14.イヌビトの飼い方
そのイヌビトは、背は政人より頭一つ分ぐらい低く、やせていた。
濃いブルーの髪が柔らかそうに波打っており、頭からピンと立った犬耳が二つ突き出ている。ズボンの後ろにあけた穴からは、キツネのような大きな尻尾が出ていた。
線の細い顔は一瞬女の子かな、と思ったが男の子だそうだ。
(女の子がよかったな)
そう思ってしまうのは、政人も男である以上仕方がない。
イヌビトの少年は口元をグッと引き締め、にらむように政人を見上げてきた。
――と思ったら、すぐに顔を伏せた。
(なるほど、確かに不愛想で可愛げがない)
「こちらの方があなたの御主人になってくれるかもしれないのよ。ご挨拶なさい」
店員がうながすが、少年は政人の顔をチラッと見ただけで何も言わない。
「なあマサト、やめとこうぜ」
ルーチェがそんな少年の様子を見て言った。「食費が一人分よけいにかかるだけだろ」
政人はじっと少年を観察している。
しばらく顎に手をあてて考え込んでいたが、ようやく決心した。
「よし、飼おう」
「えっ……?」
と、驚いたように言ったのはイヌビトの少年だった。
何やら信じられないものを見るように、政人を見上げてくる。
「よろしいのですか?」
店員も意外そうに確認する。
政人がうなずくと、「では手続きをしますので、こちらへ来てください」と言って、隣の事務室に案内した。
契約書のようなものを渡され、必要事項を書き込んでいく。住所の欄には「不定」と書いたが、店員はちょっと眉をひそめただけで何も言わなかった。
「イヌビトの飼い方はお分かりですか?」
「いや、あまりわかっていない。食事は人間と同じでいいんだよな?」
「はい、基本的になんでも食べます。個体によって好き嫌いはありますが」
「毎日の世話はどうしたらいい? しつけは必要なのか?」
「イヌビトは賢いので、言葉で教えればすぐに言うことを聞きます。体罰は絶対に駄目ですよ! 虐待になりますからね」
(やるわけないだろ)
「散歩は、できれば毎日してください。三十分以上はしてあげた方がいいでしょうね」
「してあげたほうがいいって……一人で散歩させればいいじゃないか。頭がいいんだから、ちゃんと帰ってくるだろ」
「とんでもない! 飼い主と一緒に散歩することに意味があるんです。そうじゃないとイヌビトは喜びません」
(意外とめんどくさいな)
「それから、一緒に遊ぶ時間もちゃんと作ってください」
「遊ぶって……何をして遊べばいいんだ?」
「好きな遊びはイヌビトによって違いますので、後で本人に聞いてみてください」
それからも店員はアレコレと説明を続けた。そしてようやく終わったかな、と思ったところで――。
「あっ、肝心なことを言い忘れてました」
「なんだ?」
「イヌビトには命令を与えてください」
「命令?」
「イヌビトは飼い主に命令され、それに従うことに大きな喜びを感じるんです。そしてちゃんと命令を実行できたときは、褒めてあげてください。言葉だけで褒めてもいいですが、頭を撫でてやれば尻尾を振って喜びます」
「どんな命令でもいいのか?」
「実行可能な命令にしてください。飼い主の期待に応えられないと、とても落ち込みますから」
「なるほど」
ようやく説明が終わり、四千四百ユール払うと、またイヌビトがいる部屋に連れていかれ、さっきの少年のところに来た。
「よかったわね、この方が御主人になってくれることになったわよ」
「……はい、ありがとう……ございます」
(ちゃんと挨拶できるじゃないか)
「それじゃ行くか、ええと……」
その少年に呼びかけようとしたところで、店員にたずねる。
「名前はなんていうんだ?」
「名前は御主人がつけてあげてください」
いきなり言われてもすぐには思いつかない。ルーチェの方を見たが、
「アタシは飼い主じゃねーからな。マサトがつけろよ」
と、もっともな事を言われた。
(こういうのは苦手なんだよな……まあ、考えすぎてもロクな名前は思いつかないだろうし……)
「それじゃ、おまえの名前はタロウだ」
こうして、タロウを飼うことになった。