第三十八話 偽者
キャサリンの件から……つまりこの街に着いてから、一週間。
私はギルドでFランクの依頼を受け続け、ジルは市街で布教活動をしていた。
私の冒険者ランクは依然、Fのまま。格安の雑用依頼しか受けられなかった。
Eランクの依頼は中途半端な立ち位置の依頼で、危険な土地や人口が多い王都ならともかく、比較的平和なこの街では中々舞い降りて来ないらしい。
そこで問題になるのは、食費。
この街は、歩いて半日という近い場所に農村があって、新鮮な野菜が手に入る。牧畜も盛んで肉も安いので、例えばステーキとか、五百グラムもあるような大きいものを食べても、わずか銀貨二枚。
そのステーキに一人前のパンとサラダとスープをつけても、銀貨三枚という安さで食べる事が出来る。
しかし……一人前が銀貨三枚でも、問題はジル。
一人で十人前以上食べるのだ。しかも毎食。
むしろ、十人前で済む場合の方が稀で、もっと食べる上にデザートまで欲しがる。
一日の食費は驚きの金貨十枚!
そう、彼女の食費だけで、すでに男爵と王子から貰った報酬は食いつぶされていたのだ。……食欲だけは、猫を被ったままでいて欲しかったと思う。
最近ではステーキを我慢して貰って、やっとの事で日々を凌いでいるけど、私が受けられるFランクの依頼だけでは、どうしてもお金が足りなくなる。このままでは、資金不足で路頭に迷ってしまう。
Eランクになれば、Dランクの依頼も受ける事が出来るようになり、報酬額が跳ね上がって生活が楽になる。だから、早く私はEランクにならないといけない。
冒険者は、自分と同じランク、それと一ランク上の依頼まで受ける事が出来る。下のランクに関しては本当は制限がないけれど、下過ぎるランクの依頼は慣例で『新人の仕事を取らないように』と、受けない決まりになっている。
ただし、ランクが違う人とパーティを組む事で、そのランクに合わせた依頼を受けられるようになる。それでも、ランクが高過ぎる相手とパーティを組んでしまうと『寄生』と呼ばれ、嫌われるらしい。難しい仕組みで、私の頭は混乱している。
それと、早めにDランクの依頼で稼がないといけない理由が、もう一つあった。
「王都では、剣聖が代替わりしたって噂で持ちきりらしいぜ」
「なんでも若い、レッドなんとかって人だとか」
「最近、この街に剣聖が来てるらしいよ」
剣聖の噂がこの街にも上陸してしまっていて、私の正体がいつばれるか分からないから。もしばれてしまうと、余計に仕事がなくなってしまう。
それだけは絶対に困る。
第二の人生の死因が餓死なんて、情けなさ過ぎる。
早くEランクの依頼が来ないかな……。
§ § § §
今朝もジルがもりもり食べている中、私はクエストボードとにらめっこ。
新規で貼り出された依頼をくまなく眺めていると……。
あった!
たった一つだけ、Eランクの新しい依頼が貼り出されていた。
私は早速、依頼の書かれた羊皮紙に手を伸ばそうとした。
……しかし急に横から伸びてきた手が、その依頼を奪い取ってしまう。
「あっ!」
思わず声が出る。奪われた方向を見ると、そこには二十代くらいの若い男性がいた。ここでは、私以外は三十代以上のベテラン冒険者ばかりで、二十代は若い部類に入る。初めて見る顔なので、多分、この街に着いたばかりの流れ者だろう。
燃えるような赤毛で、髪は乱雑に切られており、無精髭も相まって少しだらしない印象。鉄の全身鎧に、両手剣。この世界の標準的な騎士のスタイルだ。
両端に穴を開けて鎖を通し、水平になるようにした冒険者プレートを首から下げていて、その板には『C』と大きく掘られていた。
「お願い! その依頼、私に譲って」
「嫌だね。これは俺様が先に見つけて、先に取ったんだ。だから、俺様のものだ」
「そこをなんとか……。高いランクの人は、新人に譲るものでしょ?」
「俺様はこれを受けると決めたんだよ。ランクとか知った事か! ……ほら、邪魔だ邪魔だ。小娘はどっか行け、しっしっ!」
やっと貼り出されたEランクの依頼を、横から奪い取られてしまった……。
男はその依頼書を持って、ずかずかとカウンターへ向かう。
叩きつけるようにして乱暴に依頼書を差し出すと、受付のお姉さんに向かって言った。
「ほら、さっさと認可しろ! 俺様は忙しいんだ」
本当に、何様のつもりだろう。
ちょっと嫌な感じ。
「はっ……はい。Eランク、隣村のゴブリンの群れの掃討ですね」
「そうだ。早くしろ」
「少々お待ちを……」
「煩い! 俺様を誰だか知っててモタモタしているのか?」
「いえ……存じませんが……」
彼はその場でふんぞり返ると、親指を立てて自身を指差す。
ふん、と荒い鼻息を上げて、ひときわ大きな声で宣言した。
「俺様は、巷で噂の『剣聖』! 『剣聖』レッド様よ!」
ええぇーっ!? 剣聖!?
……って、あれ? 剣聖って私の事よね?