第四十九話 馬車
――異世界に転生してがんばっている内に、なりゆきで剣聖にされてしまった私、アリサ・レッドヴァルトは、なりゆきで仲間になった聖女ジルヴァーナ……ジルと一緒に旅をしている。
偽剣聖が現れたり、ゾディアック帝国の兵士と戦ったりと色々あったけれど、Fランクの依頼を地道にこなし、食費を節約する事でなんとか次の街に向かうだけのお金が貯まった。まあ、ほとんどはジルのお腹の中に消える訳だけど。
「さあ、出発しますわよ。アリサさん!」
遥か前方を指差して、意気揚々とジルが旅の始まりを告げる。
私は剣聖の衣装に身を包み、腰には聖剣、背中にはやや大きめの背嚢。ジルは純白の法衣に、手ぶら。彼女は《次元収納》という魔法で、全ての荷物を胸の中に収納している。羨ましい魔法だ。
私たちはエーゴスの街を出て、次の街へと向かう。
ジルは布教の旅に、私は『戦隊』のような『冒険者』になるために。
道中、ジルが胸から何か取り出して、ぱくぱくと食べている。
「何食べてるの? ……っていうかそれ、どこで手に入れたの?」
「んぐんぐ……これは、托鉢や治療のお礼で戴いた食料ですわ」
彼女は、仲間になってからというもの、時折、歩きながら何かを食べるようになった。その上、朝夕は私が買いだめした保存食も食べているんだから、それだけの量が一体どこに入るんだろう……と不思議に思う。
「真竜は本来でしたら、もの凄い大きさですもの。沢山食べる必要がありますのよ」
本当に燃費の悪い聖女様だった。
……こうして二人、のんびり気ままに街道を歩いていく。
§ § § §
昼は六、七時間程歩き、夜はキャンプをして疲れを取る。
ジルが真竜と分かってからは、私のペースで旅が出来るようになった。か弱いどころか、世界最強の種族だからね。今は全く気を遣う必要がない。
新たな旅を始めて二日目の夜、夜営をしようとするジルが、胸から何かを取り出していた。……本? 明らかにこの世界のものではない、上質紙で出来た本。そういえば、私と戦った翌日も上質紙の本を読んでいた。
「ジル……それ、何?」
「本ですわ」
「……それくらいは分かるわ。一体、何の本?」
「これは、『地球』……アリサさんが住んでいた世界で手に入れた本ですわ。異界の英雄譚が沢山書かれていますの」
「異界の英雄譚? 地球にそんな本あったっけ?」
「『ラノベ』という本ですわ」
ラノベ……十八年ぶりに聞いた単語。確か、ライトノベルの略で、私くらいの年齢向けの小説本だったかな? 私も、日本にいた頃は『戦隊』のノベライズ本を何冊か読んだ事がある。
そういえば、夏休みの読書感想文に『戦隊』の小説の感想を書いて、先生から渋い顔をされた事もあったっけ……。
でも、これらはフィクションだし、少なくとも『異界の英雄譚』……と呼ぶには、ちょっと違うような気もするけど。でも、内容的に少しは合っているような。……うーん。
「心躍る素敵なお話ばかりですのよ? 悪い竜からお姫様を救い出す勇者の物語や、村を襲う竜を魔法で一捻りする最強の転生者を描いたお話。それに竜を圧倒的な力量差で従える賢者に……」
「ちょっと……それって竜として、どうなのよ?」
「私は竜側ですけど、人間にもそれなりに事情があった……という事を知って、そういえばあの世界では確かに竜が姫を生贄にしていたですとか、別の世界では巨悪と戦うために竜が従属させられていたですとか、気付かされましたわ」
「別の世界……? 一体、いくつの世界に行き来してたのよ」
「さあ? 一万と……それ以上は数えてませんわ」
一万……。途方もない数に、驚きを通り越して、呆れてしまった。
「……まあ、私が最初にいた世界は、ありもない魔王討伐のために次々と勇者が召喚されて、竜たちが経験値……いえ、勇者が強くなるための踏み台として、無為に殺され、消費されるという殺伐とした世界でしたけど」
「結構ハードね……」
「ですわ!」
辛い記憶だというのに、自慢げに胸を張るジル。
「私の場合、降りかかる火の粉は蹴散らせばよろしかっただけですし、それに、あの世界では『魔素』が沢山あって、ずっと竜の姿でいられたんですのよ」
「へえ……」
こうして、他愛のない話で夜が更けていく。それも一人では味わえない、二人旅の楽しさの一つだった。
§ § § §
翌日、天気は三日連続で晴れ。周囲に魔物の気配もなし。
今日も旅日和で、明後日には次の街に着きそうだ。
そろそろお昼を……と思った時、視界の先に大きな馬車が見えた。
馬車が、数人の野盗らしき連中に襲われている。
「助けなきゃ――!」
私は、即座に刃引きの剣を創り出す。
ジルは悠長に胸から取り出したパンを食べながら、目を輝かせて言う。
「あれは、馬車……。馬車ですわね! 異界の英雄譚によりますと、ああいった馬車を助けると、中にはお姫様や商人が乗っていて強力なコネになったり、金銭的な援助をしてくれるようになりますのよ!」
「馬鹿な事言ってないで、助けるよ!」
「承知しましたわ!」
馬車の下へと駆けつけ、野盗と対峙する。
数はおよそ十。数人が古びた革の鎧に刃こぼれした小剣を持ち、残りは平服に鍬、鎌、フォークといった農具を手にしている。おそらく農民くずれの野盗だろう。ぐるりと馬車の周りを囲んでいる。
馬車側は御者が脅されているものの、中の人は無事なようだ。
「そこまでよ!」
私はわざと大きな声を上げて、彼らの視線を集めた。
「罪もない馬車を襲うなんて許せない! ……ここからは、私のヒーロータイムの始まりよ!」
叫び、御者を脅していた野盗に剣を叩きつける。野盗は数メートル吹き飛んだ後、地面に衝突して気を失った。
その後も一太刀一人の要領で、順調に野盗の数を減らしていく。
ジルもパンを錫杖に持ちかえて、少し遅れて参戦。
錫杖で頭を叩きつけたり、腕や足を突き刺したり。四肢を刺すのはえぐいな……少し間違っていたら、私もああなっていたと思うとぞっとする。
二人で全ての野盗を退治し、縛った。
「さて……馬車の中はお姫様かしら? それとも、商人……?」
楽しみでたまらないといった表情のジルはおいといて、馬車のドアを開ける。
中にいたのは、痩せ型で髭のおじさん。
「大丈夫ですか?」
訪ねながら手を伸ばすと、差し出した手をはね退けられ、ふんっと鼻息を荒げた彼から意外な言葉を聞かされる。
「私を誰だと思っている! カットマン男爵が侍従長、キバジシ様なるぞ!」
キバジシと名乗ったその男は、一人で馬車から出ると胸を張って、手入れの行き届いたカイゼル髭をなでながら偉ぶってみせた。
「はっ……ははーっ!」
私はその尊大な態度と勢いに押されて、思わず片膝を突いて敬礼してしまう。
えっ……、男爵の侍従長……? 男爵本人じゃなくて?
膝を突いたまま困惑する私の姿を見て、ジルが小刻みに震えて笑いを堪えている。当然、膝などは折っていない。
「……そして、この奥にいらっしゃる御方こそ、この地の領主。カットマン男爵にあらせられるぞ!」
馬車の奥には、太っちょで服だけは無駄にきらびやかな、貴族というには少し下品な表情の男性が座っていた。
カットマン……確かにこの男爵領の領主は、そんな名前だった。
凄い子沢山の男爵よね? 御前試合で、その六十四男と戦った記憶がある。
「こたびの活躍は大儀であった。この先も我々を警護する権利をやろう! ありがたく思うがいい!」
領主本人ならともかく、どうして侍従長がそんなに偉そうにしてるんだろう……。でも、ただの冒険者で、未だ日本の庶民だった頃の感覚が抜け切らない私は、ひたすらに平服するばかりだった。
何故か私とジルは、なりゆきで男爵の護衛をする事になってしまった。