第四十三話 本物
洞窟にいたゴブリンはすべて退治し終わった。
私たちの体よりも大きな三つの骸が横たわる。
私は、腰を抜かしたままで立てないでいる男に、手を差し伸べた。
「ほら、立てる?」
すがるように私の手を両手で握り、彼は涙を流し始めた。
「あーもう、一体どうしたっていうの?」
「すみません……」
涙でくしゃくしゃになった顔を上げると、唐突に謝り出す。
「すみません……すみません……もう二度と、『剣聖』の名を騙ったりしませんから、許して下さい!」
そういえば、ジルが本当の事を全部明かしたんだっけ。
でも、真竜を倒したって発言は、ジル自身の株価を下げてない?
「もう、いいから。……とにかく討伐証明の魔石、集めましょ?」
彼を引っ張り上げて、立たせる。
その間にも、ジルが三匹の大型ゴブリンに錫杖を何度も突き刺して、魔石を抉り出していた。白い法衣が所々、返り血で赤く染まっている。
……えぐい。
聖女様なんだから、もう少しお上品に出来ないかなと、後で聞いてみよう。
「はい、アリサさん! ゴブリンジェネラル二匹と、ゴブリンキングの魔石。取り出しましたわ!」
傾国とすら呼べる美貌に満面の笑みを浮かべ、ジルが魔石を差し出してきた。
返り血のせいで、その美しい微笑みは怖ろしいホラー映画のようになっていた。本当に美人で有能な仲間、なんだけど……こういった部分は残念なんだよね。
それでも、彼女から受け取った魔石は大粒で、深い緑色の輝きを放っていた。
§ § § §
村に戻った私たちは、依頼人である村長の家へと向かう。
そして、退治したゴブリンの魔石を広げ、依頼完了のサインを貰った。
その際、ジルが報酬を上げて貰えないか交渉したが、報酬は村中からかき集めたなけなしの現金で、これ以上は難しいと言われてしまった。
逆に、そんな大事なお金なら受け取らなくてもと、私が言うと……。
「アリサさんは、お人好しが過ぎますわ。……これは、危険と労働の対価。貰わなければ逆に失礼ですわ!」
ジルから怒られてしまった。
替わりといってはなんですが、と持ち帰るのも大変な量の野菜を戴く。
村から出る時も、村民たちから感謝され、そのたびに野菜を貰い、最後は荷車を借りて帰る事になった。
エーゴスの街に帰った後も、やる事は残っていた。
まず、ギルドに行って完了報告をして報酬を受け取る。
特殊な指名依頼以外は、ギルドが依頼人から前金で報酬を受け取って、一括管理しているらしい。
酒場スペースのテーブルに着き、三人で報酬を分配。
しっかり三人で三等分した。割り切れなかった端数は、今回のパーティリーダーである彼に渡った。
大量の野菜は荷物になるため、数日分の自炊分を除いて全てギルドに任せた。農村が近くにあるギルドではこういった形の追加報酬はよくあるらしく、ギルドが飲食店や小売屋に卸すそう。
ギルドから卸値の相場を貰い、これも三分割した。
そして偽剣聖の男は、『剣聖』だ、と嘘をついていばり散らす事を金輪際やめる事を約束してくれた。
これで偽剣聖と剣聖の、奇妙な一時パーティは解散。
最後に一番大事な、私のランクアップ。
その結果は――。
§ § § §
失敗。
そう、ゴブリンキングがいたせいで、依頼ランクが跳ね上がり、ランクアップ試験として無効……と判断されてしまっていた。
「ゴブリン数匹程度ならEなのですが……、ゴブリンキングにジェネラル、それに数十匹のゴブリン……となると、これはAランクに修正する必要があります」
それによって依頼ランクはAとなり、Fランクの冒険者がいきなりAランクの依頼を達成する……というのは状況的に不自然で、『寄生』の可能性を疑われる。従って、試験として成立しない……と、説明を受けた。
私、全然『寄生』なんかしてないんだけど。
それでも、慣例ですと言われて渋々諦める事に。日本でもお役所仕事は人々から嫌われていたけど、異世界に来てまで、私がお役所仕事を恨む事になるなんて思ってもみなかった。
私はジルが待つ席へと、暗い顔で戻った。
「で、どうでしたの?」
「駄目だった……」
「何ですの、それ! 私が文句の一つも言ってきてやりますわ!」
「やめて! ギルドに迷惑がかかっちゃうから」
「仕方ありませんわね……」
不満そうに頬を膨れさせて、今すぐにでも竜の吐息でギルドを壊滅させかねないジルをなんとか止めた。
そうなると、問題はふりだしに戻ってしまう。私たちの食費だ。
「でも、どうしよう……これで、またお肉食べれなくなっちゃったね」
「それなら、問題ありませんわ」
「えっ……どうして?」
まさか、私がランクアップの手続き……ランクアップは出来なかったけど、をしている間に何かしていた? こんな短時間で、何をしていたんだろう。不思議そうに首をかしげる私に、ジルはこう言った。
「先程、あの男から有り金を全部、ぶん捕ってやりましたの」
「ええっ? なんでそんな事を……」
ジルのあまりな所業に驚く私。
そんな私に彼女は意地悪そうな顔で笑い、こう言った。
「私たちへの『迷惑料』ですわ! さあ、お肉を食べますわよ!」