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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第四章 ガロリオン王国の動乱

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128.政人の覚悟

 他人の心の内など、わかるわけがない。

 そう言って自分の判断の甘さを取り繕うことは、政人にはできなかった。


 ミーナがシャラミアを殺したいほど憎むのは、至極当然のことなのだ。

 家族、友人、そして四万人の同胞を殺されたのだから。


 彼女自身も、クロアの町で見つけたときは、声を出せなくなくなるほどのショックを受けていた。


 だが、その後時間経つにつれ、彼女は生来の明るさを取り戻し、笑顔を見せるようになった。

 再び口が()けるようになり、以前のような、ちょっとわがままだが、誰からも愛される少女に戻ったように見えた。


 それは大きな勘違いだった。

 彼女の恨みは、そう簡単に消えるような小さなものではない。

 ただ彼女は、その事を考えないようにしていただけだった。


 美味しいものを食べた、面白い本を読んだ、親しい人と楽しい会話を交わした――そんな日々の出来事に対して、彼女はその都度喜びを感じただろう。

 だが、心の奥底には憎しみの感情が存在した。表には出てこなくても、確かに存在していたのだ。


「シャラミアが、豪華な離宮でこれからも王族としての暮らしを送るって聞いて、そんなことは許せないって思って――」


 ミーナは感情をこめずに語る。「離宮に行っちゃったら、もう私には手が出せなくなる。だから今殺すしかないって思ったの」


「すまない、俺の責任だ。俺がシャラミアの処遇を決めてしまったから」

「マサトさんは悪くないよ。政治判断ってやつだったんでしょ。それが多くの人にとってベストの選択だった。私が我慢すればよかったんだ」

「そうじゃない。その判断をしたとき、俺はミーナの気持ちを考えていなかったんだ。それは決して許されることじゃない」


「マサトだけが悪いんじゃないよ。僕もシャラミアを許すことに賛成したんだから。だからごめん、ミーナちゃん」


 クオンは今にも泣きそうな、悲痛な表情をしている。

 この子にこんな顔をさせてしまった自分が、情けなかった。


 ここは王城内の、クオンの私室だ。

 ここには政人、クオン、そしてミーナの三人しかいない。

 部屋の外にはタロウを待機させ、誰も入れないように命令してある。


「ううん、マサトさんもクオン君も間違ってない」


 ミーナの語調が強くなった。「きっと、全ての人を満足させるような方法はなかったんだと思う。誰かが満足すれば、別の誰かは悲しむ。それでも、少しでもいい方法を考えて選択するしかない。それが政治家の仕事なんじゃないかな」


 政人は驚いた。

 あのわがまま娘だったミーナが、こんな大人びた発言をするとは思わなかったのだ。

 彼女も、短期間で様々な経験をしたことで、成長していたのだ。


「だとしたら、僕は政治家には向いてないなあ。僕はみんなを満足させたいんだ」

「大丈夫だよ、クオン君にはマサトさんという優秀な政治家がついてるんだから」


「他人事のように言うなよ。君もクオンのそばにいて、彼を支えるんだ」


 ミーナはキョトンとした表情になった。


「えっ? それは無理だよ。私は死刑になるんだから」


 ミーナは十四歳だが、ガロリオン王国では刑事責任を問われる年齢だ。

 そして、人を殺した者は死刑になるのが通例である。


 それでも、王であるクオンの権力をもってすれば、それを覆すことは可能だ。王の判断は法律より優先されるのだから。


 だが、政人はクオンにそういうことをさせたくなかった。一度でもそれをやってしまうと、今後も法を無視することに抵抗がなくなってしまうからである。

 ガロリオン王国を「法治国家」にしたいと考えている政人には、認められないことだった。


 ミーナを助けるためには、法的根拠が必要だった。


「いや、君は死刑にはならない。それどころか、何の罰も与えられない」


 政人は告げた。「クオンはこれから新しい王として即位する。よって即位を記念して、君に『恩赦(おんしゃ)』を与える」


「恩赦……?」

「裁判でいかなる判決が出ようと、恩赦によって刑を消滅させる。これは制度に基づいた、正当な処分だ」


「でも、そんなことをしたら、みんな納得しないんじゃないの」

「いや、君を処刑した方が、怒る人間は多いだろうな」


 今、王都の城下ではミーナの助命を求める署名活動が行われている。

 また、ロッジはジスタス家の兵士、そして領民を代表して、彼女を罪に問わないよう嘆願書を提出した。

 シャラミアの処遇に不満だった者たちにとって、ミーナは英雄だった。


「ミーナちゃん、君を処刑したら、僕の心は耐えられなかったと思う。僕のために、生きてほしいんだ」


 確かに、それはクオンにとって一生消えない心の傷になったことだろう。


「クオン君……うう、ううぅ」


 冷静さを保ってきたミーナが、限界を迎えた。「うぅっあああああああぁっ! ごみぇんなさい、くおん君。あ、ありがとごじゃーます、ましゃとしゃあん!」


 政人は、二度と彼女から目を離すまいと、心に誓った。




 王都の占領は、(とどこお)りなく終わった。


 住民たちは、クオンを歓呼の声と共に迎えた。

 それだけシャラミアに失望していたということだろう。


 それでもクオンはシャラミアを、代々のヴィンスレイジ王家の墓所に葬ることを認めた。


 ネフはシャラミアが刺された直後、ミーナを斬ろうとした。それを止めたのは、疾風のごとき速さで駆けつけたタロウである。

 ティナは半狂乱になり、手がつけられなかったが、ギラタンがなんとかなだめた。


 ネフとティナは、ミーナの恩赦に納得がいかない、数少ない人間だった。

 二人は、シャラミアの葬式に出席した後、姿を消した。彼らがどこに行ったか、ギラタンさえ知らないという。

 この国には、自分たちの居場所がないと悟ったのだろう。


 ルロア家とカルデモン家、そしてジスタス家の軍は領地に帰還させた。

 ただし、ルロア公とカルデモン公とロッジは王都に残る。

 この後のクオンの即位式に参加するためだ。


 ソームズ公とタンメリー女公にも、至急王都に来るよう命令を出した。


 五人の諸侯がそろい次第、クオンの即位式を行う予定である。


 アクティーヌ家は、シャラミアの悪政に関わったという理由で、取り潰すことが決まった。

 領地は没収し、家臣たちは王家で召し抱える。


 アクティーヌ公は庶民に落とされたが、それなりの生活が送れるよう毎月お金を給付し、使用人をつけることも認められた。自力では生きていけそうもない人間だったため、クオンが同情したのである。

 また、死んだ人間は罪に問わないということで、ダンリーもアクティーヌ家の墓所で手厚く葬られた。


 ルーチェ、タロウ、ハナコは、もちろんこれからも、政人と一緒に王都で働く。

 それはわざわざ意志を確認するまでもなく、当然のことだった。


 ルーチェ軍の二千人は、本来はジスタス家の兵士だったのだが、全員がこのままルーチェの下で戦うことを希望したため、王家の所属に変更となった。ジスタス家には補償金を支払うことになる。


 ギラタンとトラディスは王家の将軍として、引き続きクオンに仕える。


 クリッタはヘルン新聞社のヴィンスレイジア支局長に就任した。

 社長のセリーはヘルン新聞をガロリオン王国全土に展開するつもりであり、彼は王領を担当する責任者ということだ。

 もっとも支局長とは言っても、彼はデスクワークに終始するつもりはなく、これからも記者として駆けずり回るつもりである。


 宰相であったフサーレ聖司教をどのように扱うかは、悩ましい問題だった。

 シャラミアの悪政に関わっているし、聖職者が政治に携わることに眉をひそめる人間は多い。

 ただ、人材不足の王家において、彼の実務能力は高さは魅力的だ。

 また、引継ぎにも必要な人間なので、当分は政人の補佐を務めることになった。




 政人はクオンの摂政となることが内定している。


 摂政とは、幼少の王に代わって政務を執り行う役職だ。

 王と同じ権限を持っているため、宰相よりもはるかに格が高い。


(また英樹に言い訳の手紙を書かないといけないな)


 またしてもメイブランドに帰ることができなくなってしまった。

 それでも、彼なら理解してくれるだろうという確信はあった。



 気付けば、政人と英樹がレンガルドに召喚されてから、一年が経とうとしている。

 もうすっかり、この世界になじんでしまった。


 しかし、地球に帰るという目標は変わっていない。そこは変えたくはない。

 英樹が魔王を倒せば、帰ることができるはずなのだ。


 とはいえ、摂政という責任の重い役目を放り出して地球に帰るというのは、さすがに無責任だろう。

 クオンが一人前になるまでは、そばにいてやらねばならない。



「この家のようだな」


 王都の住宅街で、トラディスが言った。


 ヴェネソンの実家は、立派な門構えをしていた。金銭的に余裕がある家だったからこそ、彼は学問を身に付けることができたのだろう。


 ヴェネソンが軍規違反により処刑されたことは、既に連絡がいっているはずである。

 それでも政人は責任者として、遺族に詳しい事情を説明しておきたかった。

 トラディスも約束通り、ついてきてくれた。


 だが、玄関の前まで来たところで、引き返したくなった。

 どんな顔をして遺族に会えばいいだろう。ヴェネソンの処刑を命じたのは自分なのだ。


「いつまでもここに立ち尽くしていても、仕方あるまい」


 トラディスを連れてきたのは正解だったな、と政人は思った。自分一人であれば、引き返していたかもしれない。


「そうだな、入ろう」



 ヴェネソンの両親は、政人たちの話を落ち着いて聞いてくれた。

 それに対して彼の弟は、歯を食いしばってにらみつけてくる。兄とは違って利かん気が強そうな面立ちだ。


「てめえら、それでよく俺たちの前に顔を出せたな!」


 話が一通り終わると、ヴェネソンの弟は椅子から立ち上がり、怒りをぶつけてきた。

 政人たちは、何も言い返せない。


「やめんかアモロ、失礼だぞ! この方たちは軍規に従って行動しただけだ!」


 そう叱る父親の声は、震えていた。


「ちくしょう」


 アモロは一言つぶやくと、力が抜けたように腰を下ろし、手で顔を覆った。

 指の間から涙がこぼれている。


「今日はわざわざ、息子のために御足労いただき、ありがとうございます」


 父親は政人たちを責める様子は見せなかった。


「いえ、ヴェネソン君の事は私にとって痛恨の極みでした。せめて彼との約束には答えたいと思っております」


 政人は彼の家族が苦しまないよう、できるだけのことをすると約束していた。


 戦死した兵士については名誉とみなされ、国から補償金が出ることもあるが、処刑された兵士は、もちろんそんなことはない。

 それでも政人の一存で金銭的な補償を行うことはできる。


「マサトさん、私たちはなんとか食べていける程度の収入はあります。でも、多くの家庭はそうではありません。貧しさのため、子供を奴隷に売るような家もあるんです。国はそんな子供たちを、まったく助けてはくれませんでした」


 母親の言葉は、政人の胸に突き刺さった。


「マサトさんは、新王の摂政になられるのだとか。ならば、どうかそんな子供たちを助けてあげてください。お願いします」

「わかりました。必ず助けます」

「ありがとうございます。あの子も本望でしょう」


 それからしばらく、沈黙が下りた。


「ヴェネソンは、いつも本を読んでいました。私の部下で本を読む者は他にいなかったので、感心していました」


 沈黙に耐えかねたのか、トラディスがそんなことを言った。


「息子はいつも、みんなが本を読めるようになればいいと言っていました。残念ながら、この国では字が読める者は少ないのです」


「その話は私も聞かされました」


 政人はその時のことを思い出した。「そのために、すべての人が教育を受けられるようにしたいとも言っていました」


「それが息子の夢でした。私たちにもその夢を語ってくれましたよ」


 簡単な夢ではない。

 教育を受けるためには、まず生計を立てなくてはならない。住む所も食べる物もないでは、勉強どころではないからだ。

 日々の生活のために、子供が働いているというのは珍しい話ではない。


 一朝一夕に実現できる夢でもない。

 日本が明治維新後、早くに教育制度を整えることができたのは、江戸時代から全国各地に寺子屋があり、そこで教育が行われていたという土台があったからだろう。


 ガロリオン王国にそんな土台はない。

 王領では、王族や貴族が入れる学校が一校あるだけだ。


 今の王家には、とても学校を立てるような余裕はない。


 教師の数も全然足りない。

 教育を受けた人間でなければ、教師は務まらないのだ。


 全ての人が学校に通って教育を受けられる社会をつくるには、はたして何十年かかるだろうか。


「マサトさん、どうか、息子の夢をかなえてやっていただけませんか?」

「…………」


 答えない政人に向かって、アモロが怒鳴った。


「できねえのかよ! あんた偉いんだろ! 賢いんだろ!」

「黙らんか、アモロ!」


 政人は目を閉じて、顔をゆがめた。

 大学に進学できなくなり、絶望していた自分を思い出した。


 だが、この国の子供たちは、絶望さえできないのだ。

 教育を受けられないということが、どんなに悲しいことであるかも知らないのだから。


(父さん、母さん、ごめんなさい)


「わかりました。息子さんの夢をかなえると約束します」


 政人は地球に帰ることを諦め、レンガルドに骨を埋める覚悟を決めた。

 ここで第四章は終了です。


 第五章では「内政編」に入っていきます。

 政治家としての政人が、いよいよ本領を発揮することになるでしょう。

 ご期待ください。

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