第四十七話 臨屍
五人のゾディアック兵に囲まれた私たち。
彼らは、少しずつその輪を狭めながら、じりじりと近付いてくる。
私は、サジェスの女性越しに背中合わせになっているジルに小声で尋ねる。
「……ねえ、ジル。こう、変身してちゃちゃっとやっつけられない?」
「無理ですわ。本来の姿に戻るのにはMPが足りませんの……。あれを一回やってしまいますと、数ヶ月は変身出来ませんのよ……」
「じゃあ、何か魔力を使わない『必殺魔法』で……」
「……ポーションはMPを馬鹿食いすると、申し上げましたでしょう?」
つまりは、二人の体とその武器だけでこの状況を切り抜けないといけない。
ジルが真竜になれるのは、数ヶ月に一度……というのも、今初めて知った。それなら、酒場での『私が竜に変身して街で大暴れ』というのは、本気ではなかった……という事かな。
なんて、呑気に考えている場合じゃなかった。
とにかく、目の前の五人をなんとかしないといけない。
二人の兵士がやってきた事で長剣二人、魔導具三人が私たちの敵となっている。戦隊の追加戦士じゃないんだから、後から増えるのはずるい。
「アリサさんこそ、何か手はありませんの?」
手……手ねえ……。
その手という言葉に私はひらめく。役に立つかどうかは分からないけど。
「《剣創世・刃引きの剣》!」
私の左手にもう一本の剣が現われる。
二本目の剣。手が足りないなら、二刀流っていうのはどう?
「この期に及んで刃引きなんて……甘ちゃんが過ぎますわ」
「でも、いくら悪人でも人を殺すなんて……」
「お相手は、私たちを殺しにかかって来ていますのよ?」
私たちが話しているのを余裕があると見たのか、追加の剣兵が痺れを切らして突進してきた。
「何を悠長にお喋りしてるんだ! 俺たちを舐めてるのか!?」
大上段から剣が振り下ろされた。それを右の剣で受け止め、左で胴を薙ぐ。
倒れる剣兵。残るは四人。
一人が倒された事に激昂して、残り四人が一斉に仕掛けてくる。
リーダーの剣兵が私の下へと駆け込み、それを守るように魔導具使いの一人が光の盾を展開している。
光の盾を貫通して、剣が私を狙う。こっちの攻撃は止められるのに、あっちだけ素通りなんて、この盾ずるい! それでも、一人が攻撃ではなく盾に徹してくれていたため、軽く避ける事が出来た。
残りの二人がジルに向かって魔法を放つ。
一つは先程の電撃、もう一つは大量の石礫。
それぞれが、回された魔導具から撃ち出されている。
「《神盾》」
ジルがそう唱えると、彼女の目の前にも光の盾が出現し、電撃と石礫が全て受け止められる。あるじゃない、『必殺魔法』!
「私のM……魔力を無駄遣いさせた報い、受けて貰いますわよ?」
あ……やっぱり魔力は使うのね……。
その魔法はゾディアック兵のそれより使い勝手が悪いらしく、わざわざ盾を解除してから錫杖で二人を突いていた。
ジルの突きは、誘いやフェイントといった要素こそないものの正確で素早く、二人の兵が持つそれぞれの箱だけを貫き通す。箱が一つ、また一つと宙を舞い、砕け散る。
一方、私は姿勢を限界まで低くし、盾のない部分……地面を滑らせるようにして足払いで盾兵を蹴る。鉄同士がこすれ合う音を立てて盛大に転ぶ盾兵。盾ごと踏みつけると、無様な声を上げた。
盾さえなくなればこっちのもので、二刀の剣で連続して、面と胴を打ちつけると、リーダーの男も昏倒した。
ジル側にいた意識のある兵たちに、剣を突きつけながら私は言った。
「もう、二度と彼女に関わらないで。そうしたら、許してあげる」
すると、気絶している三人を置いて、二人は一目散に逃げ出した。
残りの三人も武器を奪い、魔導具を壊した上で叩き起こし、サジェスの女性に手を出さないように約束させた後、逃してやった。
ジルは甘いと言いたげな表情をしながらも、声を呑んでくれた。私は本当にお人好し……なのかも知れない。
§ § § §
そして、サジェスの女性を保護するために、私たちの泊まる宿へと連れて行く。
その帰りの道すがら、私は重大な事を思い出してジルに謝った。
「ごめん、ジル。ポーション使ったちゃった……」
「構いませんわ。私の薬は人の命を救うためのもの――アリサさんは正しい判断をしたのですわ」
「ありがとう――」
ジルの優しさに、私は胸の奥が暖かくなった気がした。