13.ペットショップにて
政人はペットを飼った経験はないし、飼いたいと思ったこともない。
だが、耳と尻尾以外は人間と変わらない外見のイヌビトが、さも飼い主と一緒に歩くことが楽しくてしょうがない、という様子で散歩をしているのをみると、自分も飼ってみようかな、という気分になったのだ。
それにイヌビトはただの愛玩動物ではない。人間と同じ体格と知能を持っている。
つまり、人間と同じことができるのだ。
飼い主が命令すれば、たいていのことはこなす。
炊事、洗濯、掃除などの家事もできるし、農作業や大工といった力仕事、店番や書類作成といった頭脳労働も問題なく行う。
身体能力は人間よりもやや優れており、武器を持って戦うこともできる。
政人は今後、見知らぬ土地で「闇の勇者」の情報を集めねばならないが、ペットに手伝ってもらえば、より効率的だろう。
身の回りの世話もさせられるし、賊に襲われたときに守ってもらうことも期待できる。
もちろん、人間と変わらない外見と知能を持つ者を、「ペット」として飼うことに抵抗はあったが、これはレンガルドでは普通のことであり、イヌビトの方でも不満はないそうなので、政人は受け入れることにした。
「イヌビトを飼おうと思う」と政人が告げると、誰も反対しなかった。
ペットショップに向かっている。
「イヌビトかあ……いいなあ、アタシも飼ってみたかったんだけど、王都では飼えねーんだよ。女王がイヌビト嫌いらしくてな」
ルーチェが当然のようについてきた。
「俺一人でも大丈夫なんだが……」
「いいだろ別に、アタシがいても。それより金は持ってんのか?」
「ああ、五万ユールあるので、三千ユールまでは使ってもいいかな、と思ってる」
ガロリオン王国までの旅費として用意してもらった金は、まだ一度も使っていないので、まるまる残っている。
「ユール」は、神聖国メイブランドを含むレンガルドの八王国が、共同出資して設立した「レンガルド中央銀行」が発行している通貨で、レンガルド全土で使用されている。
百ユールあれば安めの食事はとれるし、千二百ユールあればそこそこの宿に泊まれる。
ガロリオン王国までの船賃は役所で出してくれることになっている。
「それで足りんのか?」
「まあ、俺も相場は知らないんだが……足りなかったら諦めよう」
ペットショップに入ると、「いらっしゃいませー」という元気のいい声が聞こえ、中年の女性店員が近づいてきた。
「ペットをお探しですか?」
「ああ、見せてもらえるか?」
「こちらへどうぞ」と案内された部屋に入ると、耳と尻尾のついた小さな子供たちが、思い思いに遊具で遊んだり、絵本を読ませてもらっていたりしていた。
三歳ぐらいの女の子が近寄ってきた。
「あなたがあたちのごしゅじんたまになってくれゆのー?」
と政人を見上げ、舌足らずな声で話しかけてくる。そのかわいさに思わず頬がゆるむ。
「その子は健康で、性格も明るいのでオススメですよ」
胸にバッジのように付いている値札を見ると、一万八千ユールと書かれていて血の気がひいた。
「高っ!」
予算は三千ユールだと告げると店員に呆れられた。
「イヌビトをなんだと思ってるんですか?」
別の子の値札を見ていくと、みんな一万ユール以上はするようだ。
「なあ、マサトは戦えるイヌビトがいいって言ってなかったか?」
そうだった。
「大人のイヌビトはいないのか? 身の回りの世話や、ボディーガードを任せられるイヌビトをさがしているんだが」
「ウチはペットショップですよ。労働用のイヌビトが欲しいなら職業斡旋所へ行ってください。もっとも、ちゃんとした訓練を受けたイヌビトたちなので、ここよりも値段は高いですが」
「別に訓練を受けていなくてもいいんだ。ここには大人のイヌビトはいないのか?」
「いません。みんなペットは小さいうちから飼いたがりますからね」
仕方ない、諦めるかと政人が帰ろうとしたところで、ルーチェが声をかけた。
「なあ、あいつは結構大きいんじゃねーか?」
ルーチェが指さす方を見ると、部屋の隅で中学生ぐらいのイヌビトが、壁にボールをぶつけて一人遊びをしていた。
他には五歳ぐらいまでのイヌビトしかいないので、明らかに一人だけ浮いている。
「ああ、あの子は……」
店員が言いよどんでいる。
「何か問題が?」
「その……売れ残っちゃったんですよ。大きくなるほど値段は下げていくので、いつかは売れるはずなんですが……あの子は、不愛想で可愛げがないので、十三歳になった今でも買い手がつかなくて」
「今、いくらで売っている?」
「四千四百ユールです」
政人はちょっと考えた後、そのイヌビトに近づいていった。




