第四十四話 休日
Eランクへの昇格試験。
無理に受けさえしなければ、ジルの布教活動は終わっていて、次の街へと向かう予定だった。そもそも食費の問題がなければ、別の街で受けても良かったんだけどね。
……という訳で、今日は次の街へ向かう準備をする事に。
冒険者は一日だけ、お休み。
――朝。
目が醒めると私より先にジルが起きていて、身支度を整えている。
ベッドから起き上がった私が最初に見たのは、コルセットを締めるジルの姿。
「おはよう」
「おはようございます。よく眠れまして?」
「うん。……ところでさ、そのコルセットってきつくない?」
「慣れ、ですわ。コルセットは女の戦闘服。これを締めると気も引き締りますわ」
「そういうものなの?」
「そういうものですわ。……むしろ、貴族令嬢なのに着けていないアリサさんの方が信じられませんわ」
気が引き締まる、というのは分かる気がする。
私も剣聖の衣装に身を包むと、なんかこう気が引き締まるから。
でも、ただでさえ細いジルがそれを着ける意味は、あまりないと私は思う。
「それはそうと、ジルっていつも身奇麗よね」
「そうかしら?」
そう、ジルはいつもお風呂から上がりたてのように綺麗な髪や肌だ。この世界は、貴族なら毎日お風呂に入るけど、冒険者や旅人は大抵が濡れタオルで体を拭くだけ。
平民でも、水魔法と火魔法が使える家ならこまめに入るけど、そうでない家の場合は多くても週に一回程度。それも大衆浴場がほとんど。ジルはいつの間に入ったのか、いつもぴかぴかだった。
「そうよ。いつもお風呂に入りたてみたい」
「うふふ……それは、『必殺魔法』を毎日使っているからですわ」
「必殺魔法?」
「そう、聖職者の奇跡魔法ですわ」
ジルが、胸の谷間から錫杖を取り出して言う。……胸から?
「大してMPも消費しませんし、アリサさんにも使って差し上げましょうか? 一瞬で綺麗になりますわよ」
「えっ、いいの?」
「構いませんわ。私もケチではありませんもの。行きますわよ」
ジルはそう言って、錫杖を振り回す。
「《浄化》っ……!」
ジルが魔法名を高らかに宣言すると、天井から、いや頭上のどこからか、大量の水が降ってきた。私はその水を頭からかぶってずぶ濡れになってしまった。
「ちょっ……! びしょびしょなんだけど!」
「大丈夫ですわ。魔法の水ですから、すぐ乾きますわ」
「すぐ乾きますわ、って……」
言っていた通り、普通の水よりはすぐに乾いたけど、十分程、私はずぶ濡れのままだった。……でも確かに綺麗にはなっていた。
§ § § §
そして、宿の裏手に行って朝の日課、準備運動、筋トレ、千本素振りをやった。結局汗をかいてしまったから、《浄化》の意味があまりなかった。
裏手にある井戸で顔を洗って、ジルと一緒に朝食。
「また、パンと野菜だけですの?」
「仕方ないよ。Fランクのままじゃ、あんまりお金稼げないから」
「いっそ、本来のSランクで仕事を探してみては?」
「うーん……でも、Sランクは『伝説級の魔物が現れた』みたいな、そういう仕事しか受けれないから……」
「では、それなら私が真竜に変身して街で大暴れ、アリサさんがそれを退治して、自作自演で稼ぐ……というのはいかがでしょう?」
「やめようよ……そういうの。聖女様としてどうなのよ、それ」
「はい……。失言でしたわ……」
しゅんとなって、縮こまるジル。
普段説教していた私に叱られたのが、少しショックだったみたい。
§ § § §
朝食が終わり、旅の買い出しをしているその道すがら。
歩きながら唐突にジルが叫んだ。
「では、ポーション! ポーションを売って糊口を凌ぐのはいかがでしょう!」
本当にいきなりだから、私も面食らってしまった。
思わずジルに聞き返す。
「ポーション?」
「ええ。ポーションですわ!」
「そういえば、護衛の時に報酬にしてたよね。そんな簡単に作れるの?」
簡単に作れるなら、金貨三十枚もしないはず。
きっとまた何か裏があるんだろうな、と思った。
「作るのは比較的簡単、なんですけど……」
「なんですけど?」
「MPを……馬鹿食いしますの」
普段から食事を馬鹿食いしてるジルが言うんだから、相当なんだろう。
「それでも、真竜に戻るのに比べれば微々たるものですわ! これなら、アリサさんも文句ありませんわよね?」
真竜になって暴れるって、まだジルの中で選択肢に残ってたんだ……。
そもそも、あれが本気だったというのがとても恐ろしい。
「でもね、ジル」
「はい?」
「それを売っても、三日しか持たないって、ジルが食べ過ぎだと思うの……」
「……はい。なるべく出来る限り善処するよう、心がける所存でありますわ……」
ジルったら、不祥事を起こした政治家みたいな事を言ってる。
とりあえず今回は、ジルのポーションに頼ろう。実は買い出しのお金も、少々心許なかったから。
でも、安定した生活のために、次こそはEランクを目指してがんばろう。
……って、あれ?
私、『戦隊』を目指すために『冒険者』になったんじゃ……?