第四十八話 逆襲
――私、ジルはアリサさんとの死闘に敗れて、彼女の『友達』となった。
命を狙った相手を友達にしようなんて、本当にお人好しだから困る。既に枯れたと思っていた涙が堪え切れない程に嬉しかった事は、彼女には秘密にしている。
しかし、人が良すぎると言うのも少し問題で、今回彼女が逃してしまったのは一筋縄では行かない相手。侵略国家の軍人だ。少し懲らしめた程度で引き下がる訳も無く、この通り復讐の算段をしている。
誰もが寝静まった真夜中、宿近くの路地裏。
「くそ……あの女共さえいなければ」
「女だてらに妙に強かったですよ」
「だからこうやって、夜中にこっそり殺すんだよ」
「それであの奴隷女を奪い返すんですね!」
「そりゃあな……一人でも逃したとあれば、俺たちの首が飛ぶんだ。慎重にな」
後ろで私が聞いて居るとも知らず、言いたい放題。
私はいい加減、気配を消すのを止めた。
私の殺気に気付き、一斉に振り返る愚昧な人間達。
「全く……アリサさんは、本当にお人好しが過ぎるんですから……。こうやって逃してやるから、また命を狙われるんですのよ……」
誰が聞いて居るでも無い独り言を呟きながら、私は人間達にゆっくりと近付く。
「アリサさんの命を狙う輩を、私が見逃すとお思いですか?」
今度は、目の前の人間に聞こえる様にはっきりと言う。
私は地球で手に入れた錫杖に、永続的な《付与》を幾重にも施した殺す為の凶器を取り出し、そして構える。
「何だ、どこから出てきたんだ!?」
「おい、なんで今まで気付かなかったんだよ? 見張っておけと言っただろう!」
「こいつ、さっきの女の一人です!」
この程度で慌てふためき、取り乱している。これだから人間は。
私に対して殺意を向ける前に、一人を突き殺す。心臓を一突き。その為のこの長さ、鋭さだ。
一言も発する事無く崩れ落ち、絶命した。
残りの人間の顔が青褪める。
「ヒイッ!」
「なんだ、この女、やばいぞ!」
「逃っ……逃げ……!」
逃げようとした一人を、後ろから一刺し。脳天に風穴が空き、その場に崩れる。ようやく逃げられない事を悟った人間達。三人が、恐らくこの街で買い直したであろう短剣を抜く。
今にも襲い掛からんとし、これから汚い言葉を叫ぶであろう口を開く。
「こんな夜更けに、煩くされては困りますわね。――《静寂》」
また、私の内なる力を無駄遣いさせて。苛立ちを感じながら、魔法で口を封じた。ぱくぱくと動くだけの口。それは、餌を懇願する魚の様で惨めだ。
一人は、その惨めな口に一撃。
もう一人は、真一文字に上から下へと切り裂く。
この錫杖は刺突だけでなく、竜としての力をほんの僅か開放するだけで、力任せに斬る事も出来る。姿が戻って仕舞わない程度に、少しだけ。それならば内なる力も殆ど必要が無い。
開放とは言えど、人間を二つに裂く程度しか出来ない力だが、今回はこれで十分だろう。
一万年前にもこの芸当が出来ていたなら、私の運命も変わって居たのだろうか?
昔の事を考えるのは止めよう。今はアリサさんと言う大事な『友達』が出来た。私は純粋過ぎる彼女を、目の前にある様な悪意から全力で守るだけ。
ほんの一寸私が考えている間に、最後の一人は惨劇を見て腰を落とし、地に手を付け、だらしなく失禁してしまっている。
「汚らしい……」
私は最後の一人の首を一薙ぎして、その魂を女神の下へと送ってやった。
「結局、貴男の首が飛んでしまいましたわね」
既に動かなくなった男の骸に、誰が聞いて居るでも無い皮肉を投げ掛ける。
これで五人全て、二度と彼女に手出しは出来なくなった。
「ふん……。アリサさんは、本当にお人好し過ぎるんですから……」
帰ろうと一歩踏み出した所で、法衣に付着した赤黒い汚れに私は気付く。
「《浄化》……」
純白の法衣を染め上げていた返り血は、全て綺麗に消え去った。
§ § § §
翌朝、アリサさんが救った人間を冒険者ギルドへと連れて行き、保護させた。
彼女は、ギルドに居合わせたB級冒険者パーティが安全な街へと送るらしい。アリサさん以外にも、とんだお人好しが居たものだ。
アリサさんと話しながら宿への帰路に就く。
「それにしても、彼女が竜神教の信者だったなんてねえ……」
「ナツキは敬虔な信者ですわ」
逃亡者ナツキは私の信者だった。
今回、私と偶然再会した事を、竜神様の思し召しだと言って喜んで居た。偶然すらも竜神、私の思し召しと言う事にしてしまう。人間とは何て愚かで、何て愛らしいのだろう。
「よく、信者の名前を憶えてるわね?」
「だって……私の大事なMPの源ですもの。全員憶えてますわ」
「そういう事ね……」
アリサさんは呆れた様な、しかし感心した様な笑顔を私に向けた。
彼女には笑顔の方がよく似合う。彼女を悲しい顔にさせて仕舞うであろう、夕べの出来事は私の胸の中へと隠して置く事にした。
おそらく、これからも私は彼女の甘さから起こり得る大事を、秘密裏に『始末』する事になるだろう。それが彼女の助けになるのなら、私はこの手を血で染める事も厭わないつもりだ――。