16.タロウとルーチェの決意
翌日、朝食を食べた後、政人はタロウを連れて散歩に出かけた。
特にどこに行こうと決めているわけでもなく、政人はあっちへ行ったり、こっちに曲がったりと気の向くままに歩いている。
そしてタロウは黙ってついてくる。
全く会話はない。
だが、どちらもそれを気にする様子はない。
(沈黙が苦にならないな)
一人で歩いているような気安さがありながら、同時に、後ろを歩くタロウの気配に、人のあたたかさも感じる。
「先生、おはようございます!」
途中で何度か、防衛軍の兵士に頭を下げて挨拶された。まだ制服ができていないので、どう見ても「その筋の人」にしか見えない。
政人はそれに「ああ、おはよう」と適当に返している。
その様子を見て、タロウは最初は驚いているようだったが、次第に誇らしげな顔つきになってきた。
「オレの御主人様は偉いんだぞ」とでも思っているのかもしれない。
散歩中に公園によって、また例のボール遊びを始めた。
政人がボールを投げ、それをタロウが拾ってくる。
タロウはダッシュを繰り返しているにもかかわらず、疲れる様子も見せず、楽しそうに走っている。
(人間よりも身体能力が高いとは聞いていたが……こいつはイヌビトの中でも別格なんじゃないか?)
散歩から帰ると、政人はタロウに読み書きの勉強を教えた。
練習プリントを渡し、ひたすらレンガルド語の文字のなぞり書きをさせる。
タロウは驚くべき集中力で、一心不乱になぞり書きをする。
政人が褒めると、さらにやる気を出して、この退屈なはずの勉強を続ける。
あまりにも根を詰めるので、ときどき休憩をとるように命令しなければならなかった。
政人はイヌビトにとっての「命令」の重さを実感した。
そして政人は、自分は異世界人であることをタロウに打ち明けた。
今までのこと、これからの予定を説明すると、タロウは神妙に聞いていた。
「オレは何をすればいいですか?」
「何かしてもらいたいことがあれば、その都度命令するが、本業は勉強だ。俺が読み書きと算数、余裕があれば歴史を教えてやる」
「でも御主人様は忙しいんじゃ……」
「そのくらいの時間は取れる。それに……すぐには無理だろうが、俺の命令がなくても自分で判断して、適切な行動を取れるようになってほしいんだ」
「それは……難しいです。オレはずっとペットショップにいた世間知らずですから」
「だから勉強するんだ、いろいろなことをな。俺だってこの世界に来て、まだ四ヶ月ほどしか経ってないんだ」
「御主人様はすごい人です。でもオレは……」
そこでタロウは言いかけた言葉を引っ込め、決意を口にした。「いえ、わかりました。勉強してお役に立てるようになります」
「ああ、頑張れ」
政人はタロウを飼うことにして正解だったな、と思った。
ルーチェがおかしな事を言い出した。
「アタシもマサトと一緒にガロリオン王国まで行く」
夕食後、大事な話があると言って全員を集め、宣言したのだ。
「突然何を言い出すんだ」
「突然じゃない。ずっと前から考えてたんだ」
ルーチェは政人の目をじっと見つめて言った。「ずっと一緒にいてわかった。マサトは能力も人柄も最高だ。アタシは王都の退屈な連中しか知らなかったから、こんなすげー奴がいたのかと度肝を抜かれた」
政人はこんなにストレートに褒められるとは思わず、驚いた。
「大げさだな」
「大げさじゃない! アタシはマサトのことを、光の勇者と一緒に付いてきたオマケで、無能な人間だと聞いていた。でも違った! マサトは勇者じゃないかもしれねーが、勇者にはない力を持ってる!」
それからルーチェは、深く息を吸っては吐き、気持ちを落ち着けてから言った。
「マサトはいつか大きなことを成し遂げる気がする。アタシは近くで、それを見ていたいんだ」
(なぜだろう……ルーチェにそう言われると、本当に自分が大人物のように思えてくる)
「もう、親父の許可は取ってある」
「えっ!?」
驚いて、隊長を見る。
「そんなことを言い出すような気はしていました」
隊長はそう言うとルーチェの方に顔を向けた。「こいつはがさつで頭も良くないですが、槍の腕は確かで、マサト殿のお役に立てるはずです」
「それは、確かにそうだと思うが」
「それに、マサト殿にならルーチェを任せても、私は安心です」
(変な意味じゃないだろうな)
「ルーチェの分の旅費として、三万ユールお渡しします。馬も三頭提供しましょう。どうか連れて行ってやってもらえないでしょうか」
政人はルーチェの宣言に驚いたが、考えてみれば悪い話ではない。
ボディーガードが務まるイヌビトを確保できなかった代わりに、ルーチェが一緒にいてくれるのは願ってもないことだ。
それに女として、という意味ではないが、ルーチェのことは好きだ。
一緒にいて楽しいし、気を遣う必要のない相手なので楽である。
「わかった、それじゃこれからもよろしく頼む、ルーチェ」
「おう、任せとけ!」
(俺は独りじゃない)
タロウとルーチェがいることを考えると、未知の世界へと旅立つ不安感が薄れていった。




