106.インコとブタは働かない
港湾都市アンクドリアが敵連合軍の攻撃を受けているとの報告を聞き、ソームズ公は唇をかんだ。
放置するわけにはいかない。
アンクドリアはソームズ公領第二の都市であり、その港は貿易の中心である。
この町を失えば、経済的な被害は甚大だ。
ホークランに入ってくる物資も少なくなり、籠城を続けることが困難になる。
何より、アンクドリアには二十二万人の人々が暮らしており、彼らを守ることは領主としてのソームズ公の義務なのだ。
アンクドリアに駐留している兵士は千人ほどしかいないし、城壁の守りは、ホークランとは比べものにならぬほど弱い。長くは持ちこたえられないだろう。
援軍を出さねばならない。
公都から船を出せば、良い風が吹けば一日で着く。
「ブロディ!」
ソームズ公は、近くにいた騎士に声をかけた。
「はっ」
「私は三千の兵を率いて、アンクドリアの救援に向かう」
「閣下自らが行かれるのですか? それでは、ここの守りは」
「おまえに任せる。城代として、ホークランを守れ」
大任を任されたブロディは意気込んだ。
「はっ、お任せください。敵は一兵たりとも、この町には近づけさせません」
「よいか、決して外に出て戦うなよ。ここには二千ほどの兵しか残らんが、城門を閉じて守りを固めれば、敵は手も足も出ない。マサトとロッジが援軍を連れてくるまで、持ちこたえろ」
「はっ、決して外に出て戦いません!」
「うむ」
ブロディは堅実で、冷静沈着な男だ。
ソームズ公の命令を受けたからには、いかに敵から挑発されようと、誘い出されることはないだろう。
もっとも、たった二千の兵では、どうしようもないが。
ソームズ公は三千の兵を輸送船に分乗させ、アンクドリアへと出航した。
―――
「我が軍は練度が低く、とても大将軍の期待には応えられそうにありません。手柄はルロア公にお譲りいたそう」
「とんでもない。カルデモン家の兵の精強さを知らぬ者はおりません。城攻めを成功させられるのは、カルデモン軍しかおりますまい」
カルデモン公とルロア公の譲り合いを聞いて、ダンリーは頭が痛くなった。
アクティーヌ軍二千、ルロア軍八千、カルデモン軍一万一千は港湾都市アンクドリアの城門前に陣を構えた。
現在、総大将用の天幕の中で軍議を行っている。
それぞれの軍から上級将校以上の者が集まり、大きなテーブルを囲んで議論をしているが、なかなか話がまとまらない。
諸侯であるルロア公とカルデモン公が、協力的でないからである。
アンクドリアの攻略は、さほどの難事ではないはずだった。
その城壁はホークランの半分ほどの高さしかなく、守備兵も少ないと思われる。堀も存在しない。
ハシゴを城壁にかけて兵を突撃させるという、力攻めでも落とせるはずなのだが、ルロア公もカルデモン公も、やりたがらないのである。
ルロア公は三十八歳、中肉中背でのっぺりした顔付きの、言われなければ諸侯とはわからないような平凡な人間だ。
ルロア家の家紋は『リュートを奏でる吟遊詩人』。
だがルロア公自身は、歌などは歌えない。せいぜいインコのように、高い声でおしゃべりをするぐらいだろう。
カルデモン公は五十二歳、あごひげを生やした顔はそれなりに威厳はあるが、ぶくぶくと太った体は見苦しい。
カルデモン家の家紋は『猪』。
もっともカルデモン公は、イノシシというよりも、ブタと言ったほうが似合う。
功名心にあふれた男であれば、手柄を立てるために我先にと城攻めを志願するところだが、彼らは自家の兵員を損なうことを嫌がって、なかなか動こうとしない。
力攻めでは、こちらもかなりの犠牲者が出るのは避けられないからだ。
また、ここで手柄を立てても、ダンリーの功績になるのでは、という疑念もある。
ダンリーは連合軍の総司令官なのだから、彼らに対して毅然として命令を下せばよさそうなものだが、実際はそう簡単にはいかない。
ルロア家とカルデモン家は、広い領土と人口を抱える大諸侯であるのに対し、ダンリーのアクティーヌ家は弱小諸侯である。
しかも、ダンリー自身は諸侯ではなく、アクティーヌ公の息子にすぎない。年齢も弱冠二十歳である。
二人とも内心ではダンリーを、青二才と侮っているだろう。
そんな力関係があるので、強引に命令することができない。へそを曲げて領国に帰られては元も子もない。
「わかりました。では、力攻めはやめ、城門を破壊しましょう。両家にはこれから破城槌を作ってもらいます」
破城槌は、太い丸太を城門や城壁にぶつけて破壊する、攻城兵器である。
攻城塔よりも作成が簡単で、早く作ることができるので、今回は都合がいい。
なぜなら、ぐずぐずしている内にソームズ公が援軍を送ってくるだろうからだ。その前にアンクドリアを落としてしまいたい。
「うむ、よかろう。ではルロア家で破城槌を一つ製作しよう」
「それでは、カルデモン家でも一つ作ることにする。それでよいか、ダンリー」
(くそっ、呼び捨てにしやがって。後でおまえらの怠慢は陛下に報告してやるからな)
「はい、それでお願いします。破城槌が二つできたら、それぞれが城門と城壁を破壊してください」
攻撃側が城内に侵入するには、城門を破壊すればいいのだが、守備側は当然、破城槌を破壊するために、上から石を落としたり、火矢を射かけたりして妨害してくる。
そこで城門だけでなく、離れたところの城壁も同時に攻撃すれば、敵の守備兵を分散させることができる。
だが、そこでまた二人が揉め始めた。
「ではカルデモン家は城壁を破壊しよう。城門はルロア家にお譲りする」
「いやいや、やはり年長のカルデモン公が大功を立てられるべきでしょう。城門はお任せします」
ダンリーは、この二人を思う存分に、殴りつけてやりたくなった。
城門の両側には塔があり、そこには守備兵を多数配置することができる。
だから城門を攻める方が敵の攻撃が激しく、犠牲が多くなりそうなので、お互いに譲り合っているのである。
簡単に落ちるかと思われたアンクドリアだが、連合軍も問題を抱えていた。




