第三十七話 始末
「やはり、ですわ……」
翌日、ギルドの酒場スペース。
ジルが渋い顔をして、何か四角い物体を睨みつけている。
腕を組んで眉をひそめる絶世の美女の姿に、酒場スペースの客もギルドの受付も、皆見惚れてしまっている。私も一瞬、惹き込まれてしまいそうになった。
はっと我に返って、私は尋ねる。
「何が、やはりなの?」
「これですわ」
ジルが差し出してきたのは、昨日の魔導具。
地面に落ちて壊れてしまったものを、ジルが回収したのだろう。
「これって、昨日の魔導具よね。それの何がやはりだったの?」
「これは表面に魔法陣と呪文が描かれている訳ですけど、この魔法、病気を癒やすのではなくて、痛みや苦しみを一時的に和らげるだけ……なのですわ」
「えっ……それって、何がどう違うの?」
「この道具は、確かにどのような病気にも効きますけど……病気を全く治してくれないんですの。『延命療法』と日本語で言えば、アリサさんには通じるかしら?」
わざわざ、その言葉だけ日本語で言い直すジル。
異世界人……人? まあ、異世界の者同士らしい会話で、私も理解した。
「なにそれ、酷い」
「でしょう? しかもそれが、恐ろしく非効率な術式で書かれていて、MP……魔力を……」
「もう、『エムピ』でいいよ。言いたい事は大体分かるから」
ジルは魔力をエムピという癖があるらしい。
そういえば、魔力の光を見せてくれた時も、『魔素』って言葉を『魔力』に言い直してたような……。
「MPを大量に消費して、箱内の魔力をすぐに枯渇させる仕組みになっているのですわ」
「なんで、わざわざ……」
疑問に思った私は、首をかしげる。
なんで、そんな面倒な事を。
「おそらく、ですけど……この道具を使った者は、中のMPが枯渇した後もこの道具が必要になるでしょう?」
魔導具をくるくると弄びながら、ジルは言う。
「まず、この道具を最初は無料で提供する。その後、必要になったら二つ目からお金を取る」
指を一本、二本と立てながら説明するジルに、私が頷く。
「当然、三つ、四つと必要になるでしょう? そのたびに、値段を釣り上げたら、どうなるかしら?」
「あっ……」
「麻薬の売り方と全く一緒、ですわね」
以前、王子が言っていた『まるで麻薬だな』という言葉を思い出した。
「さて、どうしてその男はキャサリンさんにこの道具を無料で渡したのかしら?」
ジルが意地悪そうに私に尋ねる。
この聞き方は答えを知ってる人が、教えてあげるためにわざと聞くやり方だ。
「よねえ……。ほんと、分かんない。だって、この魔導具って本当だったら、金貨何千枚もするものなんでしょ?」
そこまで聞かされてもまったく分かっていない私は、素直に答えてしまう。
すると、逆にジルが後半の金貨の話に食いついてきた。
「何千枚? そんな話、どこから出てきましたの!?」
「いや、見てたんでしょ、私の事。ほら、シュナイデンが言ってたじゃない」
腕を組み直し、しばし思案するジル。
頭を何度か左右に傾けて、やがて思い出したように目を開くと、小さく叫んだ。
「ああっ……! はいはい、そうでしたわね。……それでしたら、貴族には最初から暴利な価格で売っているのでしょう。ですけど、原価で見たらかなり安い物ですわよ、これ」
「そんなに?」
ほら、と言ってジルは魔導具の下半分を見せ、そこから三日月状の白い物体を取り出した。……何かの角? 入っていたのは牛か何か、動物の角のようなものだった。
「魔族の角、ですわ。箱を回すと魔法陣と呪文が完成、中に入っているこの角がMPを供給して魔法を発動……といった、非常に単純なカラクリですわ。魔族の角以外は、無料同然でしてよ?」
「酷い……」
「キャサリンさんにこれを渡した男も、善意では彼女に渡していないのでしょうね。随分と酷い話ですわ」
私の曇った顔を見て、ジルはテーブルを叩いて立ち上がる。
「はい! 暗い話はここでお終いですわ! それよりも、私たちにはやる事が沢山あるでしょう?」
そう言って私の腕を引っぱって、カウンターへと連れていった。
§ § § §
ジルに言われるままに、手続きをする私。
「たとえ、『無理な依頼者を説得するだけの仕事』でも、ギルドからの依頼ですもの。ちゃんと達成になるはずですわ!」
……と、ジルがごり押ししてスタンプを刻ませた。
ただ、依頼達成数は十以上貯まっているのだけど、今は丁度いいEランクの依頼がないという事で、ランクアップはお預け。
私はこのままでも問題ないんだけど、ジルは理不尽ですわとぼやいていた。
一応ジルが交渉してくれて、銀貨一枚と小額だけどギルドから報酬も貰った。
そして次は、街の自警団の詰所へ向かう。
昨日の男たち、七人全員が牢屋に放り込まれていた。
「出せ、出しやがれ!」
「俺たちを誰だと思ってるんだ!」
「早く出さねえと、ただじゃ済まねえぞ!」
「畜生ぉぉっ!」
鉄格子を握って腕を揺らし、口々に汚い言葉を吐いている高利貸したち。
狭い牢屋にぎゅうぎゅう詰めになっている。
「一体、いつの間に……」
「アリサさんが素振りをしている間に、ですわ」
確かに毎朝の日課で、腕立てに腹筋、それと素振りをしているけど、私が日課をこなしている少しの時間でここまでしていたなんて。
「凄いよ、ジル!」
「私の《竜の千里眼》を使えばこんな事、朝飯前ですわ!」
ジルの目が、例えではなく本当に光る。
便利過ぎるでしょ、千里眼。
この後、自警団から男たちが本当に違法なのかを聞かれて、たったの銀貨十枚に金貨三十枚もの利子を取ろうとしていた事や、無関係な私まで売られそうになった事を話した。
「アリサさんの証言のおかげで、あの悪漢共は罪人の焼印を押された上で、街から追放という事になりましたわ」
追放になるなら、もうキャサリンの心配もなくなりそう。
そして最後に、二人でキャサリンの家へ向かって様子を見る。
彼女たちに気を遣わせないように、そっと遠くから。
元気になったお母さんと二人で、幸せそうに笑っている姿を確認したら、いつの間にか私たちまで笑顔になっていた。
§ § § §
全てが終わってギルドに戻ってきた私たち。
酒場スペースの椅子に腰かけて、一息ついた。
「何から何まで、ありがとう。ジル」
ジルは本当に有能だ。
高利貸しを最後に追い払ってくれたのもジルだし、私一人だけだったら見過ごしていた事まで全部ジルがやってくれていた。今回の一件だけでも凄く助かってしまっている。
「いえ、大した事はしてませんわ。それにアリサさんが、彼女を連れ回して時間を稼いで下さったおかげで、私も治療に専念出来ましたもの」
すました顔で答えるジル。
ほら、やっぱり最初からキャサリンのお母さんを治してたんじゃない。
「……これで、やっと終わったね」
「いいえ、終わってませんわよ? 私たち、まだ朝食を摂っていませんもの」
そういえば、朝ご飯がまだだった。何か注文を……。
「スープにサラダにステーキを十五人前。それと、デザートにアプフェルシュトルーデルを五個お願いしますわ!」
やれやれ、有能な私の仲間は『燃費』だけは悪いみたい。
大丈夫かな、私の財布……。