107.ギラタンは一計を案じる
「およそ三千人の兵士を乗せた船団が、ホークランを出航しました。ソームズ公も乗船したのを確認しています」
「ご苦労だった。引き続き、港を見張っていろ」
「はっ」
ギラタンは、港を監視させていた部下の報告を聞き、ホークランを落とす機会が訪れたことを知った。
ソームズ公はアンクドリアの救援に向かったのに違いない。
つまり、今ホークランにはわずかな兵しか残っておらず、ソームズ公もいないということだ。
(やれやれ、大功を立てるチャンスが来ちまったな)
ギラタンはもともと、今回の出兵には反対の立場であり、シャラミアにもそう意見していた。
ダンリーが総大将であることも気に食わなかった。
だが不本意な戦争であっても、命令を受けて出陣した以上は、全力を尽くさねばならない。
彼の指揮下には王家の兵二万人と、傭兵九千人がいる。
こうなれば、城を囲んだまま時を費やすべきではない。
ギラタンはホークランを攻略することを決意した。
彼はネフと共に、ずっとシャラミアのそば近くに仕えていたが、シャラミアの即位後は、将軍に抜擢されている。
これはもちろん大出世と言えるのだが、相棒のネフが親衛隊長として、今もシャラミアの近くにいることを考えると、どこか釈然としない思いもあった。
自分はシャラミアから遠ざけられたのではないか、と。
だが、そうではない。これはシャラミアの人事が適材適所だったと言える。
堅物で融通がきかないネフと比べて、ギラタンは判断力に優れ、臨機応変な対応をすることができる。
シャラミアのボディーガードをさせておくよりも、戦場において実力を発揮するとシャラミアは考えたのだ。
ギラタンは改めて、ホークランの威容を眺めた。
南側に正門が見える。そして東と西にもそれぞれ門があり、北側は海に面している。
ぐるりと取り囲む城壁の高さは十メートルを超え、さらにその外を、水堀が囲んでいる。
ギラタンは、いかに兵力で敵を大きく上回ろうと、この城を力攻めで落とそうとは考えなかった。
それではこちらも大勢の死傷者を出すことになる。そんな愚は犯せない。
彼は一計を案じた。
先日の城門前の戦いの結果、千二百人のソームズ家の捕虜を得ていた。
ギラタンは、捕虜たちに声をかけた。
「ソームズ公は三千の兵を率いてアンクドリアへと向かったそうだ。今、ホークランには二千程度の兵しかいないはずだ。俺たちはこれから総攻撃をかける。もうお前らに勝ち目はねえぞ」
捕虜たちは、ギラタンの言葉を聞いても、じっと押し黙っている。
「だから、先がないソームズ家など見捨てて、今すぐに王家に仕えろ。おまえらに一つ仕事を与える。もしそれを上手くやってのけたら、褒美をやろう」
ギラタンの言葉を、捕虜たちは口々に拒絶した。
「無駄な勧誘はやめろ! 我々が閣下を裏切るなどあり得ぬ!」
「貴様こそ、非道な女王など見限ってしまえ!」
「いくら大軍で攻めようと、ホークランは決して落ちぬ!」
(さすがソームズ家の兵士だな。どいつもこいつも大層な忠誠心だ。だが、千二百人もいれば、一人ぐらいは――)
「その仕事とやらに成功したら、褒美は何をくれるんだ?」
一人の捕虜が手を上げた。まだ二十歳ぐらいの若者だ。
「そうだな、五十万ユールやろう」
若者はニヤリと笑った。
「よし、俺はソームズ家から王家に鞍替えする。なんでも命令してくれ」
周囲の捕虜たちから罵声がとぶ。
「リュッカ、おまえ裏切るのか!」
「見損なったぞ、恥を知れ!」
だがリュッカと呼ばれた男は、仲間たちの罵声を意に介さなかった。
「なんとでも言え。俺は先がないソームズ家を出て、シャラミア女王に忠誠を誓う」
ギラタンはリュッカという男を観察した。
その目付きからは意志の強さと知性を感じさせる。だが今、その口元には卑屈な笑みが浮かんでいる。
(こいつなら大丈夫そうだな)
「よし、ついてこい。仕事を説明する」
「リュッカ、おまえにはこれから、ホークランに戻ってもらう。正面からじゃなく、船で港から入るんだ」
ギラタンが言うと、リュッカは不思議な顔をした。
「船ですか? どこの港から出港するんですか?」
「港じゃねえ、近くの浜辺から、小舟で行くんだ」
連合軍は軍船を持っていないし、大きな船を接岸できるような場所もない。だが漁師が使うような小舟なら、出すことはできる。
「おまえは捕虜になっていたが、隙をついて逃げてきたと、上官に報告するんだ」
ギラタンは、リュッカが話についてきているのを確認しながら、続けた。「そして上官に、再びホークランを守るために戦いたいと申し出て、軍務につくんだ。できるな?」
「はい。軍務についた後はどうするんですか?」
「三日後の午前二時、俺たちは東門から夜襲をかける」
ギラタンは作戦を打ち明けた。「おまえはその時間になったら、東側の跳ね橋を下ろし、門を開けるんだ。そして、俺たちは開いた門から突入する。できるか?」
「それは……あ、はい、できると思います。でも、門を開けた後はどうすればいいですか? 突入した兵に殺されたら、手柄を立てた意味がないですし」
「ソームズ家の軍装を脱ぎ、武器を捨てろ。ウチの兵士たちには、敵の兵士以外は攻撃しないように命令を出しておく」
「なるほど。ではその後は、戦いに巻き込まれないように隠れていますね」
「ああ、それでいい。だが、ウチの兵士たちが略奪をするかもしれないから、気をつけろ」
「略奪ですって!?」
「正規軍はそんなことはしないが、傭兵たちには略奪を許可してあるんだ」
ギラタンは、苦々しい表情で言った。「だが、奪うのは財宝だけで、人間は傷つけないようにと言ってある。おまえの実家にも被害が出るかもしれんが、その分の埋め合わせは後でちゃんとする。だから、抵抗はするな」
「わかりました」
とりあえず、納得はしたようだ。
「他に何か質問は?」
「大丈夫です。任せてください」
リュッカが自信ありげに答えると、ギラタンは満足そうに微笑んだ。
「この作戦が成功すれば、一番の手柄はおまえだ。五十万ユールどころか、陛下から騎士に叙任してもらえるかもしれんぞ」
そう言って、リュッカの肩をたたいて激励した。




