第四十一話 顕性
三人で手分けをして、村の近辺を探索した。
このトルシャーク村はエーゴスの南にあるため、北にゴブリンの拠点がある場合は輸送中の野菜が狙われるはずだという事で、北は探索の範囲から外された。
私が南、ジルたちはそれぞれ東と西を探した。
村の南には、やや規模の小さな森があり、私はその森から探し始める。
早速ゴブリンを二匹見つけて、退治。
ゴブリン一匹一匹は、以前戦わされた模擬戦の兵士一人、二人分程度の強さしかないのと、退治すべき魔物でわざわざ気絶させる必要がないため、簡単に倒す事が出来た。
ゴブリンがこちらを見つけて、武器を構えている隙に魔法剣を出し、駆け寄って一撃。二匹共それだけで十分だった。戦いというよりは、駆除に近い感じ。
斃したゴブリンの胸から、討伐した証拠として魔石を抉り取る。
この世界は、魔物ごとに魔石の色や大きさが違っており、ゴブリンなら一センチ前後の緑の石。ギルドはこの色と大きさを確認して、討伐の確認や、買取価格の決定をしている。
二つの魔石を採取用の小袋に詰め、それをスカートの隠しポケットに入れると、そのまま探索を続行。より森の奥へと歩を進める。私の故郷『赤の森』のような大森林ではないので、すぐに端に到達してしまった。
そこには、ゆるやかな斜面の低い丘があり、森を出てすぐの所に洞窟が口を開けていた。洞窟の入り口では二匹のゴブリンが見張りをしている。多分、ここがゴブリンのねぐらだろう。私は引き返して、ジルたちを呼びにいった。
§ § § §
合流後、洞窟の手前まで来ると木々に隠れて、三人で様子を眺める。
「洞窟の中は、多く見積もっても十匹はいないと思いますわ。……依頼ランクもEランクですし」
「Eランクだと、なんで数が少ないの?」
「ゴブリン一匹でしたら、モンス……魔物ランクはFですの。ゴブリン退治にEが多い理由は、ゴブリンが徒党を組んでいるから。十匹程度までならE、二十匹ならD、五十匹ならC、百ならB……と上がっていきますの」
なにやらジルが、ギルドのお姉さんみたいな説明を始めた。
「ですから、今回の依頼ランクを鑑みて、十匹前後と見積もったのですわ」
「へえ……。でも、ジル」
「はい?」
「冒険者ギルドの説明みたい」
私が笑いながらジルに言うと、ジルは頬を膨らませた。
彼女は、私を睨んで一喝した。
「真面目に説明して差し上げてますのに……もうっ!」
「あはは……ごめん。だって、私がギルドで登録した時、FからSまで全部犬で説明されたから……全部ゴブリンで説明されたら、笑っちゃう」
「アリサさんったら、もう……!」
私たちの会話をさえぎるように、男が間に手を差し入れる。
私たち二人に目配せをした後、彼は言う。
「ふざけている場合じゃないぞ。これは普通ではない」
「何が普通ではない、ですの?」
「よく見ろ、門番がいる。数匹程度の群れなら、門番に人員は割かん」
「つまり……」
「これはランクの見積もりを間違えた、高ランクの依頼……という事になるな」
彼の魔物に対する造詣が意外に深い事に、私もジルも驚いた。
流石はCランク冒険者といったところ。剣聖だ、剣聖だといばり散らすだけの男かと思ったら、そうでもないみたい。
「……ですと、早急な対処が必要になりますわね」
「そうなるな。まずは村長の家に行って、報酬の賃上げを要求しないと……」
「そっちの早急じゃないですわ……!」
ジルが荒げてしまった声に反応して、門番ゴブリンがこちらに向かってきてしまった。仕方なく私が魔法剣を創り、すれ違いざまに二匹を討伐した。
「もう、進むしかないみたいね」
「ですわね」
「それよりも、賃上げをだな」
「それどころじゃないから!」「それどころじゃありませんわ!」
私は魔法名を宣誓して鋭い剣を創り、ジルはまたどこからか長い錫杖を取り出し、男は背負った大剣を抜く。そして、三人で同時に洞窟の中へと突入した。
§ § § §
洞窟はただの一本道ではなく、複雑に入り組んだアリの巣状の迷路になっていた。ゴブリンたちが掘って拡げたものなのか、それとも別の魔物の棲家だったのかは分からない。
いくつもの部屋に分けられて、それらが入り口と同じ幅の通路で繋がっており、部屋ごとにゴブリンが数匹ずついた。最初の内は不意をついて簡単に倒せたけど、十、二十と倒していくと、ゴブリン側も警戒するようになってきた。
さっきから、私ばかりが戦っているような気もするけど……気のせいかな?
……と思ったら、二人は長い得物が壁や天井に引っかかって苦戦していた。
二人を気にせず、私は斬り続ける。
「一体、何匹いるのよ?」
「さあ? ゴブリンに聞いて下さいな!」
「《千里眼》は?」
「ゴブリン如きにMPが勿体ないですわ……!」
逆に襲いかかって来るようになったゴブリンを蹴散らし、奥へと進む。
不意に《火球》が脇道から飛んでくる。
《火球》は飽きる程受けているので、難なく斬り伏せる。
その炎は真っ二つになった後、少しだけ進んで消え去った。
「なんだ、今のは!?」
「アリサさん……なんで貴女、魔法を斬って落としてますの?」
「いや、ほら。沢山受けてたら、斬れるようにならない? ……こんな風に」
追加で飛んできた《火球》を斬り払うと、二人が目を点にする。
魔法を斬られた事に焦った魔法使いゴブリンが、杖で殴りかかって来たのでそれも真っ二つに斬って退治した。
「これはゴブリンシャーマン! Dランクの敵だぞ!? それをいとも簡単に……」
「流石に異常ですわ! あとでアリサさんの事、調べさせて貰いますわよ!」
いくら調べても、普通の人間だから。
正体が真竜とかよりは異常じゃないと思うよ?
それよりも、Dランクのゴブリンという言葉の方が、私には気になった。
「……ゴブリンって、全部Fじゃなかったの?」
「Dだぞ……」
「Dですわ」
「じゃあ、あれは?」
私が最奥を指差すと、巨大というにはやや迫力に欠ける、三メートル級のゴブリンがいた。その左右を、側近らしき二メートル強のゴブリンが固めている。
大きい方のゴブリンは歪な王冠のようなものを頭にかぶり、薄汚れたビロードのマントを背中に羽織っている。やや小さめの方は、二匹とも鉄の全身鎧と両手剣、その体格のよさから片手で軽々と握っている。
「げぇっ……! あれは、ゴブリンジェネラルに、ゴブリンキング!!!」
「強いの?」
私がきょとんとした表情で聞くと、男は答えずに震え出す。
怖気づく男の代わりにジルが私に教えてくれた。
「あれは、単体でCランクとBランクのモンス……魔物ですわ!」