第三十六話 母子
このままでは、キャサリンのお母さんまで危ない――!
そう思った瞬間……。
「ぎゃっ!」
「ひえっ!!」
「ぐえっ!!!」
蛙を潰したような悲鳴が上がり、家の中へ転がり込んだはずの男たちが、次々家の外へと吹き飛ばされていった。
その光景にキャサリンも私も目を丸くする。
男たちに続いて、ゆっくりと優雅な足取りで出てきたのは、純白の法衣に、白銀の髪、涼やかな銀の瞳。同性でも息を呑む程の美貌を携えた聖女。
――ジル。
どうして、ジルがこんな所に?
「全く、不躾な人たちです事……。命が惜しかったら、ここから出て行きなさい……!」
ジルが、どこから出したか分からない錫杖を突きつけると、ひっ……と悲鳴にならない悲鳴を上げて、高利貸したちは逃げていった。
私はキャサリンを下ろし、ジルに近付いて聞いてみた。
「助かったけど……こんな所で何をしてるの、ジル」
「何って、布教活動ですけど? ……ご病気で動けない女性を癒やして差し上げただけですわ」
「癒やして差し上げただけって……」
「申し上げませんでした? 私、死者以外なら何でも治せますの」
それから一つ咳払いをして、ジルは話を続ける。
「キャサリンさんのお母様は、私……いえ、『竜神様』の奇跡で完全に治りましたわ。……これでもう二度と、そんな道具に頼らなくても良くなりましたわね?」
「最初からそのつもりだったの? ……もう、ジルったら人が悪いんだから」
私たちを突き放したふりをして、直接治しに行っていたなんて思いもよらなかった。せめて一言、言ってくれたらよかったのに。
「それよりもほら、お行きなさい。元気になったお母様が待ってますわ」
私を無視して、キャサリンに中へ入るよう促すジル。
ジルの言葉を聞いたキャサリンは魔導具を投げ捨て、飛び込むように家の中へと駆け込んだ。落ちた魔導具は真っ二つになって壊れてしまったけど、彼女にはもう必要ないだろう。
「お母さんっ!!」
「キャサリンっ……!」
家の中から母子の声が聞こえてくる。
二人でこっそりと中を覗くと、キャサリンと母親が泣きながら抱きしめ合っていた。
それを見届けた私たちは、お互いに人差し指を口の前で立てて、邪魔にならないよう静かにこの家を立ち去る事にした。
§ § § §
二人で帰るギルドへの道すがら、私はジルに尋ねた。
「でも、なんであそこがキャサリンの家だって分かったの?」
「いえ、あれは偶然ですわよ。布教活動で家々を癒やして巡っていたら、その家が偶々、キャサリンさんのお母様のお家だっただけですわ」
「本当に?」
「無論ですわ。私がわざわざ、彼女の母親だけを癒やしに行くなんて面倒な事、するはずがないでしょう? ……それに、どのようにして私が彼女の家を知る事が出来たと仰っしゃいますの?」
照れからか、ジルの顔が少し赤くなって饒舌にもなってしまっている。
やはり、キャサリンの母親をわざわざ治しに行っていたんだ。
でも、ジルはどうやって家の場所を知る事が出来たんだろう……?
「あ……!」
私は思い出した。
「そうだ、《千里眼》! 《千里眼》を使ったんでしょ!」
先刻見せて貰った、あの魔法。あの魔法を使ったんだ。
ずばり言い当てられて、ジルは真っ赤になって顔をそらしてしまう。
「知っ……知りませんわ!」
「もうっ……本当に、人が悪いんだから……!」
「……人、ではありませんわ。誇り高き真竜ですわよ……!」
半開きにした両手を肩の上で構え、ジルは怪獣のような真似をしてみせた。
まだ顔は真っ赤。どうやら、この『聖女様』は回復魔法は得意でも、照れ隠しは下手らしい。
私は照れるジルをからかいながら、笑顔で帰り道を歩いた。




