第四十二話 真の剣聖
洞窟の最奥で待ち構えていたのは、大きめのゴブリン三匹。
「で……でかい……。何なんだ、このでかさは……」
男が怯えて腰を抜かし、ぺたりと地面に座りこんでしまった。
「俺様はCランクだぞ……Bランクの、こんなバケモノに勝てる訳ねえよ……」
殺気みなぎるゴブリンたちとは対象に、彼は完全に戦意を喪失している。
私的には、そんなに絶望する程大きくは見えないんだけど。
「ねえ、ジル。これって大きい?」
「まあ、そこそこですわね」
ゴブリンのランクを知らなかった事や、《火球》の件に関しては百歩譲って私がおかしかったとしても、今回だけは彼の方がおかしい。
常識的なのは私とジルだ。……多分。
「ひいっ、三匹もいるぅ……! もう……死ぬしか、ないのか?」
男は腰を地面に貼りつけたまま、がくがくと震えている。
「逃っ……逃げろぉっ……! 誰か、お助けっ……!」
「逃げる必要ないでしょ?」
「ですわね」
「じゃあ……ここからは、私のヒーロータイムの始まりね!」
ジルがCランク、Bランクと声を荒げていたのは、ただ大声で私に教えてくれただけ。今まで戦ってきた敵に比べたら、むしろ楽勝な部類だ。
決して、私がこの程度の魔物に負けそうだからではない。
「Fランクの癖に、なんでそんなに余裕なんだよぉ!」
平然としている私とジルに向かって、男が叫んだ。
余裕……確かに、余裕かもしれない。
ジルが静かに男の隣に歩み寄ると、凛とした表情で言う。
「だって、楽勝……ですもの」
ジルの言葉が終わる前に、叫びを上げて私はゴブリンへと駆ける。
一瞬の後、ゴブリンジェネラルと私の剣がかち合う。
「ら……楽勝……だって?」
「ええ、彼女なら……」
口角を少しだけ上げて小さく微笑むジル。そして、彼に向かって言い放つ。
「……そう、彼女こそが伝説の真竜をも倒した真の剣聖。『剣聖の姫君』アリサ・レッドヴァルトですわ……!」
ジルの言葉に驚愕し、目を見張る男。
男の視線の先では剣と剣が、火花を散らし続けている。
「し……真の『剣聖』……?」
「ええ、御覧なさい……あの剣捌きを。あれこそが、真の剣聖の戦いですわ」
「じゃ、じゃあ……俺は、本物の『剣聖』様に……」
「……そういう事ですわ」
私の背中をどのような気持ちで見ているのだろう。
先程まで傲慢で自信に満ちていた彼の声は、小さく弱々しくなっていた。
§ § § §
……そして、二人が無駄話をしている間、ずっと一人で戦っていた私。
格好つけたり驚いたりしてないで、二人共、ちょっとは手伝ってよ!
まずは、私たちに向けてジェネラルが突進。
それを私が立ちはだかって食い止める。
ジェネラルの振り下ろす両手剣を右手の魔法剣で弾き返し、即座に左に追加の剣を生成。その剣を投げつけると脳天に命中し、一匹目が崩れ落ちる。
間髪を入れずに襲ってきた、二匹目のジェネラル。その一撃を身を捻って躱し、正面に向き直ると、そのわずかな間を狙ってジェネラルが剣を打ちつけてくる。
重い一撃を私は受け止めて巻き上げ、大きく弾く。
続けざまにジェネラルの後ろから、横振りのスイングでキングの王杖が迫る。
それを、スピードヴォルト――片手だけ突いて、その勢いで横飛びをする技で王杖に手を突き、飛び越えた。
着地した私に待っていたのは両手剣の歓迎。バックフリップ――通称、バック転で躱す。しばらくキングとジェネラルのコンビネーション攻撃が繰り返されたが、そのことごとくを受け流した。
そして、ジェネラルの剣を渾身の力で弾き飛ばすと、バランスを崩したジェネラルが勢い余って後ろへと転ぶ。それに巻き込まれたキングが一緒に尻餅をついた。
勝負あった。
ゴブリンたちは転んだ状態のまま低く唸るような声で、何かを叫んでいる。
「……魔族語、ですわね」
「魔族語?」
このゴブリンたちの叫びは、意味のある言葉らしい。
いつの間にか、私の傍までやって来ていたジルが言う。
「そうですわ。知性のあるモンスター……魔物が使う言語。それが魔族語ですわ」
魔族というからには、きっとカナも使えるんだろう。
それにしても、魔物の言葉まで分かるなんて、ジルは私には勿体ないくらい優秀過ぎる仲間だ。
「なんて言ってるの?」
「通訳してみますわ。ええと……『ナンデ、オマエタチ、オレタチノ作戦ガ、ワカッタ?』……そう言ってますわね」
「作戦?」
ジルがキングに質問を投げかけるとキングが唸り、ジルがそれを通訳する。
「……『スクナイゴブリンニ見セカケテ、ニンゲンヲユダンサセテ、ゴッソリ野菜ヲ盗ム作戦ダ。コレナラ、オレタチヲ討伐シヨウト、ボウケンシャハ来ナイハズダッタ』……ですって」
「なんで少なかったら、討伐されないと思ったの……?」
怖ろしく穴だらけな作戦。ジルも呆れながらキングに尋ねる。
キングは身振り手振りを踏まえながら、説明した。
「……『村ヲチョクセツ襲エバ、オマエタチ、ボウケンシャガヤッテクル。ダガ、野菜ヲ盗ムダケナラ、数ガスクナイト思ッテ、オレタチヲ討伐シナイハズ』……はあ、通訳してて、段々と馬鹿らしくなって来ましたわ」
「そうよね……。で、そこに運悪く私たちが来ちゃった……と」
「ですわね。ええと……『見逃シテクレタラ、モウ悪サハシナイ。遠クノ森ニ隠レ住ムカラ、見逃シテクレ』……ですって。どうします?」
「可哀想になってきたから、見逃してあげましょ」
「ですわね」
泣いて土下座をして、宥恕を請い願うゴブリンを見逃す事にした。
それとは別に、ゴブリンにも土下座の文化があるんだ……と少し驚く。
私たちが背中を向けて、帰ろうとすると……。
「……『ハハハ、バカメ、カカッタナ! コレデオマエラノ命モ、モウ終ワリダ』……!」
許したはずのゴブリンが、後ろから襲いかかってきた。
それをご丁寧に通訳するジル。
通訳してる暇があったら、反撃手伝ってよ。
バックフリップで高く飛び上がり、空中での振り向きざまにキングを薙ぐ。
吹き飛んでいくキングの首。
そのままキングの肩に乗り、踏み台にしてジェネラルへと飛ぶ。
最後に、何が起きたか分からないといった顔の、ジェネラルの首も刎ねた。
私が着地すると二体のゴブリンだったものが、大きな音を立てて崩れ落ちた。