102.王の器
「まず、我々の戦力を確認しておこう。ここエルクールの町の人口は約五千人。女、子供、老人をのぞいて戦える者は二千人ほどだろう」
政人の言葉に、人々の間から反対する声が上がった。
「女だって戦えるぞー!」
声を発したのは中年の女性だった。さらに勇ましい声が続く。
「そうだ、そうだ。女は強い!」
「ジジイだからといって、バカにするでないぞ。わしはこの町のため、見事に戦って散って見せよう」
(散ったら駄目だろ)
さらに、まだ声変わりしていない少年の声も続いた。
「子供だって戦える!」
そう言った少年は、さっき敵の隊長に立ち向かった、町長の息子だった。
政人は彼らが落ち着くのを待ってから、話を続けた。
「素晴らしい。諸君の勇気には驚くばかりだ。
それでは、我々の戦力は五千人と考えることにしよう。
対する敵の戦力はどうか。先ほど逃げ遅れた兵士に尋問して聞き出したところ、公都に駐留している王家の軍は二千人程度とのことだ。
随分少ないと感じるかもしれないが、これは当然のことだ。
王家は今、ソームズ家と戦争中であり、兵士はそちらに回さざるを得ないからだ」
王家は兵が足りないのである。
シャラミアはソームズ家を攻めるために、二万人の兵を動員したが、これは現在の王家の力を考えると、かなり無理をしている。
このため各地に常駐する兵はかなり減らすことになり、ジスタス公領にも多くの兵士を派遣する余裕はなかった。公都アザレアに駐留する兵士は、二千人しかいない。
だが、本来ならそれで十分なはずだった。
なぜならジスタス公領の領民は大人しく、羊のように従順であることで有名であり、為政者に逆らうという発想がないからである。
誰かに焚きつけられでもしない限りは。
「我々はこれから公都へと進軍する。敵はたった二千人。しかも公都は城壁に囲まれておらず、守りは弱い。我々の勝利は疑いない」
群衆から「その通りだ!」と声が上がる。
「だが、数で優勢だからといって、楽観はできないのではないか? 敵は訓練を受けた兵士なのに対して、こちらは戦闘の素人ばかりだ」
プリオン神父が慎重論を振りかざすが、これも打ち合わせておいたセリフだ。
「心配はいらない。反乱軍は、我々だけではない。
公都にいる十四万人の住民が、諸君と共に戦うことになる。
なぜなら、彼らも虐げられており、反乱を起こす時機が来るのを待っているからだ。
諸君が公都に姿を現せば、彼らも続いて立ち上がるのは間違いない。
諸君は反乱の先駆けとなるのだ!」
「反乱の先駆け」という言葉を聞いて、住民たちは誇らしげな顔をした。
羊という動物は自分からは行動を起こさないが、先頭に立つ動物がいると、後に続くのである。
エルクールの住民たちが戦う姿勢を見せれば、公都の住民も続いて立ち上がるだろう。
「そうなると十四万五千対二千だ。これではいかに敵の兵士が強かろうと、いい武器を持っていようと、勝負にはならない。敵は戦うこともなく、逃げ出すか降伏するかするだろう。我々の勝利が疑いない理由をわかってもらえただろうか」
礼拝堂内は大歓声に包まれた。
政人は、たった二千人が守る公都を攻め落とすために、一滴の血も流させるつもりはなかった。
エルクールの住民は公都の住民を蜂起させるための起爆剤であり、実際に戦わせはしない。
数の暴力により敵が戦意を失い、戦いを回避することが狙いである。
それこそが勝利なのだ。
だから彼らが暴走しないように、戦いにはならないことを事前に説明しておく必要があった。
彼らが暴徒と化せば、公都の住民にまで被害を与えてしまうおそれもあるからだ。
「ありがとう、マサト殿。おかげで我々の勝利を確信できた」
ロッジはそう言うと、再び群衆に向き直った。「では最後に、我々のリーダーを紹介しよう」
ロッジの言葉に、群衆からいぶかしむ声が聞こえてきた。
「リーダーはロッジ様じゃないのか?」
そう思うのは当然だ。
だが、そうではない。
この戦いは、ジスタス公領を取り戻しただけでは終わらない。王家を倒すことが目的なのだ。
クオンはとことこと進み出ると、背が低い彼のために用意した踏み台に上った。
見たことのない子供の登場に、群衆は戸惑っている。
クオンは燃えるような赤髪を肩まで下ろし、中性的な顔だちのため、男の子か女の子かよくわからない。
その愛らしい容姿はとても印象的だ。
「諸君に紹介する。ガロリオン王国の先代の王、ヴィンスレイジ・クオン様である」
突然のクオンの登場に、群衆が騒ぎ出した。なぜここにクオンがいるのか、理解できないでいる。
「静かにしなさい!」
ルーチェが一喝すると、ぴたっと騒ぎが収まり、静かになった。
そして、クオンが語り出した。
「僕がヴィンスレイジ・クオンです。みなさんは初めて僕を見るでしょう。当然です。僕がこうして人前で話すのは初めてのことですから。今、僕はとても緊張しています」
小さな体で頑張って話す姿を見て、住民たちは、クオンを守ってやりたくなった。
ジスタス公領では、クオンの人気は悪くない。
彼はジスタス家の出身である、テラルディアの息子であるからだ。
クオンが王であった頃は、自分たちの領主であるジスタス公が国政を担っており、その間の彼らの生活は楽であった。
「僕はここで、みなさんの苦しみと王家の横暴をこの目で見ました。こんなことは許されないと思いました。シャラミアがこんな状態を作り出しているのなら、僕はシャラミアに代わって、王になります。そして、この国を変えます。決して弱い者がいじめられることのない国に変えます」
住民たちは、しわぶき一つせず聞き入っている。
子供だと思い侮っていたが、シャラミアに代わって王になると宣言したその姿は、力強く見えた。
「そのためには、みなさんの力が必要です。僕は一人では何もできない子供です。どうか、僕に力を貸してください」
その健気な態度に、住民たちは、この少年を何としても助けたいと思った。
人々は、この少年をはかりかねていた。彼は守るべき子供なのか、それとも頼もしいリーダーなのか。
「僕はここに来て驚いたことがあります。それは、この町ではみなさんが隠れて六柱の神を信仰していることです」
クオンの言葉に人々はハッとした。危険な話に踏み込んできている。
「僕はそれを見て、そんなことは許せないと思いました」
人々の顔に失望の色が浮かんだ。クオンも自分たちを認めないのかと思ったのだ。
だが、そうではなかった。
「みなさん、どうか信仰を隠さないでください。マサトは『信教の自由は守られなくてはならない』と言っていました。ならば、そうなのです。どんな神を信じてもいいのです」
政人が信教の自由は守られるべきだと言ったため、クオンもそれを信じた。
クオンにはまだまだ知識も経験も足りないので、信頼する他者の言葉を無条件に信じてしまうのは、致し方ないだろう。
彼にとって、政人が言う事は常に正しいのである。
「僕が王になったなら、みなさんが隠れずに堂々と自分たちの神を信じられるようにすると約束します。もしそれで誰かがみなさんを傷つけようとすれば――」
クオンは力強く言い放った。
「僕はそいつを絶対に許しません! みなさんを守るために戦います!」
優れた王、とはどんな王であろうか?
その才能とリーダーシップによって民衆を導き、「俺たちはこの人についていけば大丈夫だ」と思わせることができる王のことだろうか。
それも条件の一つだが、それだけでは十分ではない。
民衆に「俺たちがいなけりゃ、この人はだめなんだ」とも思わせなければならない。
もちろん、そんな王は滅多に現れるものではない。
だが、一方的な人間関係というのは、もろく、壊れやすいものだ。
相互関係であってこそ安定し、持続する。
王と民衆の関係も、そうである。
クオンは強さと弱さを兼ね備えたリーダーだった。
群衆の内の一人がひざをつき、両手を床につけて平伏した。
続いて、そこにいた人々が次々とクオンに平伏しはじめ、遂には全員がひれ伏していた。
彼らはクオンを尊敬できる王として、そして助けるべき王として認めた。
ここに新たなる王が、初めて民衆の前にその姿を現した。




