第五十三話 惨状
それから二週間。ジルの活躍でヘッダ内の傷病者はほとんどいなくなった。
勿論、『竜神教』信者も一気に増えて、この街の主な宗教は『竜神教』に塗りかえられていた。
「MP、ホクホクですわ!」
「もう、真竜に戻れるくらい貯まった?」
「それは……ちょっとまだですわね」
真竜に戻るための魔力を集めるのは、相当大変らしい。
……今日もジルは布教と治療のために街に出ている。今回は私も付き添い。
ジルは聖職者としての奇跡魔法を使って、次々と市民を治していった。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「全ては『竜神様』のご加護ですわ」
治して貰った人々は『竜神教』を信じるようになる。
全ては順調にいっているように思える。けれど、宿屋に帰る道すがらでジルは言った。
「怪我や病気は治せても、空腹だけはどうにもなりませんわ。こればかりは、早く税が軽くなって民衆の暮らしが良くなる事を祈るしか有りませんの……」
人々から感謝されて明るい笑顔だった表情に陰りが見える。
私も連られて気分が重くなっていた。
「そう……よね……」
「でも、アリサさんが領主に約束させましたもの。きっと、大丈夫ですわ」
ジル自身も辛そうなのに、私に慰めの言葉をくれた。
……その時。
「いやあああっ……!」
街角から叫び声が聞こえる。声の感じからして、その声は女の子のもの。
きっと何かの事件に違いない。ジルと顔を見合わせた後、互いに大きく頷いて、声のした方へと駆け出した。
§ § § §
街の中央を抜ける大通りから、少し外れた広めの通り。
そこで、二人の兵士……おそらくこの街の衛兵が、小さな女の子を追いかけ回している。この街の衛兵は、市民とは違って栄養が行き届いて血色もよく、鎧も腰の武器も立派だった。
「これって……どういう状況……?」
街を守るはずの衛兵が、市民……それも小さい子供を虐げている光景に驚き、私は隣りにいるジルに尋ねた。
「二つ考えられますわ。……一つは、あの少女が万引き犯か何かで、兵から追われている。もう一つは、人道から外れた兵が罪のない少女をいたぶって楽しんでいる。……そのいずれかですわ」
「どっちだと思う?」
「どちらにしても、保護した方が……」
二人で相談している間にも、衛兵は更に酷い事をし始めた。
懐から小さな箱……その見た目は間違いなく、魔導具。それを取り出して発動させる。すると、箱から女の子に向かって電撃が走る。
「あれは、《電撃》! ……あんな小さな子供ですもの、当たったら死んでしまいますわ!」
ジルが叫ぶと、女の子の足元に光の束が着弾する。わざと当てていない、そう思わせる外し方だった。
「ほらほら、もっと早く逃げないと、黒焦げだぞ!」
「あっはっは、もっと逃げろ!」
「いやああっ……たす、助けてえっ……!」
逃げる彼女の足元に何度も、何度も、執拗に雷が落ちる。
そのたびに、恐怖で怯えた悲鳴が上がる。
「助けなんか来るもんか。助かりたかったら、俺たちを楽しませるんだな!」
「もっと泣け! あー、最高に気持ちいいぜ!」
「きゃあああっ!!」
泣き叫ぶ女の子に向かって、兵士たちが下卑た笑い声を上げる。
後者で確定だった。
全速力で駆け込み、女の子と兵士の間に割って入る。
ジルは女の子を抱き止め、覆うようにして庇う。
「そこまでよ!」
私は怒りの声を発し、魔法剣を取り出した。
「小さい子を虐めるなんて許せない! 私のヒーロータイム……って、あれ?」
衛兵たちに向けて剣をかざすと、彼らは手に持った魔導具を落とし、手を上げて降参した。ここの兵士は皆、例の模擬戦で私が叩きのめした相手だから、話が早く済んだ。……私としては、ちょっと不完全燃焼だけど。
「どうして、こんな酷い事をしてたのよ?」
「……あ、あの女は……俺たちの奴隷なんだ。首の鎖を見れば分かるだろ……いえ、お分かりになります……よね?」
兵士は、私に怯えて震えながら答えた。
確かに、女の子の首には金属で出来た頑丈そうな輪がはめられていて、そこから長い鎖が伸びていた。この鎖が奴隷の証という事らしい。
「ご主人様が奴隷をどうしようが……か、勝手だ……ですよね?」
勝手だ、では許されない。
ここは奴隷禁止のシュトルムラント王国なんだから。
「あなたたち、奴隷が法律で禁止されてるのは分かってるのよね?」
「こ、このカットマン領では、男爵様の特例で……」
「国王様の決めた法律を超える特例なんてあると、本気で思ってるの?」
「う……ぐ……」
もう一人の兵士が口を開く。
「で、でも……男爵様だってやってるし……。『ゾディアック』の奴隷商から毎月女奴隷を買っては、楽しんでるん……です。だから俺たちだって……」
その言い分に反応して、言葉に詰まっていた方が付け加える。
「ただでさえ、あんな領主の下で働かされてストレスが溜まってるんだ……です……だから、俺たちだって……ストレス解消くらい……」
ここでまた、『ゾディアック』の名前が出てくるなんて思いもよらなかった。だって、以前行われた模擬戦は、その『ゾディアック』に侵攻された場合を想定しての防衛訓練だったのだから。
模擬戦だけでなく、魔導具の事や、先日の亡命者ナツキさんの件も。この『ゾディアック』の問題は、思ったよりも根が深いのかも知れない。
私も注意しないと。
でも、今はそれより……。
「じゃあ……こないだの戦いで勝った私が、あなたたちでストレス解消しても……いいのよね?」
魔法剣の刃をちらつかせて、兵士たちを脅す。
あくまで脅しだけど、こう言われたら嫌かな、そこまで言ったら可哀想かな……という配慮や同情は一切しない。私だって、冷酷になれる時はなれるんだ。
「「ひぃぃー! お助けえぇーっ!!」」
二人の兵士は、女の子を置いて逃げ出した。
§ § § §
私たちは、この女の子を二人で保護して、冒険者ギルドへと連れていく。
ギルドは快く女の子を受け入れてくれた。
ぼろだったこの子の服を着替えさせて、体をお湯で拭いてやると綺麗になった。体を拭く時、左胸に痛々しい焼印を見つけてしまう。
「これは……? 大丈夫?」
「その……奴隷の印……なんです……」
女の子が、辛そうな顔で答える。
相当熱かった事も、痛かった事も容易に想像出来た。
「ねえ、ジル……これ、なんとかならない?」
「無理……ですわね。強力な魔法がかけられていますわ」
「そっかあ……」
焼印に加えて、鎖も鍵がなく、無理に断ち切ろうとしたら首まで切れかねないため、どうにも出来なかった。こういう時……私たちは無力だ。
二人でため息をつくと、奥からギルドマスターがやって来て、この子の面倒を見てくれると言う。ゆくゆくはギルド職員に育て上げて、自活するのに困らないようにしてやれる……という話だった。
……これで、この子も少しは救われたのかな?
そうであって欲しいと私は願った。
「……でも、この領地に奴隷制度があったなんてね」
「私も、布教の途中に鎖のついた人々を何度か見ましたわ」
「それも、あんな酷い目にあってるなんて……」
「そうですわね……」
そして私たちは翌日、領主であるカットマン男爵を問い正しにいく事にした。




