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藤井政人の異世界戦記 ~勇者と共に召喚された青年は王国の統治者となる~  作者: へびうさ
第四章 ガロリオン王国の動乱

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100.戦場の喜劇

「このたび演じまするは、ある偉大な諸侯の物語にございます。ソームズ軍の皆々様、どうぞ最後まで、ごゆるりとお楽しみくださいませ」


 敵軍の兵士が前口上を述べた。

 これから演劇を始めるようだ。


 すでに木材を組み立て、高さ一メートルほどの舞台が作られている。


「えっへん、私はソームズ・ウィリー。この国で最も偉大な諸侯である」


 長髪のかつらをかぶり、大きな鉤鼻(かぎばな)を顔の真ん中に取り付けた兵士が舞台に上がり、独白を始めた。

 どうやら、ソームズ公に(ふん)しているらしい。


 舞台の周囲を、観客役の兵士たちが半円状に取り囲み、「待ってました!」「閣下のご登場だ!」などと、掛け声をかけている。


「皆が私を褒めたたえる。なぜなら、私は常に正しいからである。正義という言葉は、私のためにあるのであろう」


「ソームズ公は何を言ってるんだ? 頭は大丈夫か!?」

「すごいうぬぼれだ!」


 観客がはやし立てるのを気にした様子もなく、ソームズ公役の兵士は独白を続ける。


「さあ、今日の日課を始めよう」


 ソームズ公はそう言うと、何やらおかしな動きを始めた。


 腕をぶんぶん振り回したり、胸を大きく反らしたり、足をがに股に開いて屈伸を繰り返したりしている。


 そのユーモラスな動きに、観客から笑い声が起こった。


「何をしてらっしゃるの、あなた」


 脇から、女装した兵士が現れた。かつらをかぶり、ドレスを着こんでいる。

 どうやら、ソームズ公の妻を演じているようだ。


「見てわからないか、これは『体操』だ」


 ソームズ公の妻は、(あき)れたような顔をした。


「やめてくださいな。兵士たちが笑っているわよ」


「何を言うか。体操は健康によいのだ。これを毎朝行えば、皆が私のようにたくましくなれる。見よ、この肉体美を!」


 ソームズ公役の兵士は服を脱ぎ、下着だけになった。

 その体は肉体美には程遠(ほどとお)い、腹の出た締まりのない体だ。


「これはひどい」


 観客から、失笑が()れた。


「そんな見苦しい体は見たくないわ。服を着てください」

「黙れ。さあ、おまえも私と共に体操をするのだ。私のするように体を動かしなさい」


 ソームズ公は腰をくねらせたり、尻を突き出したり、コミカルな動きをする。


「なんて不気味な踊りだ!」

「きっとこれは、ソームズ家の先祖伝来の踊りなんだ!」


 観客は大喜びだ。


「私は絶対に嫌です。ああ、なんで私はこんな男に(とつ)いできたのかしら」

「なんだと、おまえ、私の何が不満だというのだ!」

「怒ったの? あなたって、アレだけじゃなく、気も短いのねえ」


 今までで一番の爆笑が起こる。


「もう付き合いきれません。実家に帰らせていただきます」


 そう言い残すと、ソームズ公の妻は退場した。


 ソームズ公は愕然(がくぜん)としている。


「なぜだ、なぜ私の素晴らしさが理解されない! ああ、私は間違っているのだろうか!」


 嘆くソームズ公。

 そこへ、また別の兵士が現れた。ソームズ公とよく似た外見をしている。


「いや、おまえは間違ってはおらぬ」

「これは父上!」


 彼に割り振られた役は、ソームズ公の父親のようだ。


「ソームズ家の男は常に正しいのだ。さあ、わしと一緒に踊ろう」

「はい!」


 そして二人の男が怪しいダンスを始めた。

 腕を組んでスキップをしたり、互いに尻をぶつけ合って、おしくらまんじゅうをしたりしている。


「だめだこりゃ」

「父子そろってバカだったのか」


 観客の笑いは止まらない。


「まったく、こいつらは何をやってるんだろう。情けないったら、ありゃしない」


 さっきとは別の、女装した兵士が現れた。

 ぶくぶくと太った体に、大げさに白く塗られた顔は、不気味としかいいようがない。


「オエー」

河豚(ふぐ)女登場!」


 そのグロテスクな姿を見た観客から笑いが巻き起こる。


「これは母上!」


 女は、ソームズ公の母親のようだ。

 母親は、顔をしかめて言い放った。


「あんたに母上なんて呼ばれると寒気がするよ。ああ、こんな息子を生むんじゃなかった」

「そんな……ひどい」


 ソームズ公はショックで膝をついた。


「そりゃそうだ!」

「俺だってこんな息子がいたら嫌だぜ!」


 観客の容赦ない罵声(ばせい)がとぶ。

 父親役の兵士が怒った。


「おい、なんてむごいことを言うんだ。おまえの息子だろう!」


「でも、私はその子を見ると虫唾(むしず)が走るんです」

「なんだと、ウィリーのどこが不満だというんだ!」


「だってその子ったら、短気で、辛気臭(しんきくさ)くて、口うるさくて――」


 母親役の兵士は、心底から嫌そうな顔をした。「あなたにそっくりなんですもの」




―――




「ええい、城門を開けろ! ダンリーを八つ裂きにしてくれる!!」


 城門前にソームズ軍が集結している。その先頭にはソームズ公がいた。


「閣下、落ち着いてください。敵の挑発に乗ってはいけません」


 配下のオルヴィスという騎士が(いさ)めたが、その言葉は、頭に血が上っているソームズ公の耳には届かない。


「これが落ち着いていられるか! 奴ら、私のみならず、亡き父母までも馬鹿にしおって!」


 自分に対する侮辱だけであれば、ひょっとしたらソームズ公は我慢できたかもしれない。

 だが、両親への侮辱は許すことができなかった。


 兵士たちも、主君を侮辱された怒りに燃えている。


「命令だ! 門を開けろ!」


 ついにホークランの城門が開き、跳ね橋が下ろされた。


「突撃せよ! ダンリーの首だけを狙え!」


 怒りのソームズ軍が飛び出した。

 ソームズ公率いる二千の騎兵が突撃し、その後ろに六千の歩兵が続く。


 すでに、さっきまで喜劇を演じていた兵士たちは姿を消している。

 その代わりに目に入るのは、城を囲むように整列している連合軍の兵士たちだ。


 それを見たソームズ公は、やや冷静さを取り戻した。このまま突撃しても大丈夫だろうか、という不安が頭をもたげる。


 だが、今さら止まれない。全軍が怒りに我を忘れている。


 しかし、敵が一斉に弓に矢をつがえる様子を見ると、罠にはめられたことを理解した。


(いかん! 退却を!)


 ソームズ公は退却の命令を出そうとした。だがその時、ダンリーの姿が目に入った。

 ダンリーは馬に乗って敵軍の先頭に出てきた。そして、高らかに声を張り上げた。


「ああ、こんな息子を生むんじゃなかった!」


 それを聞いたソームズ公は、また逆上した。


「おのれダンリー! そこを動くな!」


 ダンリーは、すかさず後方へと姿を消した。


 ソームズ軍はそれを追って突き進む。

 そしてついに、敵の矢の射程に入ってしまった。


「放て!」


 待ち構えていた敵軍の一斉射撃が、ソームズ軍に襲い掛かった。

 前から、左右から、矢の雨が降り注ぐ。


 キィン!


 ソームズ公の肩に矢が当たったが、重装備に身を包んでいたため、大したダメージはない。


 そこでようやく、ソームズ公は完全に冷静さを取り戻した。

 周りを見ると、矢を体に受けた味方がバタバタと倒れていた。


 慌てて叫んだ。


「退却! 退却!」


 退却の合図の(かね)が打ち鳴らされた。

 一斉に反転し、城門を目指して駆け出す。


「全軍突撃! ソームズ公を討ち取れ!」


 敵の退却を見たギラタンが号令をかけ、連合軍が後方から襲い掛かった。


「閣下を守れ! 盾をかまえろ!」


 追いついてきていた歩兵が、ソームズ公をかばうように敵の前に出た。


「バカモン、おまえらも逃げろ!」

「閣下は先に逃げてください! 我々がここで敵の足止めをします!」


 ソームズ公は「すまぬ!」と声をかけると、駆け出した。


 彼は唇を()んだ。



 ソームズ軍は必死に逃げる。


 後ろから矢が飛んできた。敵の馬上弓部隊が追って来ているようだ。


 騎射は高等技術であり、誰もができるものではない。

 迫ってきているのは、敵の精鋭だ。


 後ろから敵の指揮官の声が飛んできた。


「馬を狙え!」


 敵は馬を狙って矢を射てきた。


 部下の騎兵が次々と倒れていくのが目に入った。


 だが、ソームズ公は振り返るわけにはいかない。

 彼らに報いるためには、なんとしても生き延びなければならない。


 だが、前方には自軍の歩兵がいて、思うように馬を進められない。

 そこへ、敵の騎兵隊が迫ってきた。


「ソームズ公、その首もらった!」


 功に(はや)った敵騎士の戦斧(せんぷ)が、振り下ろされた。


「閣下、危ない!」


 しかし、配下の騎士が、ソームズ公の前に体を入れた。

 騎士は脳天に戦斧を食らい、倒れた。


 その隙にソームズ公は敵騎士の首を剣で()ねた。

 それでも、敵は後から後から迫ってくる。


「左右に分かれろ!」


 歩兵隊の隊長が、ソームズ公の逃げ道を作るために兵を散開させた。

 その動きは一糸乱れぬ、見事なものだった。


 退却戦においても潰走(かいそう)せず、統制を保ったまま行動できるのは、兵士たちの士気と練度が高いからだ。


 ソームズ公は、自軍の兵士たちの優秀さが誇らしかった。


(それに比べて私は、何をやっているのだ!)


 彼は己を恥じたが、今は逃げることだ。反省は城に帰り着いてからやるべきだ。




 そして、ようやく城門にたどり着き、ソームズ公は城内に駆け込んだ。


 だが、一息いれるわけにはいかない。まだ外にいる者たちを城に収容しなければならない。


「残っていた歩兵を城門前に整列させ、大盾を構えろ! 敵を食い止め、その間に逃げてきた兵を収容する!」


「閣下、もう敵はそこまで迫っています。このままでは敵の侵入を許してしまいます。跳ね橋を上げましょう!」


「外にいる者を見捨てるというのか!」


「彼らは公都が落ちることを望んでいません!」

「クッ……!」


(すまぬ! すまぬ! この借りは必ず返す!)


「跳ね橋を上げろ!」




 この戦いでのソームズ軍の犠牲は、死者は四千人を超え、捕虜は千二百人に達した。


 記録的な大敗であった。

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