第五十〇話 護衛
そして、私とジルは男爵の馬車に乗る事になった。
屋根付きで豪華な車体は特注らしく、前後四人ずつ八人が乗れるようになっていて、後部座席にはカットマン男爵と侍従長のキバジシが、対面式になっている前部座席には私とジル、それに男爵のお世話係のメイドが乗った。
護衛という仕事がら、私たちの目的地も隣街から、領の中央街ヘッダに変更となった。ジルに、いくつかの街で布教出来なくなるのは大丈夫か尋ねると……。
「トロコンを目指している訳ではありませんもの。飛ばした街はニ、三百年後にでも行けばいいですわ」
……なんて、とても気の長い話をしていた。真竜の時間感覚は人間とは大きく違うみたい。二、三百年後じゃ、私はお婆ちゃんどころか生きてないんだけどね。
それと、気になる単語が一つ。
「トロコン?」
「トロフィーコンプリートの略……アリサさん、ゲームはお詳しくないんでしたっけ……。ええと、とにかく、全部……全部の街って意味ですわ!」
説明が面倒になって、適当にごまかされた。
§ § § §
――走り出して五時間。馬車が急停車し、御者台から小さな叫びが聞こえる。
おそらくまた野盗。私たちの出番だ。
「行くよ、ジル!」
「はい!」
二人で勢いよく外に飛び出すと、六人の冒険者くずれみたいな男たちが、馬車の前に立ち塞がっていた。
それぞれが手入れの行き届いていない襤褸の鎧に、錆びたり刃こぼれしていたりする武器を手に、御者を脅している。
まずは、御者に剣をちらつかせている男に駆け寄って一撃。
「《剣創世・刃引きの剣》!」
馬車の中から用心棒が飛び出してきた事に驚いている内に、首の後ろを柄で殴って気絶させる。すぐさまジルが御者を馬車の中へと放り込んでくれた。
残りの五人を三、ニで手分けして退治。
「畜生! 護衛を雇ってやがった!」
叫ぶ男に一足飛びで間合いを詰めて、そのまま鎧越しに腹を突く。まずは一人。
そのまま横に向き直って、隣の男の胴を薙いで真横へと吹き飛ばす。
「は……早い! 魔法か……っ」
驚嘆の声を上げきる前に、加減して面に一撃。鍛えれば鍛える程、際限なく強くなれるこの世界では、私が本気を出してしまうと頭が割れちゃうから、最大限に手加減して打ち込む。こちらは三人を全員気絶させた。
「本当に早いですわね」
一方ジルは、私の方によそ見をしながら二人の攻撃を捌く。
馬鹿正直な太刀筋を除けば、彼女は攻めも守りも一級の腕前だった。流石は一万以上の世界を行き来した真竜。
「手伝う?」
「いいえ、すぐ終わりますわ」
よそ見をやめると、すぐさま宣言通りに二人を倒してしまった。
この戦い、僅か一分少々。
敵にしたら怖いけど、味方にするとジルは本当に頼もしい。
今度、殺し合いじゃない手合わせをお願いしようかな。
そして、気絶している五人を縛る。
前回の野盗退治で私の縄は使ってしまったから、今回はジルにお願いする。すると、胸からするすると縄が出てくる。
何度見てもこの光景は奇妙で、まるで手品でも見ている気分になる。
この国では、野盗や山賊は殺してしまっても構わないという法律だけれど、一応生け捕りにする事が推奨されていて、その場合は近くの木や岩に賊を縛りつけて、最寄りの冒険者ギルドに報告する事になっている。
後で報告を受けたギルドの職員が賊を回収しにくるという仕組み。ただし、賞金首だけは報酬が絡むので、討伐した証の首を持っていくか、本人を直接連行する必要がある。
私たちは、何度も賊を退けているので、縛るのもお手のもの……のはずだったんだけど。
「ええい、いつまでちんたら戦っておる! 男爵様を待たせる気か! これだから冒険者は礼儀がなってないと言うのだ!」
遅いと文句を言われてしまった。そんなに時間はかかってないのに。
§ § § §
陽が落ち、馬を休めて街道で宿泊。
その前に夕食だけど、こんな事を言われてしまった。
「お前たち、私と男爵様に夕餉を献上しろ。こう、干し肉とパンばかりでは飽きるのでな。……新鮮な肉を獲ってこい」
この開けた街道で肉を探せというのは、とても無茶な話だ。
それに私、護衛のはずなんですけど。
それでも、仕方なくジルに護衛を任せてひとっ走り。動物がいそうな茂みを探して、なんとかイノシシを一匹仕留めて帰ってきた。
「ええい、遅い! 遅すぎる! 腹の皮と背中の皮がくっつくかと思ったぞ!」
二時間くらいかかった事を叱責されてしまった。
イノシシのソテーを振る舞うも、理不尽な指摘を受けてしまう。
「……何と獣臭い。私と男爵様は最高級の肉しか食さないのだ、それくらいは気を遣え。ああ、こんな臭い肉は初めてだ。これだから冒険者は礼儀がなってないと言うのだ……」
そして、その夜は私とジルが交代で夜営。
流石に真夜中まで野盗が襲ってくる事はなかった。
――翌朝出発し、それから三度野盗を撃退した。
「この男爵領、野盗多過ぎない?」
「……これを御覧なさいな」
ジルは、私に気絶している野盗の顔を向けた。
「こんなにやせ細ってますわ。相当、生活に困窮していたのでしょう……。大きな声では言えませんけど、領主の統治が悪いんですわ」
ジルが言った通り、痩せこけて顔色も悪い。装備が襤褸だったのも理解出来た。
私が納得して頷いていると、馬車の方から声が聞こえる。
「おい、何をこそこそ無駄話をしておる! 男爵様をこれ以上待たせるな! これだから冒険者は礼儀がなってないと言うのだ」
またも怒られてしまった。
§ § § §
この窮屈な旅も、ようやく終わりが見えてきた。
中央街ヘッダ――。
立派な城壁都市になっていて、あと一時間もせずに到着……といったところで、やはり野盗の邪魔が入る。
「行くよ、ジル!」
「はい! ……って、このやり取り、一体何度目かしら?」
「いいから。多分最後だから、行くよ!」
「承知しましたわ!」
馬車から出て、野盗と戦う……今までと変わらない流れなのに、今回の野盗だけは、それまでとは何かが違っていた。
御者が人質になっているのはいつも通りだけど。
「領主を出せ!」
ただ無為に襲ってくるのではなく、『領主』を狙っていた?
訳が分からなくなって唖然とする私に、侍従長が怒号を放つ。
「さっさと退治せんか! 全く、これだから冒険者は……」
仕方なく野盗を退治。七人いた野盗は、私とジルの連携であっという間に残り一人に。最後になった男は、武器である小剣を私に投げつけると、避けている隙に逃げ出してしまった。
「どうしますの?」
「わざわざ、追いかけなくてもいいんじゃない? 街は目の前だし、もう襲ってこないでしょ」
「ほんと、甘ちゃんですわね」
甘ちゃんかも知れないけど、怪我人は少ないに越した事はない。戦意を喪失した相手を追い立てるなんて、戦隊のやる事じゃないから。
私とジルが相談していると、窓から顔を出して侍従長が声を張り上げる。
「何をしておる! さっさと追いかけて、とどめを刺さんか!」
「もう、追いかけても間に合いませんよ」
私は両手を上げて、無理ですという仕草をした。
「それよりも、早くヘッダに入りましょう」
「ううむ……」
私とジルが乗り込むと、馬車はまた目的地へと向けて走り出した。