第七話 魔法
それから私たちは、岩から降りて森の中の開けた一角まで来た。
魔法を使って火事にでもなると危険だから、というカナの配慮だ。
「じゃあ、まずは基本の《火球》の呪文だな。人間は呪文を唱えないといけねーから不便だよな」
「魔族は唱えないの?」
「唱えりゃ、そりゃ威力は上がるが……唱えてる間、隙を見せる事になるだろ?」
「そうね」
「大抵の魔族は、威力が弱くなっても呪文の詠唱はしねーんだ。……まあ、それでも十分な威力なんだけどな。ほら」
カナは一瞬にして掌の上に、戦隊第一作目の必殺ボール……じゃなかった、バレーボール大の火の玉を出現させる。
「凄いね……」
「大した事ねーよ。呪文教えてやっから、やってみな」
火の玉を揉み消し、私に呪文を教えてくれた。
私は教わった呪文を唱え始める。
§ § § §
――しかし、不発。
一心不乱になって、何度も唱えてみるけど駄目。
どんなに頑張っても、火花のような何かは出るものの、掌の上にはマッチ程度の火も点かずに爆ぜてしまう。
「……駄目。上手くいかない」
「そーだな……呪文ってのは、言葉に魔力を巡らせる事で一つの回路にするんだ。こーいった魔法陣もそーだな」
カナが空中に複雑な図形を描くと、それが光って炎が現れる。
「この線や形に魔力が巡ると、そこを通った魔力が意味を持って魔法が発現するって……まあ、そーゆー仕組みだ」
空中に文字で呪文を書いて、それでも《火球》が出来る事も示してくれた。
「呪文だろーが魔法陣だろーが、ちゃんと丁寧にやりゃあ大抵はこんな風に上手く行くんだが」
腕を組んで考え出すカナ。
「……こんだけ丁寧にやっても火が出ねえってなると、ひょっとしたら才能がねーのかもな」
「そんなぁ……」
絶望感にうなだれる私。そんな私の肩を叩いて、カナは別の方法を提案する。
「そーだ。ちょっと『水魔法』使ってみねーか?」
「『水魔法』?」
「ひょっとしたら、『火魔法』が性に合わねーだけかも知んないぜ?」
そう言われて、『水魔法』も教わる。
「《水創造》だ。基本魔法だから、どんな不器用でも使えるぞ!」
使ってみる……しかし、出たのは汗と涙だけ。
「水が駄目なら……風、風ならどうだ。《風創造》」
風も起きない。
「じゃあ、雷! 《雷創造》! 制御が難しいが、相性さえ良ければ高威力だぜ!」
当然、雷も駄目。
「最後は……あんま使い出がよくねーから、オススメ出来ねー魔法なんだが『土魔法』の《土創造》……これなら、どうだ?」
五つ目の呪文を教わり、早口でも一分掛かる呪文をゆっくりと丁寧に唱える。
すると――。
「出たよ、カナ! なんか、土がボロボロと!」
私の手のひらから、あふれ出すように柔らかい土が零れて落ちていく。
初めて魔法が成功して喜ぶ私に、カナが告げた。
「よりによって相性良いのは『土』か。……ちょっと、手放しにゃ喜べねーな」
「なんで」
「使える魔法が、あんま無ーんだ。で、とにかく地味。出来る事といやあ……」
「出来る事といえば?」
固唾を呑んで、話の続きを待つ。
すると、カナはやや呆れた顔で『土』魔法の概要を語り始めた。
「役にも立たねー土を出して、それにつまづかせて相手を転ばせたり」
「うん」
「地面から石や岩を生やして、それにつまづかせて相手を転ばせたり」
「うん」
「岩で出来た腕を作って足を掴んで、相手を転ばせたり」
「……う……うん?」
なんだか、さっきから転ばせるって単語が多いんだけど。
まさか……。
「地面を揺らして、相手を転ばせたり……だ」
「え……ちょっと……転ばす魔法しかないの?」
どれもこれも、転ばすだけって……確かに残念過ぎる。
しょんぼりとして肩を落とす私の肩を叩いて、慰めるようにカナは言った。
「あ、そーだ! 《剣創造》……これなら『土魔法』で使えるぜ!」
「本当!?」
「ああ。『土』の属性には、大地から採れる『鉄』も入ってんだ。だから『土魔法』で十分使える」
カナがそう言って手のひらを返して上を向けると、すぐ上に光の魔法陣が出現。
そこからぽんっと長剣が出てきた。
「これなら……そんな難しくねー魔法だから、アリサでもすぐに憶えれるぜ?」
「アリサでもは、余計よ」
派手な火の玉や、竜巻、雷の魔法が使えないのは残念だけど、一番最初の目的だった戦隊武器。それを私自身が作れるかも知れない。
そう思うと胸が高鳴った。
§ § § §
結論から言うと《剣創造》の魔法は、私と相性のいい魔法だったらしい。
しばらく練習すると、いびつな形で切れ味も悪いけど、ちゃんとした剣を出せるようになった。
「ま、初めてにしちゃー上出来……だな」
「やったあ……!」
出来上がった剣を振り回して大喜びする私を見て、カナも微笑んだ。
しかし、数分も振り続けていたら……剣が突然に消えてしまった。
「え……? あの……カナ? これ、消えちゃったんだけど……」
「効果時間切れだな。剣に注いだ魔力が切れたんだ。まあ、人間の魔力で出せる剣なんて、そんなもんだ」
「なーんだ、残念……」
感動から一転、悲しくなってしまう私。
「……でも、カナの作った剣はまだ残ってるよ?」
「そりゃ、魔族は魔力が沢山あっからな……魔族はここに魔力が宿ってんだよ」
頭の上にある淡く輝く角を、何度か指差すカナ。
「人間にゃ角なんてねーだろ。それに魔族にゃ『魔石』もあるしな」
「魔石? さっき話してた……」
「ああ。人間には心臓ってのがあんだろ?」
私の左胸をつんと突付いて、カナは説明する。
「それの替わりにアタシら魔族や魔物には『魔石』ってのがここにある」
同じ指で今度はカナ自身の胸を指した。
「これも、魔力を持ってる」
「カナだけずるい」
頬をぷーっと膨らませて、ふてくされてみせる私。
それに対して、頭を掻きながらカナが答えた。
「ずるくねーよ。魔族ってのは、そー言うもんなんだよ。それに、角だけならともかく魔石を砕かれたりしたら、本当に死んじまうからな!」
魔石がどうにかなる事を想像して、両手で左胸を庇うカナ。
「でも……まー、もっと練習すりゃ長い時間出せるよーになるし、剣だって立派なモンが作れるぜ? 練習あるのみ……って奴だな」
頑張ればカナみたいな剣が作れると思ったら、なんだか嬉しくなった。
いつかは、どこからともなく現れては消える戦隊みたいな剣を作るんだ!
「うん、頑張る!」
「しょんぼりしてる顔より、そーしてる方が可愛いぜ?」
「もう! カナったら!」
私は唐突に可愛いなんて言われて、恥ずかしさにうずくまる。
火照る頬を紛らわせるために、顔を背けて空を見上げると……もう真夜中。
熊、人助け、魔族、初めての友達、冒険者ギルド、そして魔法――。
目まぐるしく色々な事が起きたせいで、時が過ぎるのを忘れてしまっていた。
……これは、非常にまずい。
どこをどう考えても、帰りが遅くなった程度では済まされない。
一気に頭から血の気が引く。
「も、もう帰らないと……」
「そっか、じゃあまた今度な」
「またね」
「ああ」
手を振りあって再会の約束をし、私は慌てて帰路に就いた。
§ § § §
城に帰った私を待っていたのは、裏口の前で顔を真っ赤にして激怒する父上。
それに、今回はジーヤも怒っていた。
あと少し遅かったら、捜索隊を出すところだったらしい。
「辺境伯家のご令嬢であるご自覚をお持ち下さい!」
なんて、ジーヤから怒られた。
先程、『私はただのアリサよ』なんて格好つけたばかりなのに、凄く格好悪い。
間違っても「熊と戦って遅くなりました」なんて言える雰囲気ではなかった。
たっぷり何時間も絞られ、一週間外出禁止に。今回ばかりはジーヤも見逃してくれそうにない。
叱られながら私は思った。
カナにもう一度逢えるのは一週間後か……。
早く逢いたいな……。