊撃隊は警備に参加しなくてもいい。その代わり、君には即位記念祭の間、マサト殿下を警護する任務を与える」

「えっ? よろしいのですか?」

「うむ、責任は重大だぞ」

「はっ、お任せください!」


 彼女はソームズ公の粋な計らいに心の中で感謝した。


 政人の警護はタロウがいれば十分なはずだ。

 ルーチェが政人のそばにいる時間を作ってくれたということだ。


「詳しい話は殿下から聞くといい。君が帰ってきたら顔を見せるようにと、殿下から言われている。すぐに会ってきたまえ。今日はもう、君の仕事はない」

「でも、殿下は今、忙しいのでは?」

「あの方はいつだって忙しい。だが、君がいて邪魔になることは絶対にないから、心配はいらん」

「わかりました。すぐに行ってきます」


(今日はマサトと一緒にいられる!)


 ルーチェは部屋を出ると、摂政の執務室へと向かった。

 早足になってしまうのは、仕方がなかった。

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