第五十二話 事後
……どうやら、『剣聖』という称号の威光は凄まじいらしい。
目に前にいた全ての人々が私に対して平伏していた。
多少、威光が効き過ぎている気がするけど。
ここから先、全てはジルと私の采配で事件が解決。
暴動を起こしていた市民たちは、これ以上暴力を振るわないで帰るように言うと、全員が渋々と家へ帰っていった。
反逆者を逃したくないという顔をしていた男爵や侍従長も、私が一睨みすると、縮こまって素直に市民たちを見送った。
「今までのご無礼、誠に……誠に申し訳ありませんでしたあぁーっ!!」
「ンゴッ……ンゴッ、ブヒッ!」
国王よりも上の、女神様に対してしかしない最敬礼で、両膝を折って涙ながらに、私への『無礼』に対する許しを乞う侍従長と男爵。日本の庶民だった私は、たまに嫌味だなあって思った程度で、特に無礼とは感じなかったけど。
それと、太り過ぎの男爵は声がくぐもっていて、何を言っているのか、何を謝っているか全く分からなかった。
「平に、平にご容赦をーっ!!」
「ンゴッ、ンゴォォ!」
まだ謝っている。
とにかく、どうしてこんな暴動になったのか、特に『娘を返せ』や『妻を返せ』は一体なんだったのかを聞いてみた。
すると、どうも今回の暴動は重税に加えて、男爵が気に入った女性を手当り次第に側室として召し上げていたのが問題だったみたいで、年齢も未婚既婚も関係なく領主としての強権を発動して、むりやり連れ去ったんだとか。
それで、子供があんなに沢山いたのね。
女として許せないので、私は刃引きの剣で、ジルは錫杖で、気の済むまで男爵を叩いた後、側室を開放するように命令した。また、これ以上の重税や圧政を敷かないと約束させた。
――結局、私が『剣聖』というだけで、全てが丸く収まってしまった。
うーん……私としては、もっとこう悪人を勢いよくやっつけたり、悪徳領主が隠れて開発していた怪人と戦ったりして、格好よく活躍したかったんだけど……。
§ § § §
暴動事件の翌日、私とジルはヘッダの宿屋にいた。
搾取され続けて、やせ細っていた市民たちは皆、怪我も病気も患っていて、ジルの布教が捗ったからだ。
治して回るだけでも二週間はかかると、嬉しそうに言っていた。
ちょっと不謹慎な気もするけど、困っている市民たちが助かる訳だから、怒らないでおこう。
「ねえ、ジル。昨日のあれ」
「あれ? ……何の事ですの?」
「昨日のジルの口上の事よ。……いくらなんでも王家の紋章だけで、私が『剣聖』だって信じて貰えたのは都合が良過ぎない?」
「ああ、あれですわね。あれには『からくり』があるんですのよ」
多分、ジルが魔法か何かを使ったんじゃないかな……とは予想していた。
一体何をしたんだろう。疑問に思った私は、ジルにオウム返しで聞いた。
「からくり……?」
「ええ。私、あの時スキルを使いましたの」
「でも、スキル宣言とかしてなかったよね?」
彼女は一言の宣言も行ってはいなかった。
巧妙に口上の中に混ぜたと考えるにも、それらしい文言すらなかった。
「私、この世界の人間ではありませんもの。宣言なしでスキル発動が出来ますのよ。……今回使ったスキルは《威圧》」
分かりやすいように、わざわざスキル名を言いながらジルがそれを発動する。昨日と同じ恐れを肌に感じ、体が動かなくなった。
なるほど。これで私まで止められてしまった訳ね。
「真竜の基本スキルの一つですわ。これを使いながらでしたら、相手は私に恐れて、多少無理な屁理屈でも通してしまいますの」
「便利ね」
「MPも要りませんもの。便利ですわ」
でも、それって……。
私はふと気付いてしまう。
「私と戦った時にそれ使ってたら、ジルが勝ったんじゃない?」
「……あ!」
しばらくの無言の後、耳まで真っ赤になったジルが咳払いをする。
「で、ですけど……今回は助かったでしょう?」
「ジルも存在を忘れるスキルで……ね?」
「もうっ! ……意地悪ですわ!」
怒ったジルは、わざと大きな音を立ててドアを開け、布教という名の照れ隠しにに出かけていってしまった。
§ § § §
布教から戻ったジルは、すっかり落ち着きを取り戻していた。
ジルが出かけている間、今回の件でちょっと疑問が湧いたので、私は帰ってきたジルに尋ねてみる事にした。
事件の発端である、あの馬車の事を。
「しかし、馬車を助けたら馬車の方が悪人だったなんてね」
「そうですわね」
「……そういえば馬車の中身は、お姫様でも商人でもなかったよね?」
「こっ……今回は偶々、『馬車ガチャ』に失敗しただけですわ!」
しどろもどろになりながら言い訳をするジル。
「次は絶対に、お姫様か商人ですわっ……!」
「『ガチャ』とか、女神様と同じ事言ってる」
「女神なんかと一緒にしないで下さい!」
女神様を引きあいにして笑う私に、最初に出逢った時の厳かで落ち着いた雰囲気はどこへ消えたのか、再び顔を真っ赤にして、今度はふくれっ面でジルが怒った。
昨日の事件も忘れて、無邪気にはしゃぎあう私たち。
この時の私たちは、この街にもう一つ問題が残っている事を気付いていなかった――。