133.タロウとアモロ
父親を帰した後、政人はアモロと話し合い、彼を秘書として月三万ユールで雇うことで合意した。
特に高い金額ではないが、残業手当は別に支払う。
いろいろと話をしてみてよくわかったが、彼は十四歳にしては広い知識と深い教養を持っていた。
ヴェネソンと同様に、様々なジャンルの本を読んでいるからだろう。
知識と教養だけでなく知力も高いようで、政人の話をすぐに理解し「それはこういうことですね」と自分なりの見解を加えて質問してきた。
一を聞いて十を知るとはこのことか、と政人は感心した。
彼が信頼に足る人物であると判断した政人は、レンガルドに召喚されてからの、これまでの経緯を話した。
故郷の地球に帰ることを諦め、この国のために生涯をささげる決意をしたことを。
「魔王討伐という大変な仕事を、ヒデキ一人に任せるのは心苦しい。でも、俺はクオンと共にガロリオン王国を豊かな国にすると決めたんだ」
アモロは表情を引き締めた。
「では俺はガロリオン王国を、世界一教育水準の高い国にします」
こいつならやるだろう、と政人は思った。
政人は、アモロをまずルーチェ、タロウ、ハナコに紹介しておくことにした。
「セトルモンド・アモロです。殿下の秘書として使ってもらうことになりました。よろしくお願いします」
彼は、ルーチェたちに向かって頭を下げた。
「よろしくね」
ルーチェはさわやかな笑顔を見せ、アモロの肩をたたいた。
「マサトはとても重い責任を負わされて大変なの。どうか助けてあげて」
「は、はい」
彼は赤くなってうつむいている。
(ルーチェが俺の恋人であることは、後で話しておいた方がいいな)
「御主人様のそばにずっといられるとは、うらやましいのである」
ハナコは、少し納得がいかない様子だ。
政人は、ハナコを秘書にしようかとも考えたのだが、彼女にはもっと大きな仕事をさせたいとも考えていた。
「こう見えても御主人様はすごい人なのである。近くにいれば、学ぶことは多いであろう。励めよ、少年」
「はい」
(この二人も大丈夫そうだな、問題は――)
「タロウ、彼とはこれから一緒にいることが多いだろう。仲良くやってくれ」
「……わかりました」
政人にうながされ、タロウはアモロに向かって、軽く頭を下げた。
「……よろしくな」
「ああ、よろしく」
(やはり、ぎこちないな)
タロウの気持ちは、政人にもなんとなくわかる。
彼は警戒しているのだ。
突然やってきて政人の直属の部下になった、自分と歳が近い少年を。
どちらが順位が上か、などとは考えていないだろうが、ライバル意識は持っていそうだ。
(時間が経てば、仲良くなってくれるだろう)
そう期待することにした。
「国債が全く売れないだと?」
「はい、まだ売り出して一週間ではありますが、一件の買い手もつきません」
フサーレの報告は、政人にとって意外なものだった。
国債が売れなければ、資金を確保できない。
非情にまずい事態なのだが、報告するフサーレの声は嬉しそうだった。
赤字国債など、売れない方がいいと思っているのだろう。
ここは先代のジスタス公も使っていた、摂政の執務室だ。
政人はまだ正式に摂政に就任したわけではないが、既に国政の最高責任者として活動している。
政治的空白をつくるわけにはいかないからだ。
(思い通りにはいかないものだな)
政人は黒檀製の高級な机に肘をついて、考えを巡らせる。
そんな政人の隣に立っているのは、「従士」に任じられたタロウだ。
主な任務は政人の身辺警護である。
この城にいる間は危険はないはずだが、彼は気を緩めることなく警戒を続けている。
近くにある机で書類仕事をしているのは、秘書のアモロだ。
仕事をする人間には、命令された仕事をきっちりこなす者と、自分から仕事を探して動く者がいるが、彼は後者だった。
どちらのタイプが優れているかは一概には言えない。
だが、やることが多すぎて、てんてこ舞いの政人にとっては頼もしく感じられた。
「告知はちゃんと行ったのか?」
「はい、王都内の数か所に公報を掲示しました。また、ヘルン新聞にも広告を載せています」
(まだ一週間しか経っていないし、判断を下すには早いが……)
国債の募集はガロリオン王国全土で行っているが、電信のないこの世界では、情報の伝達速度は遅い。
だから一週間程度では、遠くにいる購入者の情報が入ってこなくても当然である。
それでも、王都の購入者の情報は入ってきてもいいはずだ。
不景気とはいえ、アモロの実家のような資産家も少なくはない。一件も買い手がつかないとは予想外だった。
「ガロリオン銀行はどうした。交渉に行ったのだろう?」
ガロリオン銀行はこの国で最も大きな銀行で、本店は王都にある。
「はい、私が直接頭取と会って国債の購入を勧めたのですが、相手は言葉を濁して、買うとも買わないとも返答せず……」
「今は金利も低くはないし、目先の利く銀行家なら、この話に飛びつくと思ったんだが……」
赤字国債を発行するという案は、皆の反対を押し切って始めた政策だけに、結果が出ないことに焦りを感じた。
「アモロ、意見を聞かせてくれ。赤字国債を発行するというのは、やはり良くなかったのだろうか」
「いえ、そんなことはありません。殿下でなければ思いつかない、斬新で素晴らしいアイデアだと思います」
初めからこの案に賛同したのは、彼が初めてだ。
「では、なぜ買い手がつかないのだろうか」
アモロは顎に手をあてて考え込んでいたが、しばらくして言った。
「おそらく、王家が信用されていないのだと思います」
「信用?」
「前政権の悪政はひどいものでした。領民にとってお上は、自分たちの財産を奪い取る存在です」
フサーレの顔が引きつったが、アモロは構わず続ける。
「そんな王家が、赤字国債を発行したのです。警戒されるのは当然のことかと」
政人はアモロの言わんとするところを察した。
「なるほど、踏み倒しを警戒しているわけか」
国家権力に物を言わせれば、借金を踏み倒すことは可能だ。
もちろんそんなことをすれば信用を失うが、もともと信用されていないのであれば、関係ない。
「そのとおりです。王家はそういうことをやりかねないと思われています。シャラミア女王の悪政は、それだけ酷かったのです」
フサーレは黙っていられなくなった。彼はシャラミアの政権で宰相を務めていたのだ。
「黙れ小僧! 貴様に政治の何がわかるか!」
「ああ、俺にはわかりませんね。あんたは領民が困窮していたにもかかわらず、さらに徴税し、貧民を大量に生み出した」
アモロはきつい口調で難詰した。「そこにどんな政治的意図があったのか、小僧の俺でもわかるように、教えてくださいよ」
「何を!」
「やめろ二人とも!」
政人は二人を黙らせた。「フサーレ、国債については引き続き募集を続けてくれ」
「はい」
フサーレは退出した。部屋を出る前に舌打ちをしたのが聞こえた。
(あいつは俺に命令される立場になったことに、不満を感じているだろうな)
「アモロ、君が言いたいことはわかるが、言葉遣いには気を付けろ。無駄な軋轢を生むことになる」
「しかし、あの男は前政権の宰相でした。あいつがちゃんと庶民の暮らしに目を向けていれば――」
「アモロ、御主人様は言葉遣いに気をつけろと言ったぞ。反論する前に答えろ」
タロウが注意した。
アモロはタロウをちらっと見ただけで、政人に向き直った。
「……失礼しました、殿下。言葉遣いには気をつけます」
彼らが打ち解けるには、まだ時間がかかりそうである。
「でも、どうしましょうか。このままでは資金を得ることができません」
アモロは心配そうだ。
「信用がないのなら、信用を高めればいい」
「どうやって信用を高めるのですか?」
「俺に考えがある。聞いてくれ」
政人は自分の考えを話した。
――それから二日後。
ソームズ公とタンメリー女公が王都に到着した。
これで、五人の諸侯がそろったことになる。
さっそく、クオンの即位式の準備が整えられた。




