101.ジスタス家の帰還
ホークランの城門前で、ソームズ軍の兵士たちが死体を片付ける様子を見て、ダンリーは勝利を実感した。
大勝を博した翌日、ホークランから軍使がやってきて、同胞の死体を野ざらしにしておくことに忍びないから、死体を収容することを許してほしいと言ってきたのだ。
連合軍としても、陣地の目と鼻の先に大量の死体を放置しておき、疫病が広まっては厄介なので、許可することにした。
いくらダンリーでも、約束を破って作業中のソームズ軍を攻撃したりはしない。
「大将軍、あなたのことを見損なってました」
ギラタンが声をかけてきた。「敵を城からおびき出し、勝利を収めた戦術は見事でした。もう少しでソームズ公を討ち取れるところでしたね」
どうやら、多少はダンリーを認める気になったようだ。
「まあね、でもやっぱり、ソームズ公を逃がしてしまったのは痛いな」
「それはそうですが、戦果としては十分でしょう。四千人以上の敵を討ち取り、千二百人の捕虜を得ました。こちらの被害はほとんどありません」
「それでもまだ敵は五千人以上はいるはずだ。籠城戦を戦うには十分な人数だよ。奴ら、また城にこもって出てこないぞ。さすがにもう、挑発しても効果はないだろうし」
あの城壁と堀を越える手段がないという状況は、変わっていない。
「ひとつ考えたことがあるんですがね」
「なんだ?」
「アンクドリアを攻め落としてはどうでしょうか」
港湾都市アンクドリアは、ソームズ公領の第二の町で、人口は二十二万人を数える。
政人たちがガロリオン王国にやってきて、初めて上陸した町だ。
「なるほど、アンクドリアか……」
「ええ、ソームズ公領で港を持っている町は、ホークランとアンクドリアだけです。その片方のアンクドリアを落とせば、ホークランに入ってくる物資をかなり制限できます」
ダンリーはその案を検討した。
確かにギラタンの言う通り、アンクドリアを落とせば、ホークランはほぼ孤立する。
ソームズ公領全体に与える経済的な打撃も大きいだろう。
ホークランほど守りは固くないし、駐留している兵も少ないはずだ。攻め落とすことは可能だろう。
「うん、いけそうだ。ルロア家の八千と、カルデモン家の一万一千の兵をアンクドリア攻めに送ろう」
「はい。それで、ルロア公とカルデモン公のどちらを大将に任命しますか?」
「あー、その問題があったか」
軍というものは、指揮系統が一本化されていなければ、力を発揮できない。
ルロア公とカルデモン公がそれぞれ自分の軍を率いてバラバラに戦っては、勝てるものも勝てなくなる。
だから、どちらかを大将にして全軍の指揮権を与えなければならないが、どちらを選んでも角が立つだろう。
「仕方ない、アクティーヌ家の二千も連れて行こう。僕がアンクドリア攻めの指揮を執る」
「えっ、大将軍自らが行かれるんですか? それじゃここはどうするんで?」
「ギラタン、おまえが指揮を執れ。ここに残る王家の軍二万と、傭兵九千をおまえに預ける」
「俺がですか?」
「できないなんて言うなよ。隙があれば公都を落としてしまってもいい」
ギラタンはニヤリと笑った。
「お任せあれ」
―――
「火神よ、燃えさかる赤き火にて、人の世の汚れを浄化したまえ
土神よ、母なる豊穣たる大地よ、新しき生命を育みたまえ
風神よ、吹き過ぎゆく風にて、あまねく恵みを運びたまえ
水神よ、永遠に流れたゆたう水にて、生命の渇きをいやしたまえ
産まれて泣き出す人間は、明るさに怯える者なれば
闇の神よ、優しく包み込む闇にて、人の心を守りたまえ
死にゆく定めの人間は、暗さに迷う者なれば
光の女神よ、強く汚れなき光にて、人の心を明るく照らしたまえ」
ここはエルクールの町の、プリオン神父の家の隣にある教会である。礼拝堂を埋め尽くす、信徒たちの唱和する声が、周囲の壁を震わせた。
彼らはもはや、六神派であることを隠すつもりはない。
政人たちは祭壇の脇にある回廊から、彼らが「六神への祈り」を行う様子を眺めている。
祭壇に鎮座するのは光、闇、火、土、水、風の六柱の神像。その上部にかけられたタペストリーに描かれているのは、六神派の象徴である正六角形の紋章だ。
信者たちの先頭では、祭壇に向かってプリオン神父がひざまずいて祈っている。酒が入っていないときの彼は、偉大な宗教指導者に見える。
祈りが終わったようだ。
礼拝堂が静寂に包まれた。誰一人無駄口を叩く者はいない。
彼らはしかるべき人物が、自分たちに道を示してくれるのを待っている。その人物はプリオン神父ではない。
ロッジは、普段神父が説法を行う壇上に立ち、信徒たちに向かって語り掛けた。
「諸君、私がジスタス家の当主、ジスタス・ロッジである」
ロッジを知る者も、初めて彼を見る者も、自分たちの領主たる人物の言葉に耳を傾ける。
「まず私は、君たちに謝らねばならない。ジスタス家がふがいないばかりに、この町は王家の支配下となり、君たちには筆舌に尽くしがたい苦しみを与えてしまった。本当に申し訳ない」
深々と頭を下げた。
集まった群衆がざわつく。ジスタス家の当主が平民に頭を下げるなど、あり得ない行為である。
「私の父、姉、そして私自身は罰を受けても仕方のない罪を犯した。だが、君たちには何の責任もない。私はせめてもの罪滅ぼしに、君たちを王家の支配下から解放することを誓おう」
「どうやって解放すると言われるのですかな? 今のあなたには何の力も無いというのに。ジスタス家の軍は解散させられてしまったのですよ」
プリオン神父が、ロッジに問う。
もちろん、事前に打ち合わせておいたセリフである。
住民たちに、今の状況を説明するためだ。
先ほどのルーチェの鼓舞により、住民たちは熱狂し、王家と戦う決意をした。
だからロッジはこの勢いのままに、彼らを連れて公都に攻め込むことを主張した。
シャラミアと協力していた頃の政人なら、その主張に賛成していただろう。
これはまさに、政人たちが望んでいた展開なのだから。上手く事が運んだと、ほくそ笑んでいただろう。
だが、今の政人は断固として反対する。
一旦、住民の頭を冷やす必要があると考えるからだ。
なぜか。
彼らが正常な状態ではないからである。
強い言葉を放つ人間に気分を高揚させられてしまうと、正しい判断ができなくなるのだ。
政人は、ドイツ国民が選挙でアドルフ・ヒトラーを選んでしまった歴史を知っている。
そして、アクティーヌ家の扇動により蜂起した王家の民衆を、この目で見ている。
反乱を起こすという事は、死を覚悟しなければならないほど、危険なことだ。
そんな重大な決断を、興奮状態でさせるわけにはいかない。
自らの行動の意味を、頭で理解した上で判断してもらいたい。
冷静になった後でも反乱の意志を持ち続けるためには、ロッジを自分たちの領主として認め、支えようと思う事が必要だと、政人は考えた。
「確かに私には何の力も無い。領地を失い、家臣もいなくなった」
ロッジはプリオン神父の言葉を認めた。「だからこそ、君たちの力を貸してほしい。公都に居座っている王家の軍と戦って、追い出すのだ。公都を取り戻せば、各地に駐在している王家の役人たちも逃げ出すだろう」
「我々が勝てるでしょうか。皆、戦いの経験など無い素人ですよ」
「勝てるとも。その根拠をこれから話そう」
ロッジはそう言うと、政人を壇上に招き寄せた。「君たちに我々の軍師、フジイ・マサト殿を紹介したい。彼はシャラミア女王に反逆した最初の男である。そして、女王が最も恐れる男である」
群衆から「おーっ」という声があがる。政人が女王に何をしたかは、クリッタが配布した地下新聞で知っているのだ。
政人はごほんと咳ばらいをしてから、話し始めた。
「俺がフジイ・マサトだ。これから俺たちが勝てるという理由を説明しよう」
集まった人々は、静かに政人の言葉に聞き入った。




