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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第五章 摂政殿下の政

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158.クマのぬいぐるみ

 政人は諸侯たちの前で問題発言をしたキモータを退場させたが、後にはなんとも気まずい空気が漂っていた。


「すいません、どうやらアルコールが効きすぎて、かえって症状が悪化したようです」


 政人は一同に頭を下げた。「キモータの発言は酒が言わせたものであって、決して彼の本意ではないでしょう」


「そうかしら? 酒は新たなアイデアを生み出しませんよ。思っていたことが外に出てくるだけです」


 タンメリー女公が白けた顔で言った。


「酒は人を魅する悪魔だと言われています。どんなに優れた見識の持ち主でも、酒には狂わされます」


 ロッジが取りなそうとする。「それでも、キモータ殿は良いことも言いました。旧貴族から特権を取り上げ、高額納税者に新たに爵位を授けるというアイデアは、採用してもいいのでは?」


「ジスタス公はお人好しだな。あの男は我々も旧貴族と同様、国家にとって無用な存在だと考えているのだぞ」

「なんだ、あの無礼な男は! 殿下、内務大臣など即刻解任すべきです!」

「彼はどうも、権力者に対する暗い怨念を持っているようですね。そんな私情を政治に持ち込むことは、百害あって一利なしでしょう」


 ソームズ公とルロア公、そしてマッツはキモータに対する不信感を隠さない。当前だろう。


 だが、政人はキモータに酒を飲ませたことを後悔はしていない。

 ロッジが言うように、いい意見も聞けたからだ。


 改めて彼を内務大臣に抜擢したことは正解だったと思った。

 大臣たちの中で政人と同じ側に立っているのは、つまり諸侯の力を削り、中央集権を進めるという政人の方針に同調しているのは、彼だけなのだ。


「キモータは諸侯の皆さんの事を良くは思っていないのかもしれません。

 また、酔うと言うべきでないことを言ってしまいます。

 それは確かに彼の欠点です。

 でも、欠点があるからと言ってすぐに解任していては、人は育ちません。

 彼には欠点を補って余りある才能が有り、それはこの国に必要なものです。

 どうか長い目で見てやってもらえませんか。

 彼はずっと引きこもっていたので、社会に出たのは今日が初めてなのです」


「僕からもお願い、彼を許してあげて。僕も人付き合いが苦手だから、あの人の気持ちがわかるんだ」


 政人とクオンからこう言われて、諸侯たちは渋々と怒りを収めた。


「御主人様、それでは、会議を進めてもいいであるか? 次は我の発表の番であるが」


「そうだな……」


 政人は、キモータの席を指さした。「リンカさん、せっかくなのでそこに座ってはどうだ?」


 空いている席があるのに、リンカが一人だけ立っているのは違和感がある。


「せっかくのご厚意ではありますが、やはりマスターの隣に座るのは恐れ多いでございます」


 彼女はそう言うと、さっきキモータにもらったクマのぬいぐるみを、大事そうに持ち上げた。

「代わりに、クマちゃんを座らせてあげたいのですが、よろしいでございましょうか?」


「まあ、構わないが……」


 政人がそう答えると、彼女は退場させられたキモータの席に、クマのぬいぐるみを載せた。

 大臣たちが居並ぶ円卓の一角に、クマのぬいぐるみが座を占めるという異様な光景が出現した。


(昔のテレビ番組で、こんなことがあったらしいな)


「それでは我が報告をするであります」


 ハナコが一同を見回して言った。「と言っても、我は就任したばかりゆえ、まだ実績はないのであります。そこで、これからやりたいと思っていることを提案するであります」


 官房長官の任務は、政人の補佐、評議会の調整役などが主な仕事だ。また、官僚のトップでもある。

 やろうと思えば何でもできる立場である。


「まず、宗教界の管理をしっかりせねばならんのであります。特に、性悪女がおかしなことをせぬよう、目を光らせておかねばなりませぬ」

「性悪女?」


 ロッジが聞き返す。


「サンフレア聖司教のことだ。ハナコ、ちゃんと名前で言いなさい」


「ごめんなさいである」


 ハナコはあまり気にした様子もなく、続けた。「今まで国はメイブランド教の僧侶たちを放任しすぎていたと思うのであります。今後は、六神派の保護も含めて、我々が責任を持って管理するのであります」


「ハナコさんの言う通りですね」


 女公が同意した。「宗教の担当は誰ですか?」


「内務大臣です」


 政人がそう答えると、一同は不安そうな顔でクマのぬいぐるみに視線を向けた。


「あの汚らしい男に務まるのかね?」と、ルロア公。


「彼は仕事に慣れてくれば、その有能さを発揮するでしょう。俺の方でもキモータの面倒を見ますから、安心してください」

「まあ、殿下がそう言われるのなら……」


「では、次であります」


 ハナコが続けた。「貧しい者も病院で診察を受けられるよう、医療費の一部を公費で負担しようと思うであります」


「国庫にそんな余裕があるのか? ただでさえ、財政赤字なのだろう?」


 そう言ったのはソームズ公だ。


「それでも、やらなければなりませぬ。病気になってもお医者さんに診てもらえないなど、あってはならないことであります。国民の健康を守ることは、国家の大事な務めであります」


「ハナコさん。ヘルンの町の冒険者ギルドのように、医療保険を導入してはどうかしら?」


 女公が言ったが、ハナコは賛成しなかった。


「閣下、領民は貧乏ゆえ、保険料を払えませぬ。だから、税金を使って面倒を見てやらねばなりませぬ」

「まあ、そうですね。では新たな医療制度をつくる必要があります。殿下、医療は誰の管轄ですか?」

「内務大臣です」


 政人がそう言うと、女公は大げさにため息をついて見せた。


「それでは()()()内務大臣の手腕に期待しましょうか」


 こうして、キモータが医療制度を整えることに決まった。


「それでは、次であります。人々には、もっと娯楽が必要だと思うのであります」


「娯楽か……」


 政人は難しい顔をして言った。「それも大事だが、まずは人々の生活を支えることが優先だろう。衣食住が満ち足りてからの話だな」


「それでは遅いのである」


 ハナコは引かなかった。「国は『健康で文化的な最低限度の生活』を保証しなければならないはずであろう。生きているだけでは文化的とは言えぬぞ」


「例えば、どんな娯楽を考えてるの?」


 クオンが興味深そうに聞いた。


「以前、クロアの町で『演劇』を見たことがあります。とても面白かったであります」


(そういえば、そんなことがあったな)


 クロアの町と聞いて、一同は思い思いの感慨にふけった。失われたものは、二度と戻らない。


「演劇を見れば、みんな心が豊かになり、生きる活力がわいてくるのであります。また、そこから上がる収益で国庫も潤うのであります」


「それはそうかもしれないが……」


 政人は顔をしかめた。「そのために新しく劇場を建設するのか? そんな予算はないぞ」


「御主人様、お金の心配ばかりしていると、ハゲるのである」

「ふざけんな」


「民間の力を活用してはどうでしょう」


 マッツが言った。「王都にいるのは、貧しい者ばかりではありません。戦争中にうまく立ち回り、莫大な財を築いた者もいます。彼らに出資と運営を任せてはどうでしょうか?」


「戦争成金か。そんな奴らが信用できるのか?」


 ルロア公が疑わしげに言った。


「バンベリー卿に話を持ちかけてみては、どうでしょうか」


 アモロが言った。「彼は王都に住む富裕な貴族ですが、慈善事業も積極的に行う人格者として知られています。大衆のための娯楽施設の必要を説けば、協力してくれるかもしれません」


「バンベリー卿の噂なら、私も聞いたことがあります。多くの馬を所有しているので有名ですね。若いけれど誠実な人だそうです。彼なら信用できるのではないでしょうか」


 マッツは賛成した。

 政人も、国がやらねばならない事業以外は、財政の負担を軽くするために、民間に委託するのがいいだろうと思った。

 いわゆる「小さな政府」の実現である。


「では、そのバンベリーという人に話をしてみるのである。御主人様、大衆娯楽は誰の担当であるか?」

「内務大臣だな」


 それを聞いたハナコは眉をひそめた。


「変態男に交渉は任せておけぬのである。ここは我に任せよ」

「そうだな、頼む」


 あまり仕事を増やすと、キモータが過労死するかもしれないので、できることは分担した方がいいだろう。


「それでは次であります」

「まだあるのか」

「おう、まだあるのである。王家の収入を増やす、いい方法を思いついたのである」

「ほう、何だ?」

「領内には、王太后が造った離宮が三つあるのである。これらを使わずに、遊ばせておくのはもったいないのである」


 かつて王太后は建築に熱中しており、自分のための宮殿を各地に造らせた。

 その工事費用のために財政が悪化し、国が傾くことになった。いわば、負の遺産である。

 今は廃墟に近い状態になっているが、これを活用することをハナコは提案した。


「なるほど、いいところに目をつけたな」


「エッヘンである」


 政人に褒められて、彼女は上機嫌だ。「それで、離宮を観光地に変えようと思うのであります。あそこには温泉があるし、景色もいいから、人気が出るでありましょう」


「それは素晴らしい案ですね」


 女公もハナコを褒めた。「他領や他国からも観光客を呼べば、彼らがお金を落としていってくれるでしょう」


「観光客を呼ぶためには、広く宣伝することが必要だな。ヘルン新聞に広告を出すか」と、ソームズ公。


「記事としても取り上げてもらえるかもしれません。そうなれば、広告料を払わずに効果的な宣伝ができます」と、アモロ。


「うむ、御主人様、観光は誰の管轄であるか?」

「内務大臣だな」

「では、この件は変態男に任せるのである」


 キモータの仕事は、彼がいない間にどんどん増えていった。

 今までの人生で働かなかった分を、一気に取り返すことになりそうである。


(キモータの部下として、優秀な官僚たちをつけてやる必要があるな)


「それでは、これが最後の提案であります。陛下の即位を記念して、王都で盛大な即位記念祭を行いたいのであります」

「僕の即位記念祭? 即位式なら終わったけど」

「陛下、即位式に参加できたのは諸侯や高官など、限られた人間だけでありました。即位記念祭は民衆のために行うのであります。民衆は、陛下の姿を見たことさえない者が多いのであります。陛下は散歩をしませぬゆえ」


「王は普通は、そんなことしないよ。摂政なのに毎日城下を散歩してるマサトさんが珍しいんだよ」


 今まで議事録作成に専念していたミーナが、初めて口を挟んだ。


「そうなのであるか? ふむ、だからこそ即位記念祭を行うのであります。そのメインイベントはパレードであります。陛下が馬車に乗って街路を行進し、それを沿道の住民たちが歓声をあげて迎えるのであります」


(なるほど、悪くないな)


「素晴らしい考えでございます。陛下の若くて凛々(りり)しい姿を見れば、みんなの心はパアッと明るくなるでございましょう」


 リンカが心から感心したように言った。


「かなり費用がかかるのではないですか?」


 ロッジが不安そうに言ったが、タンメリー女公はハナコの提案に賛同する。


「もちろん金はかかるでしょうが、こういうのは、中途半端にやっては駄目です。やるのなら、思いっきり豪華なパレードをやりましょう。人々がこれからの陛下の治世に希望を持てるように」


「外国からも国賓(こくひん)を招待しましょう。外交交渉の機会を設けることができます」と、マッツ。


「警備は厳重にする必要があるな。軍を動員しよう」と、ソームズ公。


「ずいぶん大掛かりなんだね。準備が大変そうだけど大丈夫? みんな忙しいんでしょ?」


 クオンが心配そうに言ったが、それには政人が答える。


「それでも、やる価値はあるでしょう。このようなイベントは、ガロリオン王国では久しく行われていませんから。これは王の権威を高め、民衆の愛国心を高める効果が期待できます。また、人々にとっての娯楽にもなるでしょう」


「その通りである。御主人様、これは誰の管轄であるか?」


「内務大臣だな」


 政人はクマのぬいぐるみを見て言った。「でも、みんなで協力しましょう。即位記念祭を成功させ、歴史に残るイベントにするんです」


「異議ありません」


 ソームズ公がそう言って拍手をすると、列席者一同も拍手をし、賛意を表した。


 こうして、評議会の第一回定例会議は、無事に終了した。

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