10.争いを終わらせるために
ならず者の集団が、政人たちのいる僧坊の前にやってきた。
口々に「出てこんかいオラァ!」「火ィつけっぞ!」などと気炎をあげている。
「アタシに妙案がある」
ルーチェがその場にいる全員を見渡して、ドヤ顔で言い出した。
「どんな案だ?」
隊長が一応確認する。どうせロクな案ではないだろう、と思っていることが顔に出ている。
「ゴドフレイが先頭付近にいるのが狙い目だ。扉をあけたらアタシが飛び出して、すぐさまゴドフレイを討ち取る。すると奴らはボスを討たれたことで、うろたえて逃げ出す」
ルーチェは皆に説明する。「まあ、逃げ出さないとしても、混乱するのは間違いない。その隙にアタシたちは町から脱出する。混乱が収まった後にマサトが一人で町に戻り、船に乗ってガロリオン王国に行くんだ。アタシや聖騎士たちは連中の恨みを買ってるようだけど、マサトはたぶん見逃してもらえる」
(正気か、こいつ)
隊長たちが本気でその案を検討している様子を見て、政人はたまらず言った。
「ダメだ」
「なんでだよ、いい案だろ」
「俺たちは町から脱出できるかもしれないが、その後この町はどうなると思ってるんだ」
「どうって……アタシ達がいねーんだから、連中もどうしようもないだろ。まさか王都までは追ってこねーだろうし……」
政人はルーチェにも理解できるように説明する。
「俺の元いた世界にも、あの手の連中はいたんだ。だから奴らの思考回路はなんとなくわかる。奴らが最も大切にしているのは『メンツ』だ」
「メンツ……?」
「三百人も人数集めて、ボスを討たれて、ボスを討った相手は町から逃げ出して手が出せない。これほどメンツをつぶされることはないだろ」
「まあ、そうだな」
「だから連中は、何らかの形でケジメをつけなければならない。この僧坊を焼き討ちするか、庁舎の役人たちを殺すか、……さっきルーチェはないだろうと言ったけど、王都へ鉄砲玉を送り込むことも、十分あり得ると思う」
「それは……」
「何よりも問題なのは、絶対的なリーダーであるゴドフレイが死んでいるということだ。そのため、ここで手打ちにする、という決定を下せる人間がいない。だからその抗争がいつまで続くかわからない」
「う……」
「争いを終わらせるためには、敵のリーダーは殺すべき相手じゃない。話し合うべき相手だ」
政人の本質が勇者でも騎士でもなく「政治家」であることが、この言葉に表れている。
もっとも、彼がその政治の才を存分に活かせるようになるまでには、もうしばらくの時間が必要だろう。
「マサトの言う通りだ。アタシは敵のリーダーを真っ先に倒すのが、戦いの常識だと思ってた。でも、そうじゃない。それじゃ最後の一人を殺すまで戦いは終わらない。アタシは間違ってた」
すぐに自分の間違いを認められるのはルーチェのいいところだ。
「では、どうすればよいでしょうか」
隊長が政人に尋ねる。すでに政人の洞察力に信頼を置いている。
「連中のメンツを立ててやればいいんだ」
そして政人は全員を見渡して言った。「俺に考えがある」
―――
考えを説明する時間はなかったが、とりあえず皆は政人を信じて送り出してくれた。
「なんだテメエらはっ!」
政人と隊長が外に出ると、さっそく威嚇してきた。
「親分さんと話をさせてください」
「誰だオメエは?」
「聖騎士隊の警護対象者、フジイ・マサトといいます」
「コイツ、女や聖騎士と一緒にいた奴ですぜ」
あの時のスキンヘッドの男が説明している。
「テメエじゃねえっ! 女を連れてこいって言ってんだよ!」
こいつは、ルーチェに殴られた角刈りの男だ。
「暴力を振るったことは良くなかったですが、その前にあなたの侮辱的な発言がありました。こちらの責任だけを追及するのはフェアではありません」
「うるせえっ! まずテメエからたたっ斬ってやろうかっ!」
(ちくしょう、なんだってこんな怖い目にあわなきゃならないんだ。俺は普通の高校生だったんだぞ?)
隊長が負けじと大声を張り上げた。
「私は聖騎士隊の隊長、ライバー・ロベルトだ! 我々は話をしたいと言っている! 野蛮人でないならば、話くらいはできようっ!」
「なにが聖騎士だ! 王都に帰って、いつものように女王のおっぱいでも吸ってやがれ!」
隊長はキレた。剣に手をかけ、怒鳴り返す。
「チンピラの分際で陛下を侮辱するかっ! そんなに死にたいなら、我が剣のサビにしてくれるわ! この命知らずどもめっ!」
(あんたもな)
政人は隊長がルーチェの父親であることを改めて実感した。
いよいよ武力衝突が起きようか、という時だった。
「やかましいっ!!」
喧騒に包まれていた場が、一瞬で静まり返った。
その男が悠然と歩きだすと、前をふさいでいた子分たちは慌てて道を開けた。
そして男は政人の前に立つと、静かだが力のこもった声で言った。
「話を聞かせてもらいやしょうか」
ゴドフレイ・オリバーは意外に優しい目をしているな、と政人は思った。