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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第四章 ガロリオン王国の動乱

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126.女王のプライド

(かつての王太后も、こんな絶望的な気分になったのかしら)


 政人とギラタン達が王都に到着する二日前――。


 シャラミアが展望台から見下ろす先には、雲霞(うんか)の如く、と形容するのがふさわしい、ジスタス家の大軍が展開していた。


 最近になってジスタス公領の不穏な動きが伝わってきてはいたが、ここまで深刻な事態になっていたとは思わなかった。


 民衆が志願兵となって、六万人もの軍が結成されたのだという。

 以前にシャラミアが率いていた民兵よりも数が多く、しかも統制が取れている。


(もっと早く手を打てていれば)


 悔やんでも、もう遅い。

 シャラミア達の目はずっとソームズ家に向けられており、滅んだはずのジスタス家など気にしていなかった。


「城下の様子はどう? デモ隊が暴動を起こす様子はない?」


 シャラミアの問いに、親衛隊長のネフが答える。


「今、親衛隊の隊士も動員して、治安維持に努めています。目立った混乱はないようです」

「そう、引き続き警戒を続けて」

「はい」


 現在、女王の退位を要求するプラカードを掲げて、六千人のデモ隊が街路を行進している。

 こんなことは、王国の歴史上聞いたことがない。


 そして、王都に残っている兵力では、彼らを制圧することができない。

 デモ隊を抑える力がないと知れば、住民たちはさらに王家を侮り、デモの参加者は増えるかもしれない。

 今はまだ、平和的な示威運動に終始しているようだが、今後彼らが実力行使に出る可能性もある。


 民衆がここまで女王に反発するようになったのには、ヘルン新聞の影響が大きい。


 クリッタを捕らえたものの、ヘルン新聞社はおとなしくなるどころか、シャラミアに対する攻撃はさらに激しくなった。

 社長のオーギュロス・セリーを指名手配し、懸賞金もかけたが、彼女はタンメリー女公領の町ヘルンにいるので手が出せない。むしろ、いい宣伝になってしまった。


 シャラミアを批判する新聞は、今では簡単に手に入るようになっている。

 ヘルン新聞社の社員は、王領内の各地で活動しており、そのやり方も巧妙だ。連中の拠点がどこにあるのか、なかなか掴めない。


 もはや『クロアの大虐殺』も、『残虐女王』というシャラミアの異名も、知らない者はいない。

 即位直後は人々の期待を背負っていたシャラミアだが、今では支持する住民はほとんどいなくなった。


 彼らの生活は相変わらず困窮している。

 膨大な軍事費にあてるため、税の臨時徴収が何度も行われているためだ。


 一家の働き手を兵士に取られた家族は、生計が立たなくなった。もちろん兵士には給料を払うことになっているのだが、それも(とどこお)りがちだった。

 なぜなら、官僚の人数が足りないため、必要な手続きができないのである。連日、役所の窓口には長蛇の列ができていた。


 盗賊に身を落とす者が増え、治安は悪化した。

 街には物乞いがあふれ、飢えて死ぬ者も出始めた。

 

 往来や酒場で「これなら、クオン王の頃のほうがまだマシだった」などと不満を言う者が増えたため、親衛隊を市中に巡回させ、不当な発言をしたものを逮捕した。

 すると、シャラミアへの反感はますます高まった。


「私は、どこで間違えたのかしら」


 独り言だったが、ネフが律義に返事をした。


「過去を振り返っても、どうしようもありません。大事なのは、これから何をすべきかです」

「そうね」


 ダンリーとカルデモン公が戦死したという報告を聞いた時は、目の前が真っ暗になった。

 ギラタンはまだ戦うつもりのようだが、戦況はよくないようだ。


「こちらにおいででしたか」


 宰相を務める、フサーレ聖司教が展望台にやってきた。


「ジスタス軍からの要求はあった?」

「いえ。敵は全く動く様子がありません。滞陣(たいじん)を続けています」


(何かを待っているわね、まだ援軍があるのかしら)


「敵の総大将はジスタス・ロッジね?」

「おそらくは。ひょっとすると、クオンも来ているかもしれません」


 間者の報告では、ジスタス公領の住民たちは、クオンを王として仰いでいるそうだ。


「おそれながら陛下、意見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「どうしたのフサーレ、改まって」

「あの軍勢が攻めてくれば、王都は持ちこたえられません」

「そうね」

「降伏の使者を送っては、いかがでしょうか」


 ネフがフサーレの胸倉をつかみあげた。


「降伏だと!? 貴様、自分が何を言っているか、わかっているのか!」


「こ、こんなことを覚悟もなく口にできるものか! 私は宰相として、王都を守る手立てを考えなくてはならん!」


 フサーレは、なんとか声をしぼり出した。「それとも、親衛隊があの大軍を撃退してくれるとでも言うのか!」


 ネフは何も言い返せず、手を離した。


「ギラタンに伝令を出します」


 シャラミアは迷いながら言った。「ホークランもアンクドリアも放棄して、帰還するようにと。連合軍が来れば、ジスタス軍を蹴散らしてくれるわ」


「はっ」


 ネフとフサーレはうなずいた。



 それからわずか二日後、連合軍は帰還した。

 あまりにも早い到着に、いぶかしんでいるシャラミアのもとに、使者がやってきて告げた。

 ――ギラタンが率いる連合軍は、すでにクオンに(くだ)ったと。




「――というわけで、もはや降伏するしか道はありません」


 ギラタンの話を聞いたシャラミアは全身から力が抜け、玉座の背もたれに背中を預けた。


 玉座に座すシャラミアの両隣にはネフとフサーレが立ち、ギラタンは彼らと向かい合うように立っている。

 玉座の間にはそれ以外の者は近づかぬよう、完全に人払いしてある。


「ギラタン、貴様、まだ三万人以上の戦力を(よう)していながら、なぜ再び戦わなかった!」


 フサーレが怒声をあげる。


「勝てないのがわかっていたからです。ルーチェに手ひどくやられた兵士たちは、完全に戦意を失っていました。再びルーチェ軍に襲われれば、指揮官がいくら戦えと命令しても、兵士は逃げ出すでしょう」

「ルーチェはそんなに強かったのか?」


 ネフの問いに、ギラタンは自嘲気味に答える。


「ああ、いくら大軍をそろえても、野戦で彼女に勝てる軍は存在しないと、断言できる」


「なるほど、それは実際に戦ってみたおまえにしか分からないことだな。だが――」


 ネフはギラタンに指を突き付けた。「クオンに降伏したとはどういうことだ! それでよく、俺や陛下の前に顔を見せられたな!」


「すまん」


 ギラタンはそう言って頭を下げたが、それ以上何も言おうとしない。

 ネフはがっくりと崩れ落ち、拳で床を叩きつけた。


「畜生!」


「やめなさい、ネフ。ギラタンが一番つらいのよ」


 シャラミアは落ち着きを取り戻し、ギラタンに問いかけた。「それで、降伏したら私の処分はどうなるの?」


「マサトは陛下の生命の保証に加えて、王侯としての生活を送ることも認めてくれました。王領内の離宮の一つに移り、そこで使用人と共に暮らしてはどうかと。もちろん、そこから出る自由はありませんが」


(王太后が造った離宮ね。意外な使い道があったものだわ)


「それはマサトひとりの考えだろう? 敵の中には、陛下の御身を害そうと考える者がいるのではないか?」


 フサーレが疑問を呈した。


「いえ、これはクオン様も同意しています。ならば、他の者も従わざるを得ないでしょう」


「噂では、クオンはマサトの言う事には何でも従うそうね。マサトはクオンを傀儡(かいらい)として、この国を好きなように動かすつもりかしら」


 シャラミアの声にはとげがあった。


「マサトには、そんな意図はないと思います」

「私を生かしておくと、後悔することになるかもしれないわよ。私はクオンを殺さなかったことを後悔しているの」

「陛下、どうか生きてください。俺は陛下の助命を条件に降伏したのです」


「あなたはクオンを助けて、この国が人々にとって住みやすい国になるよう、働きなさい」


 シャラミアは決然として言った。「私は屈辱に耐えながら生き長らえるつもりはありません」


 これを聞いて、ネフとフサーレも慌てた。


「陛下、考え直してください! ギラタンの気持ちを汲んでやってください!」

「陛下、どうか生きて、余生を全うされますよう」


 シャラミアは、彼らを無視した。


「ギラタン、帰ってマサトに伝えなさい。王都は明け渡します。でも、私は女王よ。マサトなどに今後の人生を決められるなんて冗談じゃないわ。私は女王として死にます」


 かつて、ここで政人に加えられた侮辱は、一日とて忘れたことはない。女王として、政人に膝を屈することだけはできなかった。


「いいえ、シャラミア様は負けたのです。であれば、その処遇を決めるのは、勝者であるクオン様やマサト様の権利です」


 それは、この場にいる誰の声でもなかった。


 シャラミアは、部屋の入り口に立つ人物を見て、驚きに目を見開いた。


 侍女のティナだった。

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黒蛇の紋章

― 新着の感想 ―
[一言] ティナ登場心待ちにしてました
[一言] 興味深い作品ですね またゆっくり読ませて頂きます!
2020/09/08 12:53 退会済み
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